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落日の序曲
13 生き証人 3
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裁判を望み通りの結果に導いたエイデシュテットだったが、帰宅してすぐに祝杯を上げるというわけにはゆかなかった。それどころか、かつてないほど慌ただしく謀略に勤しんでいる。
この日の夜も重要な来客が控えており、彼を通して報告しなければならない情報が多々あるのだ。
いつものように地下の小部屋に通されたノルドグレーン国家情報局の伝達係エンロートは、いつになく豪勢な歓待を受けていた。
テーブルにはノルドグレーン産のビールの他、大皿に盛られた巨大なフィンカや牛肉のステーキ、サワークリームを添えたマッシュポテトなど一人では食べ切れそうにない豪勢な料理が並んでいる。
「よくぞ来てくれた。待ちわびたぞ」
「アウグスティン王子が亡くなったそうですが……」
「そうなのだ」
皇太子暗殺の件は、遠くノルドグレーンにもすでに伝わっていた。
エンロートは方針変更の報をエイデシュテットに伝えるため急いでヘルストランドを再訪したのだが、一大事にも関わらずことの当事者に慌てた様子はない。それどころか上機嫌なエイデシュテットの顔を、エンロートは不思議そうに眺めていた。
「金と時間をかけて育てた手駒を失ったのは事実じゃが、存外その痛手は少なく済みそうなのだ」
「ほう、それは朗報ですな」
「この一件はそなたのおかげでもある」
「……? お役に立てたのならば光栄です」
「そなたからリースベットの名を聞いていなければ、あの傭兵の男を証人に立てることなど思いつかなんだろう」
半ば忘れかけていた女山賊の名を、エンロートは言われてようやく思い出した。
「その山賊が、どうかなさいましたか?」
エイデシュテットはアウグスティン暗殺から一連の、ことの経過を説明した。
エンロートは終始無表情で、ときどき食事を口にしながら聞いていた。この男は任務をつつがなく遂行する以外は、馬のことにしか興味がない。
「無論、まだ途上ではある。まずは国王に近衛兵を動員させてリースベットを討つ」
「ほう……あの、千の兵に勝るとさえ言われる……しかし近衛兵は国王直属の部隊と聞きますが」
「動かさざるを得んだろう。ヴィルヘルムはまだまだ王座に未練があるゆえ、そこをわしが焚きつける。ノアなどがブリクストとともに手柄を上げ、戴冠の機運など高まっては、あとあと面倒じゃからな」
「国王みずからの命で近衛兵を動かし、国民に誰が王であるか知らしめる、というわけですか」
「左様。ましてリースベットはリーパーという話。並の部隊では歯が立たぬことは実証済みじゃ。確実を期すればこそ、近衛兵を置いて他にない」
「……ということは」
エイデシュテットはゴブレットのビールを半分ほど呷り、気勢を上げてから喋り始めた。
「そこから、道は二つある。まず近衛兵がリースベットの一党を殲滅した場合、王族の長姉フリーダとノルドグレーンの誰かを結びつけてしまえ。あとは年老いた国王とノアを片付ければ、この国は名実ともに傀儡となろう。あれのほうが、アウグスティンより操りやすそうでもあるしな」
「いま一つは」
エイデシュテットの細い目が鋭くぎらつく。
「近衛兵が敗れ、その軍事力を大きく減じた場合じゃが……これこそ好機、大挙侵攻してリードホルムを併呑してしまおうではないか」
この日の夜も重要な来客が控えており、彼を通して報告しなければならない情報が多々あるのだ。
いつものように地下の小部屋に通されたノルドグレーン国家情報局の伝達係エンロートは、いつになく豪勢な歓待を受けていた。
テーブルにはノルドグレーン産のビールの他、大皿に盛られた巨大なフィンカや牛肉のステーキ、サワークリームを添えたマッシュポテトなど一人では食べ切れそうにない豪勢な料理が並んでいる。
「よくぞ来てくれた。待ちわびたぞ」
「アウグスティン王子が亡くなったそうですが……」
「そうなのだ」
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エンロートは方針変更の報をエイデシュテットに伝えるため急いでヘルストランドを再訪したのだが、一大事にも関わらずことの当事者に慌てた様子はない。それどころか上機嫌なエイデシュテットの顔を、エンロートは不思議そうに眺めていた。
「金と時間をかけて育てた手駒を失ったのは事実じゃが、存外その痛手は少なく済みそうなのだ」
「ほう、それは朗報ですな」
「この一件はそなたのおかげでもある」
「……? お役に立てたのならば光栄です」
「そなたからリースベットの名を聞いていなければ、あの傭兵の男を証人に立てることなど思いつかなんだろう」
半ば忘れかけていた女山賊の名を、エンロートは言われてようやく思い出した。
「その山賊が、どうかなさいましたか?」
エイデシュテットはアウグスティン暗殺から一連の、ことの経過を説明した。
エンロートは終始無表情で、ときどき食事を口にしながら聞いていた。この男は任務をつつがなく遂行する以外は、馬のことにしか興味がない。
「無論、まだ途上ではある。まずは国王に近衛兵を動員させてリースベットを討つ」
「ほう……あの、千の兵に勝るとさえ言われる……しかし近衛兵は国王直属の部隊と聞きますが」
「動かさざるを得んだろう。ヴィルヘルムはまだまだ王座に未練があるゆえ、そこをわしが焚きつける。ノアなどがブリクストとともに手柄を上げ、戴冠の機運など高まっては、あとあと面倒じゃからな」
「国王みずからの命で近衛兵を動かし、国民に誰が王であるか知らしめる、というわけですか」
「左様。ましてリースベットはリーパーという話。並の部隊では歯が立たぬことは実証済みじゃ。確実を期すればこそ、近衛兵を置いて他にない」
「……ということは」
エイデシュテットはゴブレットのビールを半分ほど呷り、気勢を上げてから喋り始めた。
「そこから、道は二つある。まず近衛兵がリースベットの一党を殲滅した場合、王族の長姉フリーダとノルドグレーンの誰かを結びつけてしまえ。あとは年老いた国王とノアを片付ければ、この国は名実ともに傀儡となろう。あれのほうが、アウグスティンより操りやすそうでもあるしな」
「いま一つは」
エイデシュテットの細い目が鋭くぎらつく。
「近衛兵が敗れ、その軍事力を大きく減じた場合じゃが……これこそ好機、大挙侵攻してリードホルムを併呑してしまおうではないか」
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