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絶望の檻

6 誘拐計画

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「よし、揃ったな」
 浮かない顔のアウロラが食堂に姿を現したのを見つけ、隅の席でタンブラーを片手に書類を眺めていたバックマンが声をかけてきた。
「悪いな、それじゃああんたら、会議室に集まってくれ」
「何だ、俺もか?」
 バックマンからそう声をかけられたのは、リースベットとアウロラ、リラ川の見張りから戻った老弓師ユーホルトの三人だ。
「飯が食いたきゃ持っていってもいいぜ」
「後にするよ。お前さんの悪巧みを聞きながらじゃ胸焼けを起こしそうだ」
「エステルが休みで良かったな。いつもなら早く食えと急かされてただろう」

 バックマンが会議室と呼んだ部屋は中央に大きなテーブルがあり、その上には各地の地図やチェスの駒、インク瓶と羽根ペンなどが並べられている。その上には天井から吊り下げられた照明があり、幾本もの水牛の角で作られた燭台しょくだいの灯火がテーブルを煌々こうこうと照らしている。壁際の木箱からは羊皮紙の巻物が何本も突き出ており、これらも大半は地図だった。
「これで壁に旗でも飾ってりゃ、いっぱしの作戦会議室に見えるんだろうがな」
「あたしの趣味じゃねえ。旗なんか作る布があんなら服の一枚も縫ったほうがマシだ」
 リースベットはそう言い捨てながら、壁際の椅子に座って両腕と脚を組んだ。他の三人はテーブル上の地図に目を落とす。リードホルムの王都ヘルストランドの地図だ。
「さて、まずは牢獄の場所だが……頭領カシラ、こっち来て教えてくれ」
「あん? あたしは知らねえぞ」
「なんだ、勝手知ったる故郷じゃなかったのか?」
「牢屋にぶち込まれたことはねえよ。……そういや、よく知ってそうな奴が一人いるな」
「ひょっとして長老のことか?」
「ああ。何しろ二十年は入ってたって話だ」
「目が見えねえんじゃ、場所を教えるどころじゃなさそうだが……」
「ま、明日いちおう聞いてみるか。誰か知ってる奴はいるだろ」
 リースベットは椅子の背にもたれ掛かり、坑道跡らしくむき出しの岩を木製のはりで支えた天井を眺めながら背伸びをした。
「あー、最初っからつまづいちまったが……とりあえず段取りだ」
 バックマンは地図上にチェスの駒をいくつか配置し、それを動かしながら説明を始めた。
「人さらいは当然夜中だよな?」
「もちろんだ。それで、直接監獄に乗り込むのは、頭領と……アウロラ、お前に頼みたい」
「え……私?」
 心ここにあらずと言った様子のアウロラは、意表を突かれたようだった。
「あたし一人じゃ突破はできても、人質を守りながら脱出すんのは無理がある。相方は必要だな」
「それで、牢からエーベルゴードの次男坊を引きずり出したら、ヘルストランドの東の外れに向かってくれ。水路の鉄格子に細工してあるから、そこを抜けて外に出れる。で、ここに馬車を用意しとく……実はもうヘッグが出発して手配してるところだ」
 バックマンはナイトの駒を東門の外に置き、そこにキングとクィーンの駒を移動させた。
「さすがに抜かりはねえな」
「ユーホルト、あんたはその馬車でカッセルのパルムグレンまで同行して欲しい」
「道案内ってわけか。俺だけずいぶん楽な仕事だな」
「そいつはどうかな。次男坊が手のつけられねえアホだったら、道中苦労は多いだろうぜ」
「そんときゃ縛り上げて黙らせちまえ。下手にぶん殴ったりしたら交渉に響きそうだしな」
 ユーホルトはかつて、傭兵としてカッセル王国で暮らしていた過去がある。
 椅子から遠巻きに眺めているだけだったリースベットが、ようやく立ち上がってテーブルを囲んだ。
「……私も一緒に行くの?」
「いや、アウロラは牢から脱出し次第、急いで戻ってくれ。戦える奴が少なすぎて、ここの守りが不安だからな」
「ここんとこリードホルム軍周辺には、妙な動きはねえ。最強の二人が留守でも、たぶん問題は起こらんさ」
「ならアウロラもカッセルに連れてったらどうだ。道中が安全とも限らねえし」
「いや、カッセル行きは俺と頭領、それからユーホルトの三人だ。最初の交渉に頭領がいねえんじゃ話にならんし、俺も今後のために顔を合わせておきたい」
 こうした計画を立てる際、バックマンとリースベットはしばしば意見が対立する。リースベットは至近の目標達成を重視し、バックマンは想定外の事態に陥っても集団が存続できる点に重点を置いていた。百人以上の山賊たちを預かる立場からの、かつて役人を目指していた彼らしい考え方だ。
 成否いずれの結果にも掛け金を張っておけば、無駄はあっても破産は避けることができる。それにリースベットの振るさいの出目は決して悪くない。
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