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絶望の檻
7 誘拐計画 2
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「ヘルストランドまでは、普通は片道で二日以上かかる道のりだが……あたしとアウロラなら一日で行ける」
「とすると、俺は先に出たほうが良いか」
「そうだな、ユーホルトは一足先に馬で行ってくれ。西の林道にでも繋いでてくれれば、ヘッグが帰りに回収する」
バックマンは地図の西側を指差した。そこには木のマークが描き加えられている。ティーサンリードの者たちがヘルストランドへ行商に行ったり情報収集のために潜入したりする際に、目印としている立木がある場所だ。
「……こんなところか?」
「ああ。ちなみにこの段取りのうちどれか一つでも失敗したら、その時点で計画は中止だ。馬車も次男坊もほっぽり出して、すぐに戻ってくれ」
「俺らが関わってることが知れてここを襲撃される、ってのが最悪の事態か」
「ユーホルトの言うとおりだ。あとは万事うまく行くことを神に祈っとこう」
「まずは長老が牢獄の場所を覚えてることを祈っとけ」
「アウロラ、ちょっといいか」
食堂に戻り、夕食に添えられたワインを口に運ぼうとしていたリースベットが、相変わらず浮かない面持ちのアウロラに声をかけた。木製のタンブラーを手に持ったまま、横目で赤毛に包まれた小さな顔を見つめる。
「お前、親のことを考えてるな。牢獄にいるはずの」
「……うん」
「悪いが助けてはやれねえ。今回はな」
「そう……そうよね。わかってる」
リースベットは不機嫌そうに舌打ちし、テーブルにワインの残ったタンブラーを置いた。先日のアウロラの様子を見て、危惧していた通りの反応だった。
「いいかアウロラ、リードホルムには、任務に失敗したお前が行方をくらましたことを知ってる奴がいる。それで今度はお前の親が牢獄から消えてみろ、うちらとの繋がりを疑る奴は必ず出てくる」
「うん。今、助け出したって……」
リースベットは残ったワインを飲み干し、ようやくアウロラに向き直った。その表情は硬く、普段の斜に構えたような態度は微塵もない。
「だがこの仕事が終わった後、あたしがお前に指図する権利なんてねえ」
「え?」
「どうせ元々、奴らからは充分すぎるほどの恨みを買ってる。牢から出たところで、ひょっとしたらここが、牢にいたほうがマシな惨状になってるかも知れねえ。お前が両親まで山賊の一味にしたいのかどうかは知らねえけどな。……それでもいいなら、好きにしろ」
「リースベット……」
「だから約束しろ。今回は、仕事に専念するってな」
「わかった。……ありがとう」
リースベットはタンブラーを手に取り、すでに空になっていたことに気付いてテーブルに戻した。いくぶん穏やかになっていたその横顔は、アウロラからは見えなかった。
「お前にゃ、あのデカブツからここを守った功績もあるしな」
「それはむしろ、エステルさんの手柄だと思うけど……」
「あいつはあいつで、何か珍しいハーブでも手に入れてやるよ」
「まだ料理させる気?」
「いいんだよ。ありゃ、好きでやってんだから」
事実、そのエステルは休みだというのに、食料庫で備蓄を品定めして新しい献立を考えていた。
離れた席で食事をしながら、バックマンは二人のリーパーの様子を眺めていた。彼は誰よりも長時間食堂にいる。アバクスでなにかの計算をしていたり、さまざまな書類や本を読んでいる事が多い。用のある人物が食事に訪れていればすぐ声をかけられるし、何かと都合がよい場所なのだ。
「とすると、俺は先に出たほうが良いか」
「そうだな、ユーホルトは一足先に馬で行ってくれ。西の林道にでも繋いでてくれれば、ヘッグが帰りに回収する」
バックマンは地図の西側を指差した。そこには木のマークが描き加えられている。ティーサンリードの者たちがヘルストランドへ行商に行ったり情報収集のために潜入したりする際に、目印としている立木がある場所だ。
「……こんなところか?」
「ああ。ちなみにこの段取りのうちどれか一つでも失敗したら、その時点で計画は中止だ。馬車も次男坊もほっぽり出して、すぐに戻ってくれ」
「俺らが関わってることが知れてここを襲撃される、ってのが最悪の事態か」
「ユーホルトの言うとおりだ。あとは万事うまく行くことを神に祈っとこう」
「まずは長老が牢獄の場所を覚えてることを祈っとけ」
「アウロラ、ちょっといいか」
食堂に戻り、夕食に添えられたワインを口に運ぼうとしていたリースベットが、相変わらず浮かない面持ちのアウロラに声をかけた。木製のタンブラーを手に持ったまま、横目で赤毛に包まれた小さな顔を見つめる。
「お前、親のことを考えてるな。牢獄にいるはずの」
「……うん」
「悪いが助けてはやれねえ。今回はな」
「そう……そうよね。わかってる」
リースベットは不機嫌そうに舌打ちし、テーブルにワインの残ったタンブラーを置いた。先日のアウロラの様子を見て、危惧していた通りの反応だった。
「いいかアウロラ、リードホルムには、任務に失敗したお前が行方をくらましたことを知ってる奴がいる。それで今度はお前の親が牢獄から消えてみろ、うちらとの繋がりを疑る奴は必ず出てくる」
「うん。今、助け出したって……」
リースベットは残ったワインを飲み干し、ようやくアウロラに向き直った。その表情は硬く、普段の斜に構えたような態度は微塵もない。
「だがこの仕事が終わった後、あたしがお前に指図する権利なんてねえ」
「え?」
「どうせ元々、奴らからは充分すぎるほどの恨みを買ってる。牢から出たところで、ひょっとしたらここが、牢にいたほうがマシな惨状になってるかも知れねえ。お前が両親まで山賊の一味にしたいのかどうかは知らねえけどな。……それでもいいなら、好きにしろ」
「リースベット……」
「だから約束しろ。今回は、仕事に専念するってな」
「わかった。……ありがとう」
リースベットはタンブラーを手に取り、すでに空になっていたことに気付いてテーブルに戻した。いくぶん穏やかになっていたその横顔は、アウロラからは見えなかった。
「お前にゃ、あのデカブツからここを守った功績もあるしな」
「それはむしろ、エステルさんの手柄だと思うけど……」
「あいつはあいつで、何か珍しいハーブでも手に入れてやるよ」
「まだ料理させる気?」
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事実、そのエステルは休みだというのに、食料庫で備蓄を品定めして新しい献立を考えていた。
離れた席で食事をしながら、バックマンは二人のリーパーの様子を眺めていた。彼は誰よりも長時間食堂にいる。アバクスでなにかの計算をしていたり、さまざまな書類や本を読んでいる事が多い。用のある人物が食事に訪れていればすぐ声をかけられるし、何かと都合がよい場所なのだ。
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