山賊王女と楽園の涯(はて)

紺乃 安

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ジュニエスの戦い

3 時代の旗手

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 ノルドグレーンの首都ベステルオースの中心部に建つ、内務省庁舎――ここは、アウロラ・シェルヴェンが一度だけ足を踏み入れたことがある、唯一のノルドグレーン官庁施設だ。
 外面上は華美かびさも威厳いげんもないが、誰もが注意を払わず素通りする薄茶色の建物は、内務省という組織の職掌しょくしょうを象徴している。その四階建て庁舎の最上階にある副総監室には、一見すると似つかわしくない来客の姿があった。
「……なるほどねえ。あの山賊が、近衛兵を退けた、と」
「なにか知っておいでですの、エディットさん」
 副総監室では二人の女が、舶来の白茶を片手に談笑している。
 頬杖をついて黒檀こくたんのデスクの書類に目を落としているのは、部屋の主であるエディット・フォーゲルクロウ内務省副総監だ。一方の、デスクの前のソファに楚々そそとして腰を下ろしている女は、名をベアトリス・ローセンダールと言った。
 気品あふれる亜麻あま色の髪に、菫青石アイオライトにも例えられるすみれ色の大きな瞳、身体があることを感じさせない流麗な立ち居振る舞い――貴族制の廃されたノルドグレーンにあって、彼女ほど貴族然とした者は他にいない。
「もう半年ほど前になるかしらね、外務省の発案で、その山賊団に暗殺者を差し向けたのよ。リーパーだという噂の女山賊を殺すためにね」
「外務省、というのは初耳ですわ」
「実情を伏せていた案件だったのよ、とくに軍部省にはね。……うちはその人員確保を担当したのだけど、大変だったのよ、リーパーの子を取り押さえるのは」
「リーパー……」
 エディットは書類をまとめて脇に寄せ、やや不満そうに鼻を鳴らした。
「暗殺は失敗したという話は聞いていたんだけど、どうやらそれ以上だったみたいねえ」
「それ以上、というのは……」
「おそらくその暗殺者、山賊団に入ったんじゃないかしら。いくら山賊の首領が強くっても、たった一人のリーパーが、20人以上の近衛兵を相手に勝てるはずがないわ。けれどあの子と、もうちょっと地の利とか気の利いた戦術があれば、状況は変わるんじゃないかしらね」
「軍部省内では、近衛兵を恐れすぎていた、という声が聞こえています」
「まあもっともな感想ね。でも87年前のターラナ戦争で、20人足らずの近衛兵がノルドグレーンの騎馬部隊1200を撃退したのは事実よ。これはあなたの分野だけど」
知悉ちしつしておりますわ」
 ベアトリスは美しく聡明で、かつローセンダール家はノルドグレーンでも屈指の有力家ではあるが、彼女はたびたび前線に立ち武功を上げた軍人でもあった。遠くないうちに発令されるリードホルムへの遠征は、彼女が総指揮官となることが確定している。
 ベアトリスは戦場における重大な懸案けんあん事項である近衛兵について、旧知のエディットのもとへ相談に訪れていたのだった。
「何にせよ、近衛兵の戦力を過小評価するべきではないわ。今回の敗北で人数が20を割ったらしいけど、それでもね」
「やはりそうですか……軍部省内の意見は、ちょっと願望が混じりすぎていますわね」
「じゃあどう気をつけるべきか、なんて助言は私からはできないけど……残念ね、あの子をもっと手懐てなずけておけばよかったわ」
「たびたび『あの子』と仰っていますが……?」
「差し向けた刺客よ。あなたよりもさらに若い娘……名はアウロラと言ったかしら」
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