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逆賊討伐
8 遊撃戦 3
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隊長のアムレアンを含めて残り二十人となった近衛兵は、ティーサンリード拠点入口へ向けて再出発した。全員馬車を捨てて徒歩に変え、岩垣の上部と前方を特に警戒しつつゆっくりと行軍している。
近衛兵たちの着る、青地に金の刺繍が施された揃いの軍装の右胸には、翼竜と剣をあしらった紋章が縫い付けられている。戦場に出るには目立ちすぎるほど色鮮やかで壮麗な軍装だ。
近衛兵を知らない者が見ても、一般兵とは異なる身分の集団であることは一目瞭然だった。
「後背上部に敵影複数!」
近衛兵の一人がそう叫んで間もなく、複数の矢が背面上方から飛来した。
通常であればそれなりに被害が出るはずの的確な奇襲攻撃だったが、近衛兵たちは全員が矢を回避できていた。一人、軍人らしからぬ肥満体の男が、回避行動のあと体勢を崩して尻もちをついている。
「起きろラーネリード。さあ見せてやれ、近衛兵の力を。なぜ我々が弓兵を連れず、大盾も持たずにいられるのかを!」
アムレアンに鼓舞された太った男は、額の傷跡を掻きながら立ち上がった。
岩垣の上からその様子を目の当たりにした老弓師ユーホルトは、さして驚いてはいなかった。
「師匠、あの状況でかわされましたけど……」
「そりゃそうだろう。なにせリーパーだからな。第二射準備」
クロスボウを持った若い山賊の不安げな顔を物ともせず、ユーホルトは率先して弓を構えた。
「左側、草むらに片足突っ込んでる奴だ……撃て」
十本のクロスボウの留め金が一斉に外れ、ユーホルトが弓につがえた矢よりも太く短い矢が放たれた。
狙われた近衛兵の男は超人的な動作で矢を避けたかに見えたが、その右肩口には一本の長い矢が突き刺さっている。
「何をやっている?!」
「何で……」
アムレアンは叱責しつつも驚いていた。矢を受けた男が、近衛兵としての力量に問題のある者でないことは、その場に居合わせた全員が知っている。
であれば、慢心による油断が生んだ被害だろうか。
「急所に的中とはいかんか……まあ上々と思わなきゃな。次、今撃った奴のすぐ後ろだ」
同じようにクロスボウと弓矢の弦が弾け、今度も長い矢が近衛兵の太腿の付け根を貫いた。
「馬鹿な……」
ユーホルトは常に狙いを一人に定め、その近衛兵を中心とした一定範囲にクロスボウの射撃を行わせていた。
近衛兵は驚嘆すべき反応速度と敏捷さで飛来するクロスボウの矢を回避していたが、飛び退いた先にはユーホルト自身の放った矢が待っていたのだ。
リーパーと言えど、動の力を膝や腰が受け止めるための静は必ず生じる。ユーホルトの目はその動線に張り付いたように、近衛兵の姿を捉えていた。
それでも致命傷となっていないのは、やはりリーパーの動作が非常識なほどの敏捷性をもつことに因る。ユーホルトの技量をもってしても照準を正確に定めるだけの時間的余裕がなく、半ばは経験に基づいた予測に頼って射撃を成功させていた。
「退け! 岩垣の死角に入れ!」
三人目が撃たれた直後にアムレアンが叫び、近衛兵は雪崩を打って岩陰に逃げ込もうとする。その背中にユーホルトが射掛けた矢が、さらに三人の近衛兵を捉えた。
「よし、ここまでだ。近衛兵相手に六人やったなら御の字だろう」
「退却ですか?」
「もちろんだ。狙撃兵は引き際が肝心だぞ。さっき別れた歩兵の連中は、間違いなく俺らを探してる。岩垣を回り込んでくる前に、おうちに帰るのさ」
「……倒れてる連中のとどめは?」
「もちろんだ」
ユーホルトの戦術が功を奏し、数を六人減らした近衛兵は、残り十四人となった。
近衛兵たちの着る、青地に金の刺繍が施された揃いの軍装の右胸には、翼竜と剣をあしらった紋章が縫い付けられている。戦場に出るには目立ちすぎるほど色鮮やかで壮麗な軍装だ。
近衛兵を知らない者が見ても、一般兵とは異なる身分の集団であることは一目瞭然だった。
「後背上部に敵影複数!」
近衛兵の一人がそう叫んで間もなく、複数の矢が背面上方から飛来した。
通常であればそれなりに被害が出るはずの的確な奇襲攻撃だったが、近衛兵たちは全員が矢を回避できていた。一人、軍人らしからぬ肥満体の男が、回避行動のあと体勢を崩して尻もちをついている。
「起きろラーネリード。さあ見せてやれ、近衛兵の力を。なぜ我々が弓兵を連れず、大盾も持たずにいられるのかを!」
アムレアンに鼓舞された太った男は、額の傷跡を掻きながら立ち上がった。
岩垣の上からその様子を目の当たりにした老弓師ユーホルトは、さして驚いてはいなかった。
「師匠、あの状況でかわされましたけど……」
「そりゃそうだろう。なにせリーパーだからな。第二射準備」
クロスボウを持った若い山賊の不安げな顔を物ともせず、ユーホルトは率先して弓を構えた。
「左側、草むらに片足突っ込んでる奴だ……撃て」
十本のクロスボウの留め金が一斉に外れ、ユーホルトが弓につがえた矢よりも太く短い矢が放たれた。
狙われた近衛兵の男は超人的な動作で矢を避けたかに見えたが、その右肩口には一本の長い矢が突き刺さっている。
「何をやっている?!」
「何で……」
アムレアンは叱責しつつも驚いていた。矢を受けた男が、近衛兵としての力量に問題のある者でないことは、その場に居合わせた全員が知っている。
であれば、慢心による油断が生んだ被害だろうか。
「急所に的中とはいかんか……まあ上々と思わなきゃな。次、今撃った奴のすぐ後ろだ」
同じようにクロスボウと弓矢の弦が弾け、今度も長い矢が近衛兵の太腿の付け根を貫いた。
「馬鹿な……」
ユーホルトは常に狙いを一人に定め、その近衛兵を中心とした一定範囲にクロスボウの射撃を行わせていた。
近衛兵は驚嘆すべき反応速度と敏捷さで飛来するクロスボウの矢を回避していたが、飛び退いた先にはユーホルト自身の放った矢が待っていたのだ。
リーパーと言えど、動の力を膝や腰が受け止めるための静は必ず生じる。ユーホルトの目はその動線に張り付いたように、近衛兵の姿を捉えていた。
それでも致命傷となっていないのは、やはりリーパーの動作が非常識なほどの敏捷性をもつことに因る。ユーホルトの技量をもってしても照準を正確に定めるだけの時間的余裕がなく、半ばは経験に基づいた予測に頼って射撃を成功させていた。
「退け! 岩垣の死角に入れ!」
三人目が撃たれた直後にアムレアンが叫び、近衛兵は雪崩を打って岩陰に逃げ込もうとする。その背中にユーホルトが射掛けた矢が、さらに三人の近衛兵を捉えた。
「よし、ここまでだ。近衛兵相手に六人やったなら御の字だろう」
「退却ですか?」
「もちろんだ。狙撃兵は引き際が肝心だぞ。さっき別れた歩兵の連中は、間違いなく俺らを探してる。岩垣を回り込んでくる前に、おうちに帰るのさ」
「……倒れてる連中のとどめは?」
「もちろんだ」
ユーホルトの戦術が功を奏し、数を六人減らした近衛兵は、残り十四人となった。
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