69 / 247
絶望の檻
24 血の桎梏 2
しおりを挟む
「ブリクスト、その女性はリースベット、四年前に行方不明になった、私の妹のリースベットだ」
「……」
リースベットはなおも無言でうつむいたままだ。ブリクストは慌ただしく一歩下がって片膝をつき、剣を地面に置いて頭を下げた。
「なんと……知らぬこととは申せ、貴女様に剣を向けた蛮行……いかなる裁きもお受けします!」
「隊長さんよ、もうあたしは王女様じゃねえ。気にすんな」
「よいのだ、ブリクスト……」
「敵が目の前に出てきたら斬り殺す。他にやりようはねえだろ。あんたも軍人なら、似たような生き方をしてきたはずだ」
「……ご寛恕、感謝いたします」
ブリクストは平身低頭して更に一歩下がり、片膝をついた姿勢のまま動かない。ノアとリースベットは悲しげな顔のまま、しばらく黙って向き合っていた。
「……エーベルゴードを救ってくれたそうだが」
「まあ、カッセルに恩を売っとこうと思ってね」
「奇遇だな。私もカッセルとは親交を持ち、そちらに基盤を築こうとしているのだ」
「そうかい。もしかして、こいつを助ける相談にでも行ってたのか?」
「その通りだ。ミュルダール軍務省長官に口添えしてもらい、刑の執行を遅らせているうちにな」
「大したもんだな」
「そうでもないさ。結局、解決策は出せなかった」
二人は散文的な会話を続けるが、互いに口調はまるで上の空だ。その不自然なよそよそしさで、心情を覆い隠しているかのようだった。
「つまり、彼を見殺しにするという方針を携え、我々は戻るところだったのだ……」
「……そう言いながらあんたは、そのことを気に病んでる」
「いずれ……何も感じなくなる。私が今いるのは、そんな世界だ」
――そうなんだろうか。そうかも知れない。だとしたら、もしあたしがずっとこの人と一緒にいたとして、いずれ失望したんだろうか。
二人はまた、悲痛さを飲み込んだような顔で押し黙った。お互いに、立場が違えば言いたい言葉、二人きりなら伝えたい言葉、時代が変わったら願い出たい言葉を飲み込んで、今はただ向き合ったまま立ち尽くしている。
リースベットは大きく息を吸ってから、肩を落としてため息をついた。
「じゃあな。お互い急ぐだろ」
「そうだな……我々が予定通り帰らなければ怪しまれる。彼を無事送り届けてくれ」
「わかった」
「私の名を出せば、エーベルゴード家も門を開いてくれよう」
「……そうだ。あんたにプレゼントがあるんだ。ヘルストランドに用意してある。戻ったら驚くぜ」
――口をついて出るのはこんな言葉? この人が喜ぶかどうかも怪しいのに。けれど、もう少し状況が変わったら、その時はもっと素直に話せるかも……。
ノアは小さく頷き、ようやく柔らかな表情になった。
「リース、無事で良かった」
リースベットは口を開かず、悲しげな微笑みだけを返した。
ノアの車列が左右に別れて道を開けた。ブリクスト麾下の兵士たちが敬礼する間を、緊張した面持ちのユーホルトが引く馬車がゆっくりと進んでゆく。リースベットは幌馬車の中で膝に腕を乗せて手を組み、ノアの姿が見えなくなるまで顔を伏せたままだった。
「……」
リースベットはなおも無言でうつむいたままだ。ブリクストは慌ただしく一歩下がって片膝をつき、剣を地面に置いて頭を下げた。
「なんと……知らぬこととは申せ、貴女様に剣を向けた蛮行……いかなる裁きもお受けします!」
「隊長さんよ、もうあたしは王女様じゃねえ。気にすんな」
「よいのだ、ブリクスト……」
「敵が目の前に出てきたら斬り殺す。他にやりようはねえだろ。あんたも軍人なら、似たような生き方をしてきたはずだ」
「……ご寛恕、感謝いたします」
ブリクストは平身低頭して更に一歩下がり、片膝をついた姿勢のまま動かない。ノアとリースベットは悲しげな顔のまま、しばらく黙って向き合っていた。
「……エーベルゴードを救ってくれたそうだが」
「まあ、カッセルに恩を売っとこうと思ってね」
「奇遇だな。私もカッセルとは親交を持ち、そちらに基盤を築こうとしているのだ」
「そうかい。もしかして、こいつを助ける相談にでも行ってたのか?」
「その通りだ。ミュルダール軍務省長官に口添えしてもらい、刑の執行を遅らせているうちにな」
「大したもんだな」
「そうでもないさ。結局、解決策は出せなかった」
二人は散文的な会話を続けるが、互いに口調はまるで上の空だ。その不自然なよそよそしさで、心情を覆い隠しているかのようだった。
「つまり、彼を見殺しにするという方針を携え、我々は戻るところだったのだ……」
「……そう言いながらあんたは、そのことを気に病んでる」
「いずれ……何も感じなくなる。私が今いるのは、そんな世界だ」
――そうなんだろうか。そうかも知れない。だとしたら、もしあたしがずっとこの人と一緒にいたとして、いずれ失望したんだろうか。
二人はまた、悲痛さを飲み込んだような顔で押し黙った。お互いに、立場が違えば言いたい言葉、二人きりなら伝えたい言葉、時代が変わったら願い出たい言葉を飲み込んで、今はただ向き合ったまま立ち尽くしている。
リースベットは大きく息を吸ってから、肩を落としてため息をついた。
「じゃあな。お互い急ぐだろ」
「そうだな……我々が予定通り帰らなければ怪しまれる。彼を無事送り届けてくれ」
「わかった」
「私の名を出せば、エーベルゴード家も門を開いてくれよう」
「……そうだ。あんたにプレゼントがあるんだ。ヘルストランドに用意してある。戻ったら驚くぜ」
――口をついて出るのはこんな言葉? この人が喜ぶかどうかも怪しいのに。けれど、もう少し状況が変わったら、その時はもっと素直に話せるかも……。
ノアは小さく頷き、ようやく柔らかな表情になった。
「リース、無事で良かった」
リースベットは口を開かず、悲しげな微笑みだけを返した。
ノアの車列が左右に別れて道を開けた。ブリクスト麾下の兵士たちが敬礼する間を、緊張した面持ちのユーホルトが引く馬車がゆっくりと進んでゆく。リースベットは幌馬車の中で膝に腕を乗せて手を組み、ノアの姿が見えなくなるまで顔を伏せたままだった。
0
お気に入りに追加
15
あなたにおすすめの小説
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
婚約破棄からの断罪カウンター
F.conoe
ファンタジー
冤罪押しつけられたから、それなら、と実現してあげた悪役令嬢。
理論ではなく力押しのカウンター攻撃
効果は抜群か…?
(すでに違う婚約破棄ものも投稿していますが、はじめてなんとか書き上げた婚約破棄ものです)
愚者による愚行と愚策の結果……《完結》
アーエル
ファンタジー
その愚者は無知だった。
それが転落の始まり……ではなかった。
本当の愚者は誰だったのか。
誰を相手にしていたのか。
後悔は……してもし足りない。
全13話
☆他社でも公開します
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/fantasy.png?id=6ceb1e9b892a4a252212)
大学生活を謳歌しようとしたら、女神の勝手で異世界に転送させられたので、復讐したいと思います
町島航太
ファンタジー
2022年2月20日。日本に住む善良な青年である泉幸助は大学合格と同時期に末期癌だという事が判明し、短い人生に幕を下ろした。死後、愛の女神アモーラに見初められた幸助は魔族と人間が争っている魔法の世界へと転生させられる事になる。命令が嫌いな幸助は使命そっちのけで魔法の世界を生きていたが、ひょんな事から自分の死因である末期癌はアモーラによるものであり、魔族討伐はアモーラの私情だという事が判明。自ら手を下すのは面倒だからという理由で夢のキャンパスライフを失った幸助はアモーラへの復讐を誓うのだった。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/fantasy.png?id=6ceb1e9b892a4a252212)
積みかけアラフォーOL、公爵令嬢に転生したのでやりたいことをやって好きに生きる!
ぽらいと
ファンタジー
アラフォー、バツ2派遣OLが公爵令嬢に転生したので、やりたいことを好きなようにやって過ごす、というほのぼの系の話。
悪役等は一切出てこない、優しい世界のお話です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる