101 / 247
逆賊討伐
5 決意と迷想 3
しおりを挟む
「いかがなさいましたかな、ノア様」
ヘルストランド城の馬屋で、剣を携えて馬を引こうとしていたノアに、待ち構えていたようにブリクストが声をかけた。
「ブリクストか……」
「ノア様、どうかご自愛ください」
「……」
「事ここに及んでは、最早どうにもなりませぬ」
ティーサンリード山賊団、すなわちリースベットを討つために近衛兵が出動したという話題を、リードホルムの宮廷内で知らぬ者はいない。
それを受けてノアがどんな行動に出るか、ブリクストには予測がついていた。
「……お一人で行かれて、どうなさるおつもりですか」
「私が命じて、近衛兵たちを引き返させる」
「無理です。彼らは王の命以外には一切従わぬ者たち。邪魔立てするとあらば、ノア様であっても無事には済みますまい」
「しかし……私は……」
「残念ながら、今のリースベット様をお救いしようにも、いかなる道理も立ちませぬ」
最も気にしていた問題を指摘され、ノアは押し黙った。
次期王座に最も近かった兄アウグスティンを殺しただけでなく、リードホルムに対する数々の敵対行為の首謀者だったリースベットを擁護する――どれほど理論武装し弁舌を尽くそうとも、ノアが王家に連なる者である限り、それは不可能なことなのだ。
「ノア様の双肩には、リードホルム百万の民の命運がかかっているのです」
忠臣として陰に日向に守り立ててきたブリクストにこう言われると、ノアは返す言葉に窮する。
立場に伴う重責を理解していないノアではないし、さらにはブリクストが決して口にしない、リースベットとの因縁がある。特別奇襲隊が出向いた山賊団討伐では、ノアを守るため幾人もの部下がリースベットとその山賊団に殺され、ブリクスト自身も今日まで残る負傷を左腕に負っているのだ。
「何故だ……何故こんなことに……」
馬屋の柱にもたれかかり、ノアは天を仰いだ。
――四年前の春、リースベットと侍従のモニカに、いつかこの国に戻れるようにすると言った。その約束を果たすことは、もう無理なのだろうか。
ブリクストはただ黙って、ノアのそばに佇んでいる。
愛情と責任で引き裂かれた心が優れた王の資質となるのか、あるいは人を狂わせるのか、彼には分からなかった。
「いよいよ来たか……」
ラルセンの山道を進む複数の馬車がある。車体には近衛兵の証である、翼竜と剣の紋章が掲げられていた――山賊団拠点の食堂でその報告を受けたバックマンは、低くつぶやいて深呼吸した。
食堂にはすでに、山賊団の中でも武闘派の者たちが集まっている。
「よく聞けお前ら!」
声を張り上げたバックマンに注目が集まる。
「俺らは今、どうやら最悪の事態に陥っている。あの近衛兵がもうすぐここに攻め込んできて、さらには今ここに頭領がいねえと来ている」
食堂内は静まり返っている。バックマンの説明は、全員にとって事実確認に過ぎなかったからだ。状況を知らない者はこの場にいない。
「だが備えは怠ってねえ。それと……」
バックマンは言葉を切ってうつむき、ひと呼吸置いてから続けた。
「俺らはこれまでずっと、リースベットって飛び抜けた個人にずいぶん頼りきりだった。ここは一つ、俺らの矜持にかけて、あいつの帰ってくる家を守り抜いてやろうじゃねえか」
一瞬の沈黙の後、湧き上がる歓声をバックマンは期待していたのだが、残念なことにそれは裏切られた。その先鞭をつけたのはドグラスだ。
「似合わねえぞ!」
「らしくねえこと言ってんじゃねえ」
「アウロラに代わってもらったほうがいいんじゃねえのか!」
「いつもニヤニヤしてるくせに」
「お前ら……」
バックマンは目をつむり、半ば呆れながら笑っていた。
山賊たちは危機を前にしても態度を変えず、いつもと同じ調子で軽口を叩き合っている。このほうがいっそ、彼ららしい。
ヘルストランド城の馬屋で、剣を携えて馬を引こうとしていたノアに、待ち構えていたようにブリクストが声をかけた。
「ブリクストか……」
「ノア様、どうかご自愛ください」
「……」
「事ここに及んでは、最早どうにもなりませぬ」
ティーサンリード山賊団、すなわちリースベットを討つために近衛兵が出動したという話題を、リードホルムの宮廷内で知らぬ者はいない。
それを受けてノアがどんな行動に出るか、ブリクストには予測がついていた。
「……お一人で行かれて、どうなさるおつもりですか」
「私が命じて、近衛兵たちを引き返させる」
「無理です。彼らは王の命以外には一切従わぬ者たち。邪魔立てするとあらば、ノア様であっても無事には済みますまい」
「しかし……私は……」
「残念ながら、今のリースベット様をお救いしようにも、いかなる道理も立ちませぬ」
最も気にしていた問題を指摘され、ノアは押し黙った。
次期王座に最も近かった兄アウグスティンを殺しただけでなく、リードホルムに対する数々の敵対行為の首謀者だったリースベットを擁護する――どれほど理論武装し弁舌を尽くそうとも、ノアが王家に連なる者である限り、それは不可能なことなのだ。
「ノア様の双肩には、リードホルム百万の民の命運がかかっているのです」
忠臣として陰に日向に守り立ててきたブリクストにこう言われると、ノアは返す言葉に窮する。
立場に伴う重責を理解していないノアではないし、さらにはブリクストが決して口にしない、リースベットとの因縁がある。特別奇襲隊が出向いた山賊団討伐では、ノアを守るため幾人もの部下がリースベットとその山賊団に殺され、ブリクスト自身も今日まで残る負傷を左腕に負っているのだ。
「何故だ……何故こんなことに……」
馬屋の柱にもたれかかり、ノアは天を仰いだ。
――四年前の春、リースベットと侍従のモニカに、いつかこの国に戻れるようにすると言った。その約束を果たすことは、もう無理なのだろうか。
ブリクストはただ黙って、ノアのそばに佇んでいる。
愛情と責任で引き裂かれた心が優れた王の資質となるのか、あるいは人を狂わせるのか、彼には分からなかった。
「いよいよ来たか……」
ラルセンの山道を進む複数の馬車がある。車体には近衛兵の証である、翼竜と剣の紋章が掲げられていた――山賊団拠点の食堂でその報告を受けたバックマンは、低くつぶやいて深呼吸した。
食堂にはすでに、山賊団の中でも武闘派の者たちが集まっている。
「よく聞けお前ら!」
声を張り上げたバックマンに注目が集まる。
「俺らは今、どうやら最悪の事態に陥っている。あの近衛兵がもうすぐここに攻め込んできて、さらには今ここに頭領がいねえと来ている」
食堂内は静まり返っている。バックマンの説明は、全員にとって事実確認に過ぎなかったからだ。状況を知らない者はこの場にいない。
「だが備えは怠ってねえ。それと……」
バックマンは言葉を切ってうつむき、ひと呼吸置いてから続けた。
「俺らはこれまでずっと、リースベットって飛び抜けた個人にずいぶん頼りきりだった。ここは一つ、俺らの矜持にかけて、あいつの帰ってくる家を守り抜いてやろうじゃねえか」
一瞬の沈黙の後、湧き上がる歓声をバックマンは期待していたのだが、残念なことにそれは裏切られた。その先鞭をつけたのはドグラスだ。
「似合わねえぞ!」
「らしくねえこと言ってんじゃねえ」
「アウロラに代わってもらったほうがいいんじゃねえのか!」
「いつもニヤニヤしてるくせに」
「お前ら……」
バックマンは目をつむり、半ば呆れながら笑っていた。
山賊たちは危機を前にしても態度を変えず、いつもと同じ調子で軽口を叩き合っている。このほうがいっそ、彼ららしい。
0
お気に入りに追加
15
あなたにおすすめの小説
前世で家族に恵まれなかった俺、今世では優しい家族に囲まれる 俺だけが使える氷魔法で異世界無双
おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
家族や恋人もいなく、孤独に過ごしていた俺は、ある日自宅で倒れ、気がつくと異世界転生をしていた。
神からの定番の啓示などもなく、戸惑いながらも優しい家族の元で過ごせたのは良かったが……。
どうやら、食料事情がよくないらしい。
俺自身が美味しいものを食べたいし、大事な家族のために何とかしないと!
そう思ったアレスは、あの手この手を使って行動を開始するのだった。
これは孤独だった者が家族のために奮闘したり、時に冒険に出たり、飯テロしたり、もふもふしたりと……ある意味で好き勝手に生きる物語。
しかし、それが意味するところは……。
【完結】魔王と間違われて首を落とされた。側近が激おこだけど、どうしたらいい?
綾雅(りょうが)祝!コミカライズ
ファンタジー
旧題【竜王殺しの勇者は英雄か(仮)】
強大な魔法を操り、人族の領地を奪おうと戦いを挑んだ魔族。彼らの戦いは数十年に及び、ついに人族は聖剣の力を引き出せる勇者を生み出した。人族は決戦兵器として、魔王退治のために勇者を送り込む。勇者は仲間と共に巨大な銀竜を倒すが……彼は魔王ではなかった。
人族と魔族の争いに関わらなかった、圧倒的強者である竜族の王の首を落としてしまったのだ。目覚めたばかりで寝ぼけていた竜王は、配下に復活の予言を残して事切れる。
――これは魔王を退治にしに来た勇者が、間違えて竜王を退治した人違いから始まる物語である。
【同時掲載】アルファポリス、カクヨム、エブリスタ、小説家になろう
※2023/10/30……完結
※2023/09/29……エブリスタ、ファンタジートレンド 1位
※2023/09/25……タイトル変更
※2023/09/13……連載開始
転生したら死にそうな孤児だった
佐々木鴻
ファンタジー
過去に四度生まれ変わり、そして五度目の人生に目覚めた少女はある日、生まれたばかりで捨てられたの赤子と出会う。
保護しますか? の選択肢に【はい】と【YES】しかない少女はその子を引き取り妹として育て始める。
やがて美しく育ったその子は、少女と強い因縁があった。
悲劇はありません。難しい人間関係や柵はめんどく(ゲフンゲフン)ありません。
世界は、意外と優しいのです。
【書籍化進行中】魔法のトランクと異世界暮らし
猫野美羽
ファンタジー
※書籍化進行中です。
曾祖母の遺産を相続した海堂凛々(かいどうりり)は原因不明の虚弱体質に苦しめられていることもあり、しばらくは遺産として譲り受けた別荘で療養することに。
おとぎ話に出てくる魔女の家のような可愛らしい洋館で、凛々は曾祖母からの秘密の遺産を受け取った。
それは異世界への扉の鍵と魔法のトランク。
異世界の住人だった曾祖母の血を濃く引いた彼女だけが、魔法の道具の相続人だった。
異世界、たまに日本暮らしの楽しい二拠点生活が始まる──
◆◆◆
ほのぼのスローライフなお話です。
のんびりと生活拠点を整えたり、美味しいご飯を食べたり、お金を稼いでみたり、異世界旅を楽しむ物語。
※カクヨムでも掲載予定です。
エラーから始まる異世界生活
KeyBow
ファンタジー
45歳リーマンの志郎は本来異世界転移されないはずだったが、何が原因か高校生の異世界勇者召喚に巻き込まれる。
本来の人数より1名増の影響か転移処理でエラーが発生する。
高校生は正常?に転移されたようだが、志郎はエラー召喚されてしまった。
冤罪で多くの魔物うようよするような所に放逐がされ、死にそうになりながら一人の少女と出会う。
その後冒険者として生きて行かざるを得ず奴隷を買い成り上がっていく物語。
某刑事のように”あの女(王女)絶対いずれしょんべんぶっ掛けてやる”事を当面の目標の一つとして。
実は所有するギフトはかなりレアなぶっ飛びな内容で、召喚された中では最強だったはずである。
勇者として活躍するのかしないのか?
能力を鍛え、復讐と色々エラーがあり屈折してしまった心を、召還時のエラーで壊れた記憶を抱えてもがきながら奴隷の少女達に救われるて変わっていく第二の人生を歩む志郎の物語が始まる。
多分チーレムになったり残酷表現があります。苦手な方はお気をつけ下さい。
初めての作品にお付き合い下さい。
転生幼児は夢いっぱい
meimei
ファンタジー
日本に生まれてかれこれ27年大学も出て希望の職業にもつき順風満帆なはずだった男は、
ある日親友だと思っていた男に手柄を横取りされ左遷されてしまう。左遷された所はとても忙しい部署で。ほぼ不眠不休…の生活の末、気がつくとどうやら亡くなったらしい??
らしいというのも……前世を思い出したのは
転生して5年経ってから。そう…5歳の誕生日の日にだった。
これは秘匿された出自を知らないまま、
チートしつつ異世界を楽しむ男の話である!
☆これは作者の妄想によるフィクションであり、登場するもの全てが架空の産物です。
誤字脱字には優しく軽く流していただけると嬉しいです。
☆ファンタジーカップありがとうございました!!(*^^*)
今後ともよろしくお願い致します🍀
逃れる者
ヤマサンブラック
大衆娯楽
昭和四十九年も終わろうとしている冬のある日、藤岡が出入りする雀荘『にしむら』に、隻腕の男・石神がやってきた。
左手一本でイカサマ技を使い圧倒的な強さを見せる石神に対し、藤岡たちは三人で組むことにしたが……。
【完結】私には何の力もないけれど、祈るわ。〜兄様のお力のおかけです〜
まりぃべる
ファンタジー
私はナタリア。
私が住む国は、大陸の中では小さいですが、独立しています。
それは、国を護ってくれる祈り子(イノリコ)がいるから。
イノリコが生まれた領地は、繁栄するとか。
イノリコが祈れば、飢饉が解消され、たちまち豊穣になるとか。
イノリコを冷遇すれば、死に至るとか。
その、イノリコに私のお兄様が認定されたのです。さすがお兄様!
私の周りで不思議な事が起こるのは、お兄様のそのお力のおかげなのですものね。
私?私は何の力もありませんが、相手を想い、祈る事くらいはしています。
☆現実世界とは、厳密に言うと意味が違う言葉も使用しているかもしれません。緩い世界観で見て下さると幸いです。
☆現実世界に、似たような名前(人名、国名等)がありますが、全く関係ありません。
☆一部区切りがつかず長い話があるかもしれません。すみません。
☆いろんな意味でハッピーエンドになってます。ざまあ、はありません。
☆★
完結していますので、随時更新していきます。全51話です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる