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絶望の檻

18 逃亡者たち

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 首の切断面から湧き水のように血があふれ出すアウグスティンの体を、リースベットは床に蹴り倒した。ね飛ばされた頭は部屋の隅で震える囚人の女の方へ転がり、女は脚をばたつかせて叫び声を上げる。猿ぐつわを噛まされているため、薄い壁を一枚隔てたようなくぐもった悲鳴だった。
 幽鬼のような顔のリースベットが歩み寄ると女は首を左右に振りながらいっそう強く騒ぎ立て、目には恐怖の涙がにじんでいる。腰に下げていた鍵束を見せると、女はようやく大人しくなった。
 十本以上ある鍵から総当たりで女の手かせに合う鍵を探すと、三本目に試した小ぶりの鍵が合致した。同じ鍵で足枷も外し、口の猿ぐつわも解く。
「ありがとうございます」
 女は震える声で礼を述べた。
「いいか、ここで見たことは誰にも言うな。言ったら最後、あんたは永遠に追われる身になる。は分かるな?」
「わ、わかりました……」
「扉は開いてる。……ちょっと待て、あんた、名前は?」
「イーダ・ラーションです」
「そうか。……人違いだった。とっとと行け、夜は短い」
 リースベットが促すように開けてやった扉を恐る恐るくぐった女は、室外に出ると早足で駆け去った。靴を履いておらず、ぼろ布を巻いただけの足では早く走れないようだが、足音はあまり立たない。
 遠ざかる女の背中を見送り、リースベットは扉を閉めた。乾いた血がこびりつき折れた歯などが転がった床には、少し前までアウグスティンだったものが転がっている。
「そんな目で見るな。てめえがあたしやモニカさんにしたことを思えば、ずいぶん上等な死にざまだろ……」
 去来するさまざまな感情で心が摩耗まもうしてしまったのか、死体を見ても実兄を殺した実感が湧かない。
「同情もしねえしいたみもしねえ。だがてめえの死は、あたしが死ぬまで背負ってってやる」
 強く抱いていたはずの恐怖と憎悪が霧消むしょうしてしまった。だが晴れ晴れとした気分でもない。リースベットはしばらくの間、沈んだ瞳でアウグスティンの死体を見下ろしていた。その目はまるで、絵の具をいくつも混ぜ合わせ、暗く濁ってしまったようだった。
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