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落日の序曲
16 禁じられた再訪
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薄曇りの空の下、寒々とした空気に包まれたラルセンの森にリースベットの怒声がこだました。
「お前かよ! ふざけんじゃねえよ! 何でこんなとこにいんだよ!」
ティーサンリード山賊団拠点の入口前で待ち受けていた来客の顔を見るなり、リースベットは烈火のごとく怒りだした。
その怒気にあてられ付近の小鳥はいっせいに飛び立ち、リスやタヌキは巣穴に身を隠す。
多少の謝罪や弁明は覚悟の上で来訪したラルフ・フェルディンだったが、これほどの瞋恚の炎に晒されることは予想していなかった。傍に控えるカールソンも、リースベットの剣幕に圧倒され身を縮こまらせている。
「あ、兄貴、大丈夫なのか」
「ぼ、僕がなんとか、話してみよう」
「あー殺す。もう殺す」
「ま、ま、待ってくれないか」
「あたし言ったよなあ、二度とそのツラを見せんなって!」
面白半分に後をついてきたバックマンとアウロラも、入り口から恐る恐る様子をうかがっている。老弓師ユーホルトも岩垣の上から見物していた。
リースベットがついにククリナイフを抜く。
「すす済まない、約束を破ったことは詫びる」
「じゃあ死ね。今すぐ死ね」
「その、今日は……君たちに仕事を依頼しに来たんだ」
「あん?」
「もちろん相応の金も用意してきた」
「よし話を聞こう」
バックマンが入り口の扉から顔だけを出して返答した。リースベットが鬼神の形相で睨みつけると、またすぐに身を隠す。
「……あいつと話せ」
リースベットは舌打ちしながらオスカを鞘に収め、バックマンを顎で示した。
「あ、ありがとう、ございます」
「兄貴が喰われるかと思ったぜ」
バックマンがようやく全身をあらわにし、リースベットは腕組みをして岩壁にもたれかかった。話は自分も聞く気らしい。
アウロラはまだ入り口から様子をうかがっている。
「さてマントの旦那、頭領に殺される危険を冒してまで頼みてえ仕事ってのは、一体何だ?」
「……ラルフ・フェルディンだ。君は?」
「副長のバックマンだ」
「なるほど、さしずめ君が事務担当者か。……僕は賞金稼ぎを生業としているが、錠前破りや窃盗といったことは得意ではない、というか端的に経験がなくて……」
リースベットの舌打ちがフェルディンの話を遮り、場の空気が凍りつく。
「とっとと仕事内容を言え殺すぞ」
「り、リーパー研究所から情報を盗み出すのを、手伝って欲しいのだ」
「リーパー研究所……? どっかで聞いた話だな」
リースベットは脱力したようにため息をついている。予測が的中した、という様子だ。
「正式には、王立ノルシェー研究所という。ヘルストランドの郊外にあるのだが、現在は閉鎖されている」
「ああそいつだ。……旦那、エイデシュテットに一杯食わされたようだな」
「情けない限りだ」
「それで業を煮やして、盗みに入ろうってわけか」
「……とにかく僕は、情報が欲しい。それがどんな些細なものでもいい、目的のために行動していたいのだ」
バックマンはリースベットに目を向けた。彼女は興味なさげに、眉間にしわを寄せて天を仰いでいる。――お前に任せるよ、という意思表示でもあった。
リースベットの見上げる空には、雨粒がぱらつき始めている。
「お前かよ! ふざけんじゃねえよ! 何でこんなとこにいんだよ!」
ティーサンリード山賊団拠点の入口前で待ち受けていた来客の顔を見るなり、リースベットは烈火のごとく怒りだした。
その怒気にあてられ付近の小鳥はいっせいに飛び立ち、リスやタヌキは巣穴に身を隠す。
多少の謝罪や弁明は覚悟の上で来訪したラルフ・フェルディンだったが、これほどの瞋恚の炎に晒されることは予想していなかった。傍に控えるカールソンも、リースベットの剣幕に圧倒され身を縮こまらせている。
「あ、兄貴、大丈夫なのか」
「ぼ、僕がなんとか、話してみよう」
「あー殺す。もう殺す」
「ま、ま、待ってくれないか」
「あたし言ったよなあ、二度とそのツラを見せんなって!」
面白半分に後をついてきたバックマンとアウロラも、入り口から恐る恐る様子をうかがっている。老弓師ユーホルトも岩垣の上から見物していた。
リースベットがついにククリナイフを抜く。
「すす済まない、約束を破ったことは詫びる」
「じゃあ死ね。今すぐ死ね」
「その、今日は……君たちに仕事を依頼しに来たんだ」
「あん?」
「もちろん相応の金も用意してきた」
「よし話を聞こう」
バックマンが入り口の扉から顔だけを出して返答した。リースベットが鬼神の形相で睨みつけると、またすぐに身を隠す。
「……あいつと話せ」
リースベットは舌打ちしながらオスカを鞘に収め、バックマンを顎で示した。
「あ、ありがとう、ございます」
「兄貴が喰われるかと思ったぜ」
バックマンがようやく全身をあらわにし、リースベットは腕組みをして岩壁にもたれかかった。話は自分も聞く気らしい。
アウロラはまだ入り口から様子をうかがっている。
「さてマントの旦那、頭領に殺される危険を冒してまで頼みてえ仕事ってのは、一体何だ?」
「……ラルフ・フェルディンだ。君は?」
「副長のバックマンだ」
「なるほど、さしずめ君が事務担当者か。……僕は賞金稼ぎを生業としているが、錠前破りや窃盗といったことは得意ではない、というか端的に経験がなくて……」
リースベットの舌打ちがフェルディンの話を遮り、場の空気が凍りつく。
「とっとと仕事内容を言え殺すぞ」
「り、リーパー研究所から情報を盗み出すのを、手伝って欲しいのだ」
「リーパー研究所……? どっかで聞いた話だな」
リースベットは脱力したようにため息をついている。予測が的中した、という様子だ。
「正式には、王立ノルシェー研究所という。ヘルストランドの郊外にあるのだが、現在は閉鎖されている」
「ああそいつだ。……旦那、エイデシュテットに一杯食わされたようだな」
「情けない限りだ」
「それで業を煮やして、盗みに入ろうってわけか」
「……とにかく僕は、情報が欲しい。それがどんな些細なものでもいい、目的のために行動していたいのだ」
バックマンはリースベットに目を向けた。彼女は興味なさげに、眉間にしわを寄せて天を仰いでいる。――お前に任せるよ、という意思表示でもあった。
リースベットの見上げる空には、雨粒がぱらつき始めている。
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