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落日の序曲
22 ノルシェー研究所 3
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「しっかし、ドグラスが言ってたようなリーパー解剖台でもあるかと思ったが、これじゃまるで学校だな」
「本ばかりだ……研究所というより、資料館といった性格のものだったのか?」
二階に上がったリースベットとフェルディンが最初に目にしたのは、広いフロアに整然と並んだ背丈よりも高い無数の本棚と、壁際に間仕切りされて置かれた机だった。奥にはいくつか扉のない部屋があるようだが、それ以外は見事に本で埋め尽くされている。
一階と違い二階は床が木造で、やはり柱などの各所にファンナ教のシンボルや肖像が彫られていた。
「なんだか妙な作りの建物だ」
「外見と内側もちぐはぐ、それにあとから二階を建て増したか、さもなきゃ途中で計画変更でもしたか……」
「案外そうかも知れない」
二人が一歩進むたびに、木の床が軋む音がする。
フェルディンは手近な本棚にあった一冊を手に取りページをめくった。
献体情報1
オロフ・アルヴィドソン 27歳 男
身長175センチメートル 体重66キログラム
出身地 ヘルストランド カーラガータン
第六七代近衛兵団所属 死因 刃物による刺殺
献体情報2
トールビョルン・バルテルス 32歳 男
身長178.4センチメートル 体重82キログラム
出身地 ヘルストランド ジーレトレット
第六七代近衛兵団所属 死因 刃物による刺殺
献体情報3
スヴァンテ・グスタヴソン 27歳 男
身長181センチメートル 体重75キログラム
出身地 バステルード ブローギガータン
農民 死因 転落死
上記三者を検死解剖した結果、特筆すべき身体的差異は
見受けられず。脳、心臓を始めとする臓器の容積や形状、
筋肉量に至るまで、総じて献体グスタヴソンのほうが大き
く、リーパーに肉体的優位性は確認できない。
「か、解剖か……」
「マジかよ」
フェルディンの持つ本をリースベットが横から覗き込む。
それはリーパー二人と能力を持たない農民の遺体の解剖報告だった。臓器ごとの重量などが図解入りで詳細に記録されているが、リーパーの能力について特別な発見はなかったようだ。
リースベットは同じ本棚から別の本を引き抜いて目を通したが、解剖記録はフェルディンの持つ一冊だけだった。
「どうやら他にはないか……」
「まあ、リーパーの死体なんてそうそう湧いて出てくるもんでもねえだろうが……それにしても、今の近衛兵団は確か六九代だ。直近で近衛兵が戦った戦争なんてあったか?」
「……いや、どうやら隊内での揉め事らしい。注釈として書いてある」
「なるほど、研究成果は出ねえのに記録だけは生真面目に残してんのか。そりゃ煙たがられるわけだ」
リースベットが笑いながら引き戸に指をかけたが、その戸は開かなかった。
「……お、この棚は鍵がかかってやがる」
「特に重要な資料かも知れないな。開けられるか?」
「はいよ、任しとけ」
リースベットは回転をつけて放り上げたロックピックを右手で掴むと、さっそく鍵穴に差し込んだ。
「しかし、ちょっと甘く見ていたな。これだけの本に目を通すのは、とても一晩では……」
「いいぜ。追加料金払うんなら、また来てやっても」
「……できる限り滞在時間を延長できないだろうか」
「検討しといてやるよ」
ふとリースベットは、金属がぶつかり合うような音を聞いた気がした。引き戸の鍵が外れた音ではない。音はもっと遠く、重かった。
「……なんか物音がしなかったか?」
「そうかな」
フェルディンはすでに次の本に向かっており、周囲のことを気にかけてはいないようだった。
「本ばかりだ……研究所というより、資料館といった性格のものだったのか?」
二階に上がったリースベットとフェルディンが最初に目にしたのは、広いフロアに整然と並んだ背丈よりも高い無数の本棚と、壁際に間仕切りされて置かれた机だった。奥にはいくつか扉のない部屋があるようだが、それ以外は見事に本で埋め尽くされている。
一階と違い二階は床が木造で、やはり柱などの各所にファンナ教のシンボルや肖像が彫られていた。
「なんだか妙な作りの建物だ」
「外見と内側もちぐはぐ、それにあとから二階を建て増したか、さもなきゃ途中で計画変更でもしたか……」
「案外そうかも知れない」
二人が一歩進むたびに、木の床が軋む音がする。
フェルディンは手近な本棚にあった一冊を手に取りページをめくった。
献体情報1
オロフ・アルヴィドソン 27歳 男
身長175センチメートル 体重66キログラム
出身地 ヘルストランド カーラガータン
第六七代近衛兵団所属 死因 刃物による刺殺
献体情報2
トールビョルン・バルテルス 32歳 男
身長178.4センチメートル 体重82キログラム
出身地 ヘルストランド ジーレトレット
第六七代近衛兵団所属 死因 刃物による刺殺
献体情報3
スヴァンテ・グスタヴソン 27歳 男
身長181センチメートル 体重75キログラム
出身地 バステルード ブローギガータン
農民 死因 転落死
上記三者を検死解剖した結果、特筆すべき身体的差異は
見受けられず。脳、心臓を始めとする臓器の容積や形状、
筋肉量に至るまで、総じて献体グスタヴソンのほうが大き
く、リーパーに肉体的優位性は確認できない。
「か、解剖か……」
「マジかよ」
フェルディンの持つ本をリースベットが横から覗き込む。
それはリーパー二人と能力を持たない農民の遺体の解剖報告だった。臓器ごとの重量などが図解入りで詳細に記録されているが、リーパーの能力について特別な発見はなかったようだ。
リースベットは同じ本棚から別の本を引き抜いて目を通したが、解剖記録はフェルディンの持つ一冊だけだった。
「どうやら他にはないか……」
「まあ、リーパーの死体なんてそうそう湧いて出てくるもんでもねえだろうが……それにしても、今の近衛兵団は確か六九代だ。直近で近衛兵が戦った戦争なんてあったか?」
「……いや、どうやら隊内での揉め事らしい。注釈として書いてある」
「なるほど、研究成果は出ねえのに記録だけは生真面目に残してんのか。そりゃ煙たがられるわけだ」
リースベットが笑いながら引き戸に指をかけたが、その戸は開かなかった。
「……お、この棚は鍵がかかってやがる」
「特に重要な資料かも知れないな。開けられるか?」
「はいよ、任しとけ」
リースベットは回転をつけて放り上げたロックピックを右手で掴むと、さっそく鍵穴に差し込んだ。
「しかし、ちょっと甘く見ていたな。これだけの本に目を通すのは、とても一晩では……」
「いいぜ。追加料金払うんなら、また来てやっても」
「……できる限り滞在時間を延長できないだろうか」
「検討しといてやるよ」
ふとリースベットは、金属がぶつかり合うような音を聞いた気がした。引き戸の鍵が外れた音ではない。音はもっと遠く、重かった。
「……なんか物音がしなかったか?」
「そうかな」
フェルディンはすでに次の本に向かっており、周囲のことを気にかけてはいないようだった。
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