上 下
93 / 247
落日の序曲

22 ノルシェー研究所 3

しおりを挟む
「しっかし、ドグラスが言ってたようなリーパー解剖かいぼう台でもあるかと思ったが、これじゃまるで学校だな」
「本ばかりだ……研究所というより、資料館といった性格のものだったのか?」
 二階に上がったリースベットとフェルディンが最初に目にしたのは、広いフロアに整然と並んだ背丈よりも高い無数の本棚と、壁際に間仕切りされて置かれた机だった。奥にはいくつか扉のない部屋があるようだが、それ以外は見事に本で埋め尽くされている。
 一階と違い二階は床が木造で、やはり柱などの各所にファンナ教のシンボルや肖像が彫られていた。
「なんだか妙な作りの建物だ」
外見そとみと内側もちぐはぐ、それにあとから二階を建て増したか、さもなきゃ途中で計画変更でもしたか……」
「案外そうかも知れない」
 二人が一歩進むたびに、木の床がきしむ音がする。
 フェルディンは手近な本棚にあった一冊を手に取りページをめくった。

 献体けんたい情報1
 オロフ・アルヴィドソン 27歳 男
  身長175センチメートル 体重66キログラム
  出身地  ヘルストランド カーラガータン
  第六七代近衛兵団所属   死因 刃物による刺殺

 献体情報2
 トールビョルン・バルテルス 32歳 男
  身長178.4センチメートル 体重82キログラム
  出身地  ヘルストランド ジーレトレット
  第六七代近衛兵団所属   死因 刃物による刺殺

 献体情報3
 スヴァンテ・グスタヴソン 27歳 男
  身長181センチメートル 体重75キログラム
  出身地  バステルード ブローギガータン
  農民   死因 転落死

  上記三者を検死解剖した結果、特筆すべき身体的差異は
 見受けられず。脳、心臓を始めとする臓器の容積や形状、
 筋肉量に至るまで、総じて献体グスタヴソンのほうが大き
 く、リーパーに肉体的優位性は確認できない。

「か、解剖か……」
「マジかよ」
 フェルディンの持つ本をリースベットが横から覗き込む。
 それはリーパー二人と能力を持たない農民の遺体の解剖報告だった。臓器ごとの重量などが図解入りで詳細に記録されているが、リーパーの能力について特別な発見はなかったようだ。
 リースベットは同じ本棚から別の本を引き抜いて目を通したが、解剖記録はフェルディンの持つ一冊だけだった。
「どうやら他にはないか……」
「まあ、リーパーの死体なんてそうそう湧いて出てくるもんでもねえだろうが……それにしても、今の近衛兵団は確か六九代だ。直近で近衛兵が戦った戦争なんてあったか?」
「……いや、どうやら隊内での揉め事らしい。注釈として書いてある」
「なるほど、研究成果は出ねえのに記録だけは生真面目に残してんのか。そりゃ煙たがられるわけだ」
 リースベットが笑いながら引き戸に指をかけたが、その戸は開かなかった。
「……お、この棚は鍵がかかってやがる」
「特に重要な資料かも知れないな。開けられるか?」
「はいよ、任しとけ」
 リースベットは回転をつけて放り上げたロックピックを右手で掴むと、さっそく鍵穴に差し込んだ。
「しかし、ちょっと甘く見ていたな。これだけの本に目を通すのは、とても一晩では……」
「いいぜ。追加料金払うんなら、また来てやっても」
「……できる限り滞在時間を延長できないだろうか」
「検討しといてやるよ」
 ふとリースベットは、金属がぶつかり合うような音を聞いた気がした。引き戸の鍵が外れた音ではない。音はもっと遠く、重かった。
「……なんか物音がしなかったか?」
「そうかな」
 フェルディンはすでに次の本に向かっており、周囲のことを気にかけてはいないようだった。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

旦那様、前世の記憶を取り戻したので離縁させて頂きます

結城芙由奈 
恋愛
【前世の記憶が戻ったので、貴方はもう用済みです】 ある日突然私は前世の記憶を取り戻し、今自分が置かれている結婚生活がとても理不尽な事に気が付いた。こんな夫ならもういらない。前世の知識を活用すれば、この世界でもきっと女1人で生きていけるはず。そして私はクズ夫に離婚届を突きつけた―。

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

[完結] 邪魔をするなら潰すわよ?

シマ
ファンタジー
私はギルドが運営する治療院で働く治療師の一人、名前はルーシー。 クエストで大怪我したハンター達の治療に毎日、忙しい。そんなある日、騎士の格好をした一人の男が運び込まれた。 貴族のお偉いさんを魔物から護った騎士団の団長さんらしいけど、その場に置いていかれたの?でも、この傷は魔物にヤられたモノじゃないわよ? 魔法のある世界で亡くなった両親の代わりに兄妹を育てるルーシー。彼女は兄妹と静かに暮らしたいけど何やら回りが放ってくれない。 ルーシーが気になる団長さんに振り回されたり振り回したり。 私の生活を邪魔をするなら潰すわよ? 1月5日 誤字脱字修正 54話 ★━戦闘シーンや猟奇的発言あり 流血シーンあり。 魔法・魔物あり。 ざぁま薄め。 恋愛要素あり。

アルバートの屈辱

プラネットプラント
恋愛
妻の姉に恋をして妻を蔑ろにするアルバートとそんな夫を愛するのを諦めてしまった妻の話。 『詰んでる不憫系悪役令嬢はチャラ男騎士として生活しています』の10年ほど前の話ですが、ほぼ無関係なので単体で読めます。

お嬢様はお亡くなりになりました。

豆狸
恋愛
「お嬢様は……十日前にお亡くなりになりました」 「な……なにを言っている?」

【取り下げ予定】愛されない妃ですので。

ごろごろみかん。
恋愛
王妃になんて、望んでなったわけではない。 国王夫妻のリュシアンとミレーゼの関係は冷えきっていた。 「僕はきみを愛していない」 はっきりそう告げた彼は、ミレーゼ以外の女性を抱き、愛を囁いた。 『お飾り王妃』の名を戴くミレーゼだが、ある日彼女は側妃たちの諍いに巻き込まれ、命を落としてしまう。 (ああ、私の人生ってなんだったんだろう──?) そう思って人生に終止符を打ったミレーゼだったが、気がつくと結婚前に戻っていた。 しかも、別の人間になっている? なぜか見知らぬ伯爵令嬢になってしまったミレーゼだが、彼女は決意する。新たな人生、今度はリュシアンに関わることなく、平凡で優しい幸せを掴もう、と。 *年齢制限を18→15に変更しました。

イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?

すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。 「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」 家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。 「私は母親じゃない・・・!」 そう言って家を飛び出した。 夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。 「何があった?送ってく。」 それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。 「俺と・・・結婚してほしい。」 「!?」 突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。 かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。 そんな彼に、私は想いを返したい。 「俺に・・・全てを見せて。」 苦手意識の強かった『営み』。 彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。 「いあぁぁぁっ・・!!」 「感じやすいんだな・・・。」 ※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。 ※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。 ※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。 ※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。 それではお楽しみください。すずなり。

五歳の時から、側にいた

田尾風香
恋愛
五歳。グレースは初めて国王の長男のグリフィンと出会った。 それからというもの、お互いにいがみ合いながらもグレースはグリフィンの側にいた。十六歳に婚約し、十九歳で結婚した。 グリフィンは、初めてグレースと会ってからずっとその姿を追い続けた。十九歳で結婚し、三十二歳で亡くして初めて、グリフィンはグレースへの想いに気付く。 前編グレース視点、後編グリフィン視点です。全二話。後編は来週木曜31日に投稿します。

処理中です...