68 / 247
絶望の檻
23 血の桎梏
しおりを挟む
イェネストレームの街を越えたリースベットたち四人は、カッセル王国の所領と言ってよい土地に差し掛かっていた。地方都市には大脱獄とアウグスティン急死の報せはまだ届いておらず、街は平穏そのものだった。
初夏の空気にゆらめく山道の向こうに、対向する数台の馬車が見えてきた。先頭の馬車は黒塗りの飾り馬車で、それ以外は大型の幌馬車だ。御者席のユーホルトが目を細め、その車列を凝視する。
「おい、ありゃあまさか……」
山賊たちの中でも指折りの視力を持つユーホルトが最初に驚きの声を上げ、馬車を止めた。異変に気付いた馬車席の三人も様子をうかがう。その御者の姿にリースベットは身を強張らせ、エーベルゴードは声を弾ませ馬車を降りた。
「あの方は我らの味方だ。ブリクスト殿!」
「おい、待て!」
ユーホルトが遠目で見た御者の姿は、かつてリースベットと剣を交えたリードホルム特別奇襲隊のトマス・ブリクストだった。
エーベルゴードはユーホルトの静止も聞かず、黒塗りの馬車へ駆け寄った。指示があればすぐに背中の弓矢でエーベルゴードを撃ち抜く気構えでいたユーホルトだったが、リースベットは硬直したまま動かない。
「頭領、ありゃ前に戦った奴らだ」
「面倒なことになったな。味方だとか言ってたが……どうする?」
「……あたしが話をつける。手は出すな」
「おい大丈夫か」
リースベットは腰のククリナイフをバックマンに預け、馬車を降りた。
――ああ、また過去だ。過去が押し寄せてきて、あたしを押し戻そうとする。もう遅いっていうのに。
駆け寄ってくる男がエーベルゴードだと気付いたブリクストは車列を止め、馬車から降りて出迎えた。
「これは……エーベルゴード様! よくぞご無事で」
「あの方々に救い出されたのだ」
「ほう、あちらの……!」
ゆっくりと歩いてくるリースベットの姿を認め、ブリクストは腰の剣を確かめて身構えた。
「エーベルゴードだと……?」
馬車の中から涼やかな男の声がした。その声はリースベットが危惧していた、ほんとうは彼女が最も聞きたかった声だ。
「お待ち下さい、ノア様」
「おお、ノア王子が乗っておられるのか」
ノアの降車を留めたブリクストは歩を進め、リースベットの前に立ちはだかった。
「よう、また会ったな」
「貴様はいつぞやの山賊だな。どういう風の吹き回しだ?」
「そいつはこっちの台詞だ。その男はカッセルの間諜だぜ。それが何で味方なんだ?」
「答える必要を認めん」
ブリクストは剣の柄に手をかける。
「そう息巻きなさんな。こっちは丸腰だ」
「ブリクスト、一体何があった?」
馬車の扉を開けて顔を出したノアの目に、ブリクストの背中と彼に対峙するリースベットの姿が飛び込んできた。
「リースベット……」
ノアの口から出た思いもよらぬ人物の名に驚き、ブリクストが振り返った。名を呼ばれた当人は顔を伏せ、ばつが悪そうに立ち尽くしている。
「ノア様、今なんと……?」
「ブリクスト、その女性はリースベット、四年前に行方不明になった、私の妹のリースベットだ」
初夏の空気にゆらめく山道の向こうに、対向する数台の馬車が見えてきた。先頭の馬車は黒塗りの飾り馬車で、それ以外は大型の幌馬車だ。御者席のユーホルトが目を細め、その車列を凝視する。
「おい、ありゃあまさか……」
山賊たちの中でも指折りの視力を持つユーホルトが最初に驚きの声を上げ、馬車を止めた。異変に気付いた馬車席の三人も様子をうかがう。その御者の姿にリースベットは身を強張らせ、エーベルゴードは声を弾ませ馬車を降りた。
「あの方は我らの味方だ。ブリクスト殿!」
「おい、待て!」
ユーホルトが遠目で見た御者の姿は、かつてリースベットと剣を交えたリードホルム特別奇襲隊のトマス・ブリクストだった。
エーベルゴードはユーホルトの静止も聞かず、黒塗りの馬車へ駆け寄った。指示があればすぐに背中の弓矢でエーベルゴードを撃ち抜く気構えでいたユーホルトだったが、リースベットは硬直したまま動かない。
「頭領、ありゃ前に戦った奴らだ」
「面倒なことになったな。味方だとか言ってたが……どうする?」
「……あたしが話をつける。手は出すな」
「おい大丈夫か」
リースベットは腰のククリナイフをバックマンに預け、馬車を降りた。
――ああ、また過去だ。過去が押し寄せてきて、あたしを押し戻そうとする。もう遅いっていうのに。
駆け寄ってくる男がエーベルゴードだと気付いたブリクストは車列を止め、馬車から降りて出迎えた。
「これは……エーベルゴード様! よくぞご無事で」
「あの方々に救い出されたのだ」
「ほう、あちらの……!」
ゆっくりと歩いてくるリースベットの姿を認め、ブリクストは腰の剣を確かめて身構えた。
「エーベルゴードだと……?」
馬車の中から涼やかな男の声がした。その声はリースベットが危惧していた、ほんとうは彼女が最も聞きたかった声だ。
「お待ち下さい、ノア様」
「おお、ノア王子が乗っておられるのか」
ノアの降車を留めたブリクストは歩を進め、リースベットの前に立ちはだかった。
「よう、また会ったな」
「貴様はいつぞやの山賊だな。どういう風の吹き回しだ?」
「そいつはこっちの台詞だ。その男はカッセルの間諜だぜ。それが何で味方なんだ?」
「答える必要を認めん」
ブリクストは剣の柄に手をかける。
「そう息巻きなさんな。こっちは丸腰だ」
「ブリクスト、一体何があった?」
馬車の扉を開けて顔を出したノアの目に、ブリクストの背中と彼に対峙するリースベットの姿が飛び込んできた。
「リースベット……」
ノアの口から出た思いもよらぬ人物の名に驚き、ブリクストが振り返った。名を呼ばれた当人は顔を伏せ、ばつが悪そうに立ち尽くしている。
「ノア様、今なんと……?」
「ブリクスト、その女性はリースベット、四年前に行方不明になった、私の妹のリースベットだ」
0
お気に入りに追加
15
あなたにおすすめの小説
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
婚約破棄からの断罪カウンター
F.conoe
ファンタジー
冤罪押しつけられたから、それなら、と実現してあげた悪役令嬢。
理論ではなく力押しのカウンター攻撃
効果は抜群か…?
(すでに違う婚約破棄ものも投稿していますが、はじめてなんとか書き上げた婚約破棄ものです)
愚者による愚行と愚策の結果……《完結》
アーエル
ファンタジー
その愚者は無知だった。
それが転落の始まり……ではなかった。
本当の愚者は誰だったのか。
誰を相手にしていたのか。
後悔は……してもし足りない。
全13話
☆他社でも公開します
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
異世界召喚されて捨てられた僕が邪神であることを誰も知らない……たぶん。
レオナール D
ファンタジー
異世界召喚。
おなじみのそれに巻き込まれてしまった主人公・花散ウータと四人の友人。
友人達が『勇者』や『聖女』といった職業に選ばれる中で、ウータだけが『無職』という何の力もないジョブだった。
ウータは金を渡されて城を出ることになるのだが……召喚主である国王に嵌められて、兵士に斬殺されてしまう。
だが、彼らは気がついていなかった。ウータは学生で無職ではあったが、とんでもない秘密を抱えていることに。
花散ウータ。彼は人間ではなく邪神だったのである。
ゾンビナイト
moon
大衆娯楽
念願叶ってテーマパークのダンサーになった僕。しかしそこは、有名になりたいだけの動画クリエイターからテーマパークに悪態をつくことで収益を得る映画オタク、はたまたダンサーにガチ恋するカメラ女子、それらを目の敵にするスタッフなどとんでもない人間たちの巣窟だった。 ハロウィンに行われる『ゾンビナイト』というイベントを取り巻く人達を描くどこにでもある普通のテーマパークのお話。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/fantasy.png?id=6ceb1e9b892a4a252212)
美少女に転生して料理して生きてくことになりました。
ゆーぞー
ファンタジー
田中真理子32歳、独身、失業中。
飲めないお酒を飲んでぶったおれた。
気がついたらマリアンヌという12歳の美少女になっていた。
その世界は加護を受けた人間しか料理をすることができない世界だった
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる