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絶望の檻
26 暗殺の真相 2
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「その者によると、侵入した若い女は……リースベットという名だったそうです」
「な、何?!」
「……お亡くなりになった王女と同じ名ですな」
リースベットが昏倒させた看守の男は、意外なほど早く意識を取り戻していた。だが恐怖のあまり空寝を決め込み、アウロラとの会話の一部を聞いていたらしい。
「侵入者は二人おり、もう一方の名前は不明ということですが……」
ステーンハンマルは報告を続けているが、エイデシュテットはその途中から聞いていなかった。
「二人……一方がリースベット……13~4の、いや、暗がりでは多少の見間違いもありうる……あやつは生きておれば二十歳そこそこ……」
エイデシュテットは虚空を見つめながら独り言をつぶやいている。彼は冷や汗を垂らしながら、半ば妄想とも言える想像を膨らませていた。それは、アウグスティンに続きエイデシュテットに対しても、リースベットが復讐に訪れる、というものだ。
「二人といえば、リースベットと昵懇であったノアめが不在ではないか……」
「エイデシュテット宰相閣下……?」
「そうだ……おそらく、いや、事実はどうあれそのように仕立て上げてしまえば……」
「ノア王子はカッセル王国へ行っていらっしゃいますな。小麦共通取引市場の構築のため、貴族会議にご出席なさるとか」
「そうよ、そのカッセルよ。クロンクヴィストはカッセルの手の者だったではないか」
「……何を仰りたいのか分かりませんな」
ステーンハンマルは内務省長官という役職上、エイデシュテットが何を考えているのか、ある程度の察しはついていた。
政敵であるノアに、アウグスティン暗殺とカッセルとの内通という嫌疑をかぶせて失脚させようという策謀だ。だがあまりにもエイデシュテットの願望が強く含まれたものであるため、ステーンハンマルは無理筋であると判断して白を切っていた。
「……ともかく、まだ犯人は捕まっておりませんでな。引き続き報告をお待ち下さい」
「おるではないか、王座を簒奪せんとしている犯人は」
エイデシュテットの目は血走り、声は震えている。
「何らの証拠もありませんな」
「証拠など如何様にもできよう。きさまらとて、これまで幾度もそうしてきたであろう?」
「……内務省は国王陛下の治世を輔弼たてまつることが責務ゆえ」
「いつまで形式的な遁辞を続けるつもりだ!」
エイデシュテットは執務机を平手打ちし、放った怒号が長官室を揺らした。戸外に控えていた衛兵が肩をすくめている。それを受けたステーンハンマルはさして驚いた様子もなく、エイデシュテットは咳払いをして激発を恥じた。
「……貴公、誰のおかげで今の地位にあるか、忘れたわけではあるまいな」
ステーンハンマルはため息まじりのうめき声を漏らす。十四年前の時点では二人とも内務省の中級官僚に過ぎず、それが十年足らずで現在の地位に上り詰めた裏事情には、ノルドグレーン外務省の意向が強く働いている。
「……何がお望みですかな」
「兵を貸せ。ノアが幾人か子飼いの部隊を連れておるゆえ、それを上回る数があればよい」
「荒事は困りますな。急いては身を滅ぼしますぞ」
「つつがなくご同行いただくための備えだ。実際に剣を交えることはない」
「……捜索班から幾人か回しましょう。ただし、刃傷沙汰は厳に控えていただきたい」
「くどいな。分かっておるわ」
ステーンハンマルの頭脳では、エイデシュテットの計画がつつがなく成功する見通しはどうしても立たなかった。仮に半月前のエイデシュテットに計画の是非を問うても、ステーンハンマルと同じ見立てをしただろう。
「な、何?!」
「……お亡くなりになった王女と同じ名ですな」
リースベットが昏倒させた看守の男は、意外なほど早く意識を取り戻していた。だが恐怖のあまり空寝を決め込み、アウロラとの会話の一部を聞いていたらしい。
「侵入者は二人おり、もう一方の名前は不明ということですが……」
ステーンハンマルは報告を続けているが、エイデシュテットはその途中から聞いていなかった。
「二人……一方がリースベット……13~4の、いや、暗がりでは多少の見間違いもありうる……あやつは生きておれば二十歳そこそこ……」
エイデシュテットは虚空を見つめながら独り言をつぶやいている。彼は冷や汗を垂らしながら、半ば妄想とも言える想像を膨らませていた。それは、アウグスティンに続きエイデシュテットに対しても、リースベットが復讐に訪れる、というものだ。
「二人といえば、リースベットと昵懇であったノアめが不在ではないか……」
「エイデシュテット宰相閣下……?」
「そうだ……おそらく、いや、事実はどうあれそのように仕立て上げてしまえば……」
「ノア王子はカッセル王国へ行っていらっしゃいますな。小麦共通取引市場の構築のため、貴族会議にご出席なさるとか」
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「……何を仰りたいのか分かりませんな」
ステーンハンマルは内務省長官という役職上、エイデシュテットが何を考えているのか、ある程度の察しはついていた。
政敵であるノアに、アウグスティン暗殺とカッセルとの内通という嫌疑をかぶせて失脚させようという策謀だ。だがあまりにもエイデシュテットの願望が強く含まれたものであるため、ステーンハンマルは無理筋であると判断して白を切っていた。
「……ともかく、まだ犯人は捕まっておりませんでな。引き続き報告をお待ち下さい」
「おるではないか、王座を簒奪せんとしている犯人は」
エイデシュテットの目は血走り、声は震えている。
「何らの証拠もありませんな」
「証拠など如何様にもできよう。きさまらとて、これまで幾度もそうしてきたであろう?」
「……内務省は国王陛下の治世を輔弼たてまつることが責務ゆえ」
「いつまで形式的な遁辞を続けるつもりだ!」
エイデシュテットは執務机を平手打ちし、放った怒号が長官室を揺らした。戸外に控えていた衛兵が肩をすくめている。それを受けたステーンハンマルはさして驚いた様子もなく、エイデシュテットは咳払いをして激発を恥じた。
「……貴公、誰のおかげで今の地位にあるか、忘れたわけではあるまいな」
ステーンハンマルはため息まじりのうめき声を漏らす。十四年前の時点では二人とも内務省の中級官僚に過ぎず、それが十年足らずで現在の地位に上り詰めた裏事情には、ノルドグレーン外務省の意向が強く働いている。
「……何がお望みですかな」
「兵を貸せ。ノアが幾人か子飼いの部隊を連れておるゆえ、それを上回る数があればよい」
「荒事は困りますな。急いては身を滅ぼしますぞ」
「つつがなくご同行いただくための備えだ。実際に剣を交えることはない」
「……捜索班から幾人か回しましょう。ただし、刃傷沙汰は厳に控えていただきたい」
「くどいな。分かっておるわ」
ステーンハンマルの頭脳では、エイデシュテットの計画がつつがなく成功する見通しはどうしても立たなかった。仮に半月前のエイデシュテットに計画の是非を問うても、ステーンハンマルと同じ見立てをしただろう。
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