山賊王女と楽園の涯(はて)

紺乃 安

文字の大きさ
91 / 247
落日の序曲

20 ノルシェー研究所

しおりを挟む
 リースベットとフェルディンはヘルストランドに到着すると、目抜き通りから外れた小さな宿に入った。
 そこはフェルディンが定宿としている、すべての部屋に鍵付きの頑丈な扉がついた、特に行商人などから高く信頼される宿だ。
 二人は一晩休息して英気を養い、翌日の昼過ぎに王立ノルシェー研究所へと向かった。
 二人が出発した直後、地域の自警団から宿に手配書が届けられた。その手配書に描かれた人物を見て、宿の主人は言葉を失った。その顔は、たったいま常連客とともに出ていったばかりの女と、瓜二つだったのだ。

 赤橙あかだいだい色の夕陽が山稜さんりょうに隠れ、風景が暗く薄い青色に包まれた頃に、リースベットとフェルディンは目的地にたどり着いた。
 ノルシェー研究所は大人二人分以上もある高い塀に囲まれた、壮麗そうれいさとは無縁な石造りの建物だった。無機質な壁を蔓草つるくさが血管のように覆い、周囲は伸び放題の雑草が生い茂っている。
 研究事業の廃止によって人手が入らなくなって三年が経ち、建物は自然に還りつつあるようだ。
「外目には石でできた箱みてえだが、ありゃまるで牢獄だ。見ろ、あの高い塀」
「それだけ重要な研究をしていた、と思いたいところだが……」
「少なくとも作った時点じゃ、その気はあったんだろうよ」
 建物正面の門扉もんぴから鉄格子ごしに中庭を覗いたリースベットは、強い違和感を覚えた。周囲の雑草に、いくつも踏み倒された跡がある。
「……様子がおかしい。この足跡は何だ?」
「僕は下見のときだって、あそこまで入ってはいないぞ」
「まさか同業者の仕業か?」
「あり得る話だ。ここが狙い目だというのは話題になっているらしいからな。僕もかつての仲間から聞いたのだ」
「……言っとくが、中がもぬけのからでも返金はしねえからな」
「構わないさ。どうせ他に使いみちのない金だ」
 鉄の悲鳴のようなきしむ音を立てて格子戸を開き、二人は研究所に足を踏み入れた。
「本当に牢獄だなこりゃ。見ろ、玄関の扉を外から固定できるようになってやがる」
 隙間から雑草が繁茂はんもする石畳の先を見て、リースベットが言い捨てた。ノルシェー研究所の入り口扉には、外側からかんぬきが掛けられている。
 一階は隙間なく石壁に覆われており、二階には明かり取りの窓がいくつか開いているようだが、それも人がくぐれるような大きさではない。
「情報の漏洩ろうえいには厳しかった、ということだな……」
「まあいい。とっとと入っちまおう」
 リースベットは重い木のかんぬきを外し、鉄扉の鍵穴にロックピックを差し込んだ。扉は頑強だが鍵の構造自体は単純で、観音開きの扉を固定していた鋼鉄製の掛け金は簡単に外れた。
 扉を開けて研究所に入ると、カビの臭気が二人の鼻をついた。
 外観の無機質さに比べると内部は印象が異なり、白い石壁には浅浮あさうき彫りの彫刻が施されている。
 そこに描かれているのは主にファンナ教の宗教画で、研究対象が神に連なる力であることを示唆しさしていた。
 玄関からまっすぐ伸びた廊下には、一面にちりが積もっている。
「……鍵はかかってたし、研究所の中は足跡がねえ。先に荒らした奴は、鍵も開けられなかったのか?」
「おそらくそうだろう。僕らにとっては幸運だ」
 二人がゆっくり足を踏み入れても、床のほこりはさほど舞い上がらなかった。塵は層を成し、湿気で固着しているようだ。
「さて、どっから手を付けたもんか……」
 一階は等間隔で扉が並び、さながら宿の客室棟を思わせる作りだった。
「ここは研究者たちの私室じゃないか?」
「てことは、研究棟は二階か」
「行こう。時間が惜しい」
 二人は階段を探すため、歩くと雪上のように足跡が残る廊下を奥へと向かった。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

愛しているなら拘束してほしい

守 秀斗
恋愛
会社員の美夜本理奈子(24才)。ある日、仕事が終わって会社の玄関まで行くと大雨が降っている。びしょ濡れになるのが嫌なので、地下の狭い通路を使って、隣の駅ビルまで行くことにした。すると、途中の部屋でいかがわしい行為をしている二人の男女を見てしまうのだが……。

屈辱と愛情

守 秀斗
恋愛
最近、夫の態度がおかしいと思っている妻の名和志穂。25才。仕事で疲れているのかとそっとしておいたのだが、一か月もベッドで抱いてくれない。思い切って、夫に聞いてみると意外な事を言われてしまうのだが……。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

処理中です...