74 / 247
落日の序曲
3 謀略の渦 3
しおりを挟む
「弑逆者は王たる資格を失いますが、さいわいながらあれはただの囚人による事故です」
ミュルダールは事件のあらましと国葬の日取りなどをノアたちに説明したあと、そう言い残して会議室を後にした。
説明の合間合間には、自身の地位についての要求を幾つか述べていた。ノアが王位についた後へ向けた要求だ。
「流石に肝が冷えましたぞノア様。我らも神掛けて潔白とは言えぬ身ゆえ」
「まったくだな。ミュルダール軍務長官が来なければ、もっと面倒な事態になっていただろう」
「長官に借りができましたな。いささか悋気の多いお方ではありますが……」
「構わんさ。この混乱に乗じて、王国を掌握せんとするような考えを持っていないだけで充分だ」
何かにつけ気をもむブリクストに対し、ノアはどこかあっけらかんとしている。
これは豪胆とか器が大きいなどという個人の資質よりも、王国内にノア派の人脈を強固に築いていることからくる自信だった。
己の無力さに歯噛みした四年前から、彼は政治的地盤を固め、さらにはカッセル王国の有力貴族とも親交を深め、ノルドグレーンに対抗する力を蓄え続けている。両国間で結ばれていた休戦協定が、ノアの尽力によって正式な終戦となる日も近付きつつあった。
今回の事件にしても、エイデシュテットの包囲さえ切り抜けられれば、いずれかの勢力下に一時退避して捲土重来を図れる、という確信があったのだ。
「気がかりは引き続き、エイデシュテットのほうでしょう」
「長官の言うように、あの男が執務室で大人しくしていると思うか?」
「それはいささか楽観が過ぎますな」
「同感だ。こうしている間にも、なにか別の手を考えているだろう。今度は父上にでも取り入るつもりかもな」
この予測そのものは正しかったが、エイデシュテットの目的が途中から変容したことにノアは気付けなかった。彼はある段階から、ノルドグレーンの国益よりも自己の命の方を優先していたのだ。
「あるいは、ノア様と手を結ばんとするやも知れませぬ」
「あり得る話だ」
「エイデシュテット……わが国に食い入る螟虫め」
ブリクストは苦虫を噛み潰したような顔で言い捨てた。
「それにしてもノア様、この一件というのは……」
「おそらく、リースが絡んでいるのだろうな」
「何故、このようなことに」
ノアはしばし沈思黙考した。
リースベットにとって、アウグスティンが殺したいほど憎い相手だったとしても不思議はない。だが彼女の力なら、そうしたければもっと早い段階で、実行することは難しくなかったはずだ。
「兄上が殺された場所は、牢獄に繋がる悪趣味な拷問室だったという。では、偶発的な事故だったのではないか?」
「……確かに。長官の話を伺う限り、あまりの非道。私が居合わせても同じようにするやも知れませぬ」
ブリクストの言葉を聞いて、ノアが表情を崩した。
「ブリクスト、今の言葉は聞かなかったことにしておこう」
「さすがに血気が過ぎましたかな」
二人は声に出さず笑いあった。
「なんにせよ、過ぎたことだ」
「次の手を考えねばなりませぬな」
「いずれ形を変え、私がやっていたかも知れないことだ。それをリースが、自らの手でやってくれたのだ……」
ミュルダールは事件のあらましと国葬の日取りなどをノアたちに説明したあと、そう言い残して会議室を後にした。
説明の合間合間には、自身の地位についての要求を幾つか述べていた。ノアが王位についた後へ向けた要求だ。
「流石に肝が冷えましたぞノア様。我らも神掛けて潔白とは言えぬ身ゆえ」
「まったくだな。ミュルダール軍務長官が来なければ、もっと面倒な事態になっていただろう」
「長官に借りができましたな。いささか悋気の多いお方ではありますが……」
「構わんさ。この混乱に乗じて、王国を掌握せんとするような考えを持っていないだけで充分だ」
何かにつけ気をもむブリクストに対し、ノアはどこかあっけらかんとしている。
これは豪胆とか器が大きいなどという個人の資質よりも、王国内にノア派の人脈を強固に築いていることからくる自信だった。
己の無力さに歯噛みした四年前から、彼は政治的地盤を固め、さらにはカッセル王国の有力貴族とも親交を深め、ノルドグレーンに対抗する力を蓄え続けている。両国間で結ばれていた休戦協定が、ノアの尽力によって正式な終戦となる日も近付きつつあった。
今回の事件にしても、エイデシュテットの包囲さえ切り抜けられれば、いずれかの勢力下に一時退避して捲土重来を図れる、という確信があったのだ。
「気がかりは引き続き、エイデシュテットのほうでしょう」
「長官の言うように、あの男が執務室で大人しくしていると思うか?」
「それはいささか楽観が過ぎますな」
「同感だ。こうしている間にも、なにか別の手を考えているだろう。今度は父上にでも取り入るつもりかもな」
この予測そのものは正しかったが、エイデシュテットの目的が途中から変容したことにノアは気付けなかった。彼はある段階から、ノルドグレーンの国益よりも自己の命の方を優先していたのだ。
「あるいは、ノア様と手を結ばんとするやも知れませぬ」
「あり得る話だ」
「エイデシュテット……わが国に食い入る螟虫め」
ブリクストは苦虫を噛み潰したような顔で言い捨てた。
「それにしてもノア様、この一件というのは……」
「おそらく、リースが絡んでいるのだろうな」
「何故、このようなことに」
ノアはしばし沈思黙考した。
リースベットにとって、アウグスティンが殺したいほど憎い相手だったとしても不思議はない。だが彼女の力なら、そうしたければもっと早い段階で、実行することは難しくなかったはずだ。
「兄上が殺された場所は、牢獄に繋がる悪趣味な拷問室だったという。では、偶発的な事故だったのではないか?」
「……確かに。長官の話を伺う限り、あまりの非道。私が居合わせても同じようにするやも知れませぬ」
ブリクストの言葉を聞いて、ノアが表情を崩した。
「ブリクスト、今の言葉は聞かなかったことにしておこう」
「さすがに血気が過ぎましたかな」
二人は声に出さず笑いあった。
「なんにせよ、過ぎたことだ」
「次の手を考えねばなりませぬな」
「いずれ形を変え、私がやっていたかも知れないことだ。それをリースが、自らの手でやってくれたのだ……」
0
お気に入りに追加
15
あなたにおすすめの小説
没落貴族の異世界領地経営!~生産スキルでガンガン成り上がります!
武蔵野純平
ファンタジー
異世界転生した元日本人ノエルは、父の急死によりエトワール伯爵家を継承することになった。
亡くなった父はギャンブルに熱中し莫大な借金をしていた。
さらに借金を国王に咎められ、『王国貴族の恥!』と南方の辺境へ追放されてしまう。
南方は魔物も多く、非常に住みにくい土地だった。
ある日、猫獣人の騎士現れる。ノエルが女神様から与えられた生産スキル『マルチクラフト』が覚醒し、ノエルは次々と異世界にない商品を生産し、領地経営が軌道に乗る。
異世界転生目立ちたく無いから冒険者を目指します
桂崇
ファンタジー
小さな町で酒場の手伝いをする母親と2人で住む少年イールスに転生覚醒する、チートする方法も無く、母親の死により、実の父親の家に引き取られる。イールスは、冒険者になろうと目指すが、周囲はその才能を惜しんでいる
司書ですが、何か?
みつまめ つぼみ
ファンタジー
16歳の小さな司書ヴィルマが、王侯貴族が通う王立魔導学院付属図書館で仲間と一緒に仕事を頑張るお話です。
ほのぼの日常系と思わせつつ、ちょこちょこドラマティックなことも起こります。ロマンスはふんわり。
さようなら、家族の皆さま~不要だと捨てられた妻は、精霊王の愛し子でした~
みなと
ファンタジー
目が覚めた私は、ぼんやりする頭で考えた。
生まれた息子は乳母と義母、父親である夫には懐いている。私のことは、無関心。むしろ馬鹿にする対象でしかない。
夫は、私の実家の資産にしか興味は無い。
なら、私は何に興味を持てばいいのかしら。
きっと、私が生きているのが邪魔な人がいるんでしょうね。
お生憎様、死んでやるつもりなんてないの。
やっと、私は『私』をやり直せる。
死の淵から舞い戻った私は、遅ればせながら『自分』をやり直して楽しく生きていきましょう。
離縁された妻ですが、旦那様は本当の力を知らなかったようですね? 魔道具師として自立を目指します!
椿蛍
ファンタジー
【1章】
転生し、目覚めたら、旦那様から離縁されていた。
――そんなことってある?
私が転生したのは、落ちこぼれ魔道具師のサーラ。
彼女は結婚式当日、何者かの罠によって、氷の中に閉じ込められてしまった。
時を止めて眠ること十年。
彼女の魂は消滅し、肉体だけが残っていた。
「どうやって生活していくつもりかな?」
「ご心配なく。手に職を持ち、自立します」
「落ちこぼれの君が手に職? 無理だよ、無理! 現実を見つめたほうがいいよ?」
――後悔するのは、旦那様たちですよ?
【2章】
「もう一度、君を妃に迎えたい」
今まで私が魔道具師として働くのに反対で、散々嫌がらせをしてからの再プロポーズ。
再プロポーズ前にやるのは、信頼関係の再構築、まずは浮気の謝罪からでは……?
――まさか、うまくいくなんて、思ってませんよね?
【3章】
『サーラちゃん、婚約おめでとう!』
私がリアムの婚約者!?
リアムの妃の座を狙う四大公爵家の令嬢が現れ、突然の略奪宣言!
ライバル認定された私。
妃候補ふたたび――十年前と同じような状況になったけれど、犯人はもう一度現れるの?
リアムを貶めるための公爵の罠が、ヴィフレア王国の危機を招いて――
【その他】
※12月25日から3章スタート。初日2話、1日1話更新です。
※イラストは作成者様より、お借りして使用しております。
異世界に召喚されたが勇者ではなかったために放り出された夫婦は拾った赤ちゃんを守り育てる。そして3人の孤児を弟子にする。
お小遣い月3万
ファンタジー
異世界に召喚された夫婦。だけど2人は勇者の資質を持っていなかった。ステータス画面を出現させることはできなかったのだ。ステータス画面が出現できない2人はレベルが上がらなかった。
夫の淳は初級魔法は使えるけど、それ以上の魔法は使えなかった。
妻の美子は魔法すら使えなかった。だけど、のちにユニークスキルを持っていることがわかる。彼女が作った料理を食べるとHPが回復するというユニークスキルである。
勇者になれなかった夫婦は城から放り出され、見知らぬ土地である異世界で暮らし始めた。
ある日、妻は川に洗濯に、夫はゴブリンの討伐に森に出かけた。
夫は竹のような植物が光っているのを見つける。光の正体を確認するために植物を切ると、そこに現れたのは赤ちゃんだった。
夫婦は赤ちゃんを育てることになった。赤ちゃんは女の子だった。
その子を大切に育てる。
女の子が5歳の時に、彼女がステータス画面を発現させることができるのに気づいてしまう。
2人は王様に子どもが奪われないようにステータス画面が発現することを隠した。
だけど子どもはどんどんと強くなって行く。
大切な我が子が魔王討伐に向かうまでの物語。世界で一番大切なモノを守るために夫婦は奮闘する。世界で一番愛しているモノの幸せのために夫婦は奮闘する。
必殺・始末屋稼業
板倉恭司
歴史・時代
晴らせぬ恨みを晴らし、許せぬ人でなしを消す。仕掛けて仕損じなし、口外法度の始末屋稼業。昼行灯の同心・中村左内を中心とする始末屋のメンバーたちの生き様を描いた作品です。差別用語が数多く登場します。
また江戸時代が舞台ですが、史実とは異なる部分があります。歴史が好きすぎて、テレビの時代劇にもいちいち重箱の隅をつつくような突っ込みを入れる意識高い系の人は読まない方がいいです。
さらに昨今のスペシャルドラマの必殺シリーズとは根本的に違い、暗く不快で残酷な話が多くなります。苦手な方は注意してください。
【始末屋】
◎隼人
訳あって、沙羅と共に江戸に逃げて来た若者。小柄だが、鎖鎌と手裏剣を使いこなす凄腕の殺し屋。ただし世間知らず。普段は顔を白く塗り、大道芸人をしている。
◎沙羅
隼人と共に、江戸に逃げて来た南蛮人の女。実は、隠れ切支丹である。
◎鉄
現物の鉄の二つ名を持つ、大男の骨接ぎ屋。始末屋の一員ではあるが、同時に龍牙会の客分格でもある。殺しに快感を覚える、危険な一面を持っている。
◎市
普段は竹細工師をしている若者。二枚目役者のような整った顔立ちをしているが、その内面は冷酷そのもので、安い仕事は引き受けない。始末屋に対する仲間意識も薄く、他の者たちには何ら特別な感情を抱いていない。
◎小吉
始末屋の一員の若者。もっとも、偵察や情報収集などの補助的な役割しか出来ない。
◎源四郎
左内の下で動く目明かしであると同時に、始末屋の一員でもある。ただし、彼が始末屋であることは、他の面子は誰も知らない。
◎中村左内
南町の昼行灯との異名を持つ同心。普段は小悪党の上前を掠め取り、大悪党には見てみぬふり……しかし、その実態は始末屋の元締であり剣の達人でもある。始末屋の仲間からは「八丁堀」と呼ばれている。
【龍牙会】
◎お勢
江戸の裏社会で、もっとも力を持つ組織「龍牙会」の元締。四十代の女性だが、裏の世界では彼女に逆らえる者など、ほとんどいない。
◎死門
お勢の用心棒。凄腕の殺し屋でもあり、裏の世界では恐れられている。奇妙な剣術を使う南蛮人。
◎呪道
拝み屋の呪道の二つ名を持つ軽薄な祈祷師。だが、その実態は龍牙会の幹部であり、元締お勢の片腕でもある。始末屋の鉄とは仲がいい。まだ二十代半ばの若者だが、なぜかお勢に惚れている。
【その他】
◎秀次
市の叔父であり、育ての親でもある。裏社会の大物だが、不気味な性癖の持ち主。
◎渡辺正太郎
若き同心。左内の同僚であり、いつも愚痴をこぼしている。
悪女として処刑されたはずが、処刑前に戻っていたので処刑を回避するために頑張ります!
ゆずこしょう
恋愛
「フランチェスカ。お前を処刑する。精々あの世で悔いるが良い。」
特に何かした記憶は無いのにいつの間にか悪女としてのレッテルを貼られ処刑されたフランチェスカ・アマレッティ侯爵令嬢(18)
最後に見た光景は自分の婚約者であったはずのオルテンシア・パネットーネ王太子(23)と親友だったはずのカルミア・パンナコッタ(19)が寄り添っている姿だった。
そしてカルミアの口が動く。
「サヨナラ。かわいそうなフランチェスカ。」
オルテンシア王太子に見えないように笑った顔はまさしく悪女のようだった。
「生まれ変わるなら、自由気ままな猫になりたいわ。」
この物語は猫になりたいと願ったフランチェスカが本当に猫になって戻ってきてしまった物語である。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる