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逆賊討伐
1 近衛兵始動
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リースベットたちがノルシェー研究所へ向けて宿を発ったのと同じ頃、ヘルストランド城の最奥部にある時の黎明館において、ある重大な勅命が下されてていた。
贅を極めた広大な謁見の間には明るく西日が差し込み、天井のフレスコ画や壁の化粧漆喰に描かれた時の神ツーダンに連なる神々の姿を照らしている。
玉座に座る国王ヴィルヘルム三世の眼前には、二人の男が真紅のカーペットに拝跪していた。二人は青と黄で彩られたきらびやかな軍装に身を包み、共に肩書きは近衛兵隊長だ。
一方の口ひげを蓄えた長髪の男が名をインクヴァル・アムレアン、もう一方の眼光鋭い短髪の男はエリオット・フリークルンドと言った。
「エイデシュテットが進言してきた山賊討伐であるが……奴の思惑はどうあれ、予自身の命で討つことには一理あると考えておる。そなたらはなんと考える?」
「陛下の御心のままに……」
「陛下のご意思とあらば異存はございませんが、これまで数々の奸計を巡らせてきた男です。くれぐれもご注意ください」
「わかっておる……」
ヴィルヘルムはフリークルンドの忠告にうなずき、しばし間を置いてからふたたび口を開いた。
「近衛兵隊長に命ずる。ラルセン山に蟠踞する、リースベットと名乗る逆賊、およびその一党ことごとくを殲滅せよ」
「御意」
二人は声を揃えて頭を垂れる。ふとアムレアンのみが顔を上げた。
「陛下、おそれながら……」
「申してみよ」
「生け捕りでなくてよろしいのですか?」
「構わぬ。首を持ち帰る必要もない。だが確実に命脈を断て」
「承知いたしました」
アムレアンは眉ひとつ動かさず、ふたたび頭を下げた。
「我が隊は常に準備を整えておりますゆえ、いつでも出撃が可能です」
「では明日にでも出立せよ。仔細はそなたらに一任する」
「数日のうちに首級をあげてご覧に入れましょう」
リースベットの討伐を命じられた二人の隊長は、互いに視線を交わすことさえなく謁見の間を辞した。
「此度の出征、我が隊が出向いてやろう」
大人ふたり分ほども高さのある謁見の間の扉を衛兵が閉じると、アムレアンが先に口を開いた。明らかに挑発的な口調だったが、フリークルンドは顔も向けずに短く返答する。
「そうか」
「数の少ない貴隊では戦力に不安があろうからな。平和な時の黎明館の守備でもしているがよかろう」
「……近衛兵はそれが本務である。山賊討伐など下賤の者どもがやることだ」
「何を!」
アムレアンが気色ばんで腰の剣に手をかけるが、それにもフリークルンドは応じず、ただ鋭い目でアムレアンを一瞥した。
実戦に参加することがほとんどない近衛兵は、隊内での地位を御前試合の結果、それに国王ヴィルヘルム三世の気まぐれによって決定されていた。
アムレアンは長く隊長の地位にあり、他の近衛兵からの信任も厚い実力者だ。だが、彼に五年遅れて近衛兵となったフリークルンドの実力は、それを上回る圧倒的なものだった。
御前試合では一度として負けたことはなく、さらに高潔で生真面目な性格も手伝って、いつしか近衛兵内部にフリークルンドの一派が形成されるに至る。
フリークルンドのほうが隊長としてふさわしい人格と力を備えている――少数ではあるが実力主義的な精鋭ぞろいの一派から発せられる不満の声を、ヴィルヘルムはアムレアンとフリークルンドを同格として、隊をふたつに分離することで収めたのだった。
それ以後、反目し合いながらも大きな問題は起こらず、二人の隊長が並立して近衛兵は存続してきた。
「この結果如何で、いよいよ真の近衛兵隊長が決するかな……」
二人の隊長が立ち去ったあと、ヴィルヘルムは興味なさげにつぶやいた。
贅を極めた広大な謁見の間には明るく西日が差し込み、天井のフレスコ画や壁の化粧漆喰に描かれた時の神ツーダンに連なる神々の姿を照らしている。
玉座に座る国王ヴィルヘルム三世の眼前には、二人の男が真紅のカーペットに拝跪していた。二人は青と黄で彩られたきらびやかな軍装に身を包み、共に肩書きは近衛兵隊長だ。
一方の口ひげを蓄えた長髪の男が名をインクヴァル・アムレアン、もう一方の眼光鋭い短髪の男はエリオット・フリークルンドと言った。
「エイデシュテットが進言してきた山賊討伐であるが……奴の思惑はどうあれ、予自身の命で討つことには一理あると考えておる。そなたらはなんと考える?」
「陛下の御心のままに……」
「陛下のご意思とあらば異存はございませんが、これまで数々の奸計を巡らせてきた男です。くれぐれもご注意ください」
「わかっておる……」
ヴィルヘルムはフリークルンドの忠告にうなずき、しばし間を置いてからふたたび口を開いた。
「近衛兵隊長に命ずる。ラルセン山に蟠踞する、リースベットと名乗る逆賊、およびその一党ことごとくを殲滅せよ」
「御意」
二人は声を揃えて頭を垂れる。ふとアムレアンのみが顔を上げた。
「陛下、おそれながら……」
「申してみよ」
「生け捕りでなくてよろしいのですか?」
「構わぬ。首を持ち帰る必要もない。だが確実に命脈を断て」
「承知いたしました」
アムレアンは眉ひとつ動かさず、ふたたび頭を下げた。
「我が隊は常に準備を整えておりますゆえ、いつでも出撃が可能です」
「では明日にでも出立せよ。仔細はそなたらに一任する」
「数日のうちに首級をあげてご覧に入れましょう」
リースベットの討伐を命じられた二人の隊長は、互いに視線を交わすことさえなく謁見の間を辞した。
「此度の出征、我が隊が出向いてやろう」
大人ふたり分ほども高さのある謁見の間の扉を衛兵が閉じると、アムレアンが先に口を開いた。明らかに挑発的な口調だったが、フリークルンドは顔も向けずに短く返答する。
「そうか」
「数の少ない貴隊では戦力に不安があろうからな。平和な時の黎明館の守備でもしているがよかろう」
「……近衛兵はそれが本務である。山賊討伐など下賤の者どもがやることだ」
「何を!」
アムレアンが気色ばんで腰の剣に手をかけるが、それにもフリークルンドは応じず、ただ鋭い目でアムレアンを一瞥した。
実戦に参加することがほとんどない近衛兵は、隊内での地位を御前試合の結果、それに国王ヴィルヘルム三世の気まぐれによって決定されていた。
アムレアンは長く隊長の地位にあり、他の近衛兵からの信任も厚い実力者だ。だが、彼に五年遅れて近衛兵となったフリークルンドの実力は、それを上回る圧倒的なものだった。
御前試合では一度として負けたことはなく、さらに高潔で生真面目な性格も手伝って、いつしか近衛兵内部にフリークルンドの一派が形成されるに至る。
フリークルンドのほうが隊長としてふさわしい人格と力を備えている――少数ではあるが実力主義的な精鋭ぞろいの一派から発せられる不満の声を、ヴィルヘルムはアムレアンとフリークルンドを同格として、隊をふたつに分離することで収めたのだった。
それ以後、反目し合いながらも大きな問題は起こらず、二人の隊長が並立して近衛兵は存続してきた。
「この結果如何で、いよいよ真の近衛兵隊長が決するかな……」
二人の隊長が立ち去ったあと、ヴィルヘルムは興味なさげにつぶやいた。
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