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逆賊討伐
27 帰還 3
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バックマンはおさまりの悪い黒髪をかきむしり、自嘲するように笑う。
「まったくだ。俺には指揮官なんて無理だな。結局いつの間にか前に出ちまった」
「挙げ句、近衛兵と戦う策は『刺し違える』だからな。大した軍師様だったぜ」
カールソンの傷口を裂いた帆布で縛りながら、ヨンソンがからかいを入れる。
「うるせえよ、他に何があるってんだ」
「まあ、人には向き不向きがあらあな」
ユーホルトはバックマンの背中を二度叩き、自分の背負っていた矢筒の位置を直す。
山賊の男たちが談笑している間も、リースベットが目を覚ます様子はなかった。
「さて、俺はもうひと仕事だ。残党どもが悪巧みしてねえか見てくるぜ」
「話を聞く限り、近衛兵はまだ二、三人残ってるはずだ。後詰めの部隊もな。気をつけてくれ」
バックマンは注意を喚起し、偵察に出たユーホルトたちも気を緩めてはいなかったが、それらは杞憂に終わった。
リンドが山道に立たせていた歩哨はすべて、リースベットとフェルディンが追い返している。二人のリーパーが山賊側に加勢した、という情報とともに彼らは野営地に帰還し、さらにその後に近衛兵が三人、隊長戦死の報を持って逃げ帰ってきたのだ。
テグネールたち連合部隊はもともと戦意が低く、戦うべき明確な理由もない。すぐに野営の準備を取りやめ、撤退していった。
「下の野営地はもうもぬけの殻だ。逃げ帰った三人の近衛兵が急かしたようだな。隊長が一騎打ちでやられた、ってのがよっぽど効いたらしい」
ユーホルトがもたらした情報によって、バックマンはようやく警戒態勢の解除を指示できた。
そしてエイデシュテットの画策したリースベット討伐は、近衛兵の敗北というかたちで終結した。
ティーサンリード山賊団の成員たち以外に、この結果に快哉を叫んだ者がいる。ノルドグレーンの軍事関係者たちだ。近衛兵がその力を大きく減殺された事実は、彼女らに重大な決断を促した――
「近衛兵が敗れた、か……」
翌日の深夜、ヘルストランドでは誰よりも早く近衛兵敗北の報を受け取った宰相エイデシュテットは、複雑な表情でつぶやいた。
「近衛兵は二、三人しか残ってねえし、奴隷部隊の連中も勝った顔じゃなかった。まるで葬式みてえな雰囲気だったもんよ」
エイデシュテット邸の二階にある寝室の窓に腰掛け、軽業師ロブネルがパイプ煙草をくゆらせながら嘲笑している。
彼はエイデシュテットに命じられて戦況を確認しに向かったが、その途中で山道を退却中の近衛兵と連合部隊に行き合った。その様子を見てすぐに引き返してきたのだ。
「まさかとは思っていたが、近衛兵も存外なさけない」
「奴らも所詮人だ。刺せば死ぬぜ」
「どうやらそのようだな。……これほど早く戻るとは思っていなかったゆえ、報酬の準備ができておらぬ。あとで届けさせよう」
「へへ。頼むぜ。そのために生きてんだ」
ロブネルは火の消えた煙草の灰を落としてパイプを腰のポーチにしまうと、窓から飛び降りて闇夜に消えた。エイデシュテットは不機嫌そうに窓を閉め、睨むような目つきでしばらく窓外を眺めていた。
「さて、となると儂も身の振りを決めねばいかんな……次にエンロートが来るまで、十日ほどか。その際に執り成しを頼まねば」
エイデシュテットは西向きの窓に手をかけたまま東を振り向き、見下すように笑った。その方角にはヘルストランド城がある。
「亡国の宰相として、あのねずみ色の王城と命運を共にする……これほど馬鹿げたことはない」
「まったくだ。俺には指揮官なんて無理だな。結局いつの間にか前に出ちまった」
「挙げ句、近衛兵と戦う策は『刺し違える』だからな。大した軍師様だったぜ」
カールソンの傷口を裂いた帆布で縛りながら、ヨンソンがからかいを入れる。
「うるせえよ、他に何があるってんだ」
「まあ、人には向き不向きがあらあな」
ユーホルトはバックマンの背中を二度叩き、自分の背負っていた矢筒の位置を直す。
山賊の男たちが談笑している間も、リースベットが目を覚ます様子はなかった。
「さて、俺はもうひと仕事だ。残党どもが悪巧みしてねえか見てくるぜ」
「話を聞く限り、近衛兵はまだ二、三人残ってるはずだ。後詰めの部隊もな。気をつけてくれ」
バックマンは注意を喚起し、偵察に出たユーホルトたちも気を緩めてはいなかったが、それらは杞憂に終わった。
リンドが山道に立たせていた歩哨はすべて、リースベットとフェルディンが追い返している。二人のリーパーが山賊側に加勢した、という情報とともに彼らは野営地に帰還し、さらにその後に近衛兵が三人、隊長戦死の報を持って逃げ帰ってきたのだ。
テグネールたち連合部隊はもともと戦意が低く、戦うべき明確な理由もない。すぐに野営の準備を取りやめ、撤退していった。
「下の野営地はもうもぬけの殻だ。逃げ帰った三人の近衛兵が急かしたようだな。隊長が一騎打ちでやられた、ってのがよっぽど効いたらしい」
ユーホルトがもたらした情報によって、バックマンはようやく警戒態勢の解除を指示できた。
そしてエイデシュテットの画策したリースベット討伐は、近衛兵の敗北というかたちで終結した。
ティーサンリード山賊団の成員たち以外に、この結果に快哉を叫んだ者がいる。ノルドグレーンの軍事関係者たちだ。近衛兵がその力を大きく減殺された事実は、彼女らに重大な決断を促した――
「近衛兵が敗れた、か……」
翌日の深夜、ヘルストランドでは誰よりも早く近衛兵敗北の報を受け取った宰相エイデシュテットは、複雑な表情でつぶやいた。
「近衛兵は二、三人しか残ってねえし、奴隷部隊の連中も勝った顔じゃなかった。まるで葬式みてえな雰囲気だったもんよ」
エイデシュテット邸の二階にある寝室の窓に腰掛け、軽業師ロブネルがパイプ煙草をくゆらせながら嘲笑している。
彼はエイデシュテットに命じられて戦況を確認しに向かったが、その途中で山道を退却中の近衛兵と連合部隊に行き合った。その様子を見てすぐに引き返してきたのだ。
「まさかとは思っていたが、近衛兵も存外なさけない」
「奴らも所詮人だ。刺せば死ぬぜ」
「どうやらそのようだな。……これほど早く戻るとは思っていなかったゆえ、報酬の準備ができておらぬ。あとで届けさせよう」
「へへ。頼むぜ。そのために生きてんだ」
ロブネルは火の消えた煙草の灰を落としてパイプを腰のポーチにしまうと、窓から飛び降りて闇夜に消えた。エイデシュテットは不機嫌そうに窓を閉め、睨むような目つきでしばらく窓外を眺めていた。
「さて、となると儂も身の振りを決めねばいかんな……次にエンロートが来るまで、十日ほどか。その際に執り成しを頼まねば」
エイデシュテットは西向きの窓に手をかけたまま東を振り向き、見下すように笑った。その方角にはヘルストランド城がある。
「亡国の宰相として、あのねずみ色の王城と命運を共にする……これほど馬鹿げたことはない」
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