山賊王女と楽園の涯(はて)

紺乃 安

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逆賊討伐

29 つかの間の平穏 2

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「役割……そうだな。まず僕自身が、逃げなければ生きられない存在ではない。戦える力を授かっているのだから、おそらく戦うのが役割だろう」
「そんな話を昔、どっかで聞いたな」
「子供はそういうところに敏感だ。言葉で伝えなくてもな」
 バックマンは穏やかにうなずきながら、フェルディンの皿に厚切りのフィンカハムを乗せた。
「僕からもいていいか。リースベットのことだ」
「それほど深く知ってるわけじゃねえが……答えられる範囲でならすべて答えるぜ」
 これ以上ないほど煮え切らないバックマンの返答に、フェルディンは少し困った顔をした。
「……彼女は自分がリーダーだと言いながら、大きな困難であればあるほど、必ず自分で引き受けている。僕と戦った時も、誰かに小手調べをさせれば自分はもっと楽に戦えたはずだ。ここに戻った時も、彼女は主力のいそうな道を選んだ」
「そのおかげで、俺らはここまで生き永らえてきた。そいつは事実だ」
「そこまでする理由は何だ? 度を越しすぎていて、まるで宗教者が自分を罰しているようにさえ見える」
「そいつはなあ……実は俺も、前に訊いたことがある」
 まだティーサンリードという名もなく、リースベットたちがこの地に根を張ったばかりの頃、バックマンはフェルディンと同じような疑問を持ったことがある。

 それは二年半ほども前のことだ。
 リースベットは常に陣頭に立って周辺地域にはびこる野盗たちと戦い、当時まだ人の暮らせる状態でなかった廃鉱山の坑道を整備するための資材調達を、と東奔西走とうほんせいそうしていた。
 リースベットは他の山賊たちとともに、重い木材を乗せた荷車を引いて上り坂の山道を進んでいた。その姿に違和感を覚えた当時のバックマンは、一息ついたところで本人に直接質問したのだ。
「しっかしあんた、いつも体張って働いてるけど……損してるとは思いません?」
「何がだ?」
「いや……俺も含めての話だが、あんたより稼げてねえ連中ばっかりでしょうに」
「……あたしはたまたま、人より動ける力があるだけだ。だから矢面やおもてに立って戦ってる。損得だ不公平だって話はどうでもいい」
 リースベットは水筒の水を飲みながら、ぶっきらぼうに答えた。
 バックマンはそのとき、幼少期に両親が話してくれた逸話いつわを思い出した。彼の両親は、ノルドグレーンよりはるか南方からの移民だ。白い肌をした周囲の人々とは明確に肌の色が違うため、ひと目で異民族だと知れる。
「俺の親の故郷に、こんな教えがあります。生まれつきどっか身体が悪いとか運悪く怪我して動けなくなったとか、そういう奴は現世のうちに、来世の罪を前払いしてるんだ、という」
「なるほどな……転生の前後で帳尻合わせてるってわけか。なかなか面白え教えだ。その教えじゃ、他人より生まれつき金や力が恵まれてる奴はどうしてんだ?」
「そっちのほうがむしろ試練で、持ってるものの分だけ人を助けたりしなきゃいけねえとか」
「へえ。集団が生き残るにゃ理にかなった考え方だ」
「それだけ風土が厳しいんですよ。と言っても、俺も見たわけじゃねえけど」
「寒くて岩山ばっかのここよりキツイのか」
「逆に死ぬほど暑くて砂漠だらけ、何より水が貴重だそうです」
 自分と大きく異なった出自を持つバックマンの言葉に、リースベットは強く興味をいだいたようだ。
「砂漠か……話に聞いたことしかねえが。そこで生きてた人たちの教えってわけか」
「全員がそうじゃねえが、水場を求めて、家畜を連れて砂漠を行き来する遊牧民の教えが源流だと聞きました」
「……まあ、いい考え方なんじゃねえか? 個人に見える範囲だけでちまちま損得計算してたら、たしかに息が詰まっちまう」
「ずいぶん遠大な規模でものごととらえてんだな……」
 バックマンは感心と呆気あっけが相半ばした顔でつぶやいた。彼とその家族は、故郷から逃げ出してきた者たちだ。バックマンは先の逸話を、全面的に推奨すべく語ったわけではなかった。
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