51 / 247
絶望の檻
6 誘拐計画
しおりを挟む
「よし、揃ったな」
浮かない顔のアウロラが食堂に姿を現したのを見つけ、隅の席でタンブラーを片手に書類を眺めていたバックマンが声をかけてきた。
「悪いな、それじゃああんたら、会議室に集まってくれ」
「何だ、俺もか?」
バックマンからそう声をかけられたのは、リースベットとアウロラ、リラ川の見張りから戻った老弓師ユーホルトの三人だ。
「飯が食いたきゃ持っていってもいいぜ」
「後にするよ。お前さんの悪巧みを聞きながらじゃ胸焼けを起こしそうだ」
「エステルが休みで良かったな。いつもなら早く食えと急かされてただろう」
バックマンが会議室と呼んだ部屋は中央に大きなテーブルがあり、その上には各地の地図やチェスの駒、インク瓶と羽根ペンなどが並べられている。その上には天井から吊り下げられた照明があり、幾本もの水牛の角で作られた燭台の灯火がテーブルを煌々と照らしている。壁際の木箱からは羊皮紙の巻物が何本も突き出ており、これらも大半は地図だった。
「これで壁に旗でも飾ってりゃ、いっぱしの作戦会議室に見えるんだろうがな」
「あたしの趣味じゃねえ。旗なんか作る布があんなら服の一枚も縫ったほうがマシだ」
リースベットはそう言い捨てながら、壁際の椅子に座って両腕と脚を組んだ。他の三人はテーブル上の地図に目を落とす。リードホルムの王都ヘルストランドの地図だ。
「さて、まずは牢獄の場所だが……頭領、こっち来て教えてくれ」
「あん? あたしは知らねえぞ」
「なんだ、勝手知ったる故郷じゃなかったのか?」
「牢屋にぶち込まれたことはねえよ。……そういや、よく知ってそうな奴が一人いるな」
「ひょっとして長老のことか?」
「ああ。何しろ二十年は入ってたって話だ」
「目が見えねえんじゃ、場所を教えるどころじゃなさそうだが……」
「ま、明日いちおう聞いてみるか。誰か知ってる奴はいるだろ」
リースベットは椅子の背にもたれ掛かり、坑道跡らしくむき出しの岩を木製の梁で支えた天井を眺めながら背伸びをした。
「あー、最初っから躓いちまったが……とりあえず段取りだ」
バックマンは地図上にチェスの駒をいくつか配置し、それを動かしながら説明を始めた。
「人さらいは当然夜中だよな?」
「もちろんだ。それで、直接監獄に乗り込むのは、頭領と……アウロラ、お前に頼みたい」
「え……私?」
心ここにあらずと言った様子のアウロラは、意表を突かれたようだった。
「あたし一人じゃ突破はできても、人質を守りながら脱出すんのは無理がある。相方は必要だな」
「それで、牢からエーベルゴードの次男坊を引きずり出したら、ヘルストランドの東の外れに向かってくれ。水路の鉄格子に細工してあるから、そこを抜けて外に出れる。で、ここに馬車を用意しとく……実はもうヘッグが出発して手配してるところだ」
バックマンはナイトの駒を東門の外に置き、そこにキングとクィーンの駒を移動させた。
「さすがに抜かりはねえな」
「ユーホルト、あんたはその馬車でカッセルのパルムグレンまで同行して欲しい」
「道案内ってわけか。俺だけずいぶん楽な仕事だな」
「そいつはどうかな。次男坊が手のつけられねえアホだったら、道中苦労は多いだろうぜ」
「そんときゃ縛り上げて黙らせちまえ。下手にぶん殴ったりしたら交渉に響きそうだしな」
ユーホルトはかつて、傭兵としてカッセル王国で暮らしていた過去がある。
椅子から遠巻きに眺めているだけだったリースベットが、ようやく立ち上がってテーブルを囲んだ。
「……私も一緒に行くの?」
「いや、アウロラは牢から脱出し次第、急いで戻ってくれ。戦える奴が少なすぎて、ここの守りが不安だからな」
「ここんとこリードホルム軍周辺には、妙な動きはねえ。最強の二人が留守でも、たぶん問題は起こらんさ」
「ならアウロラもカッセルに連れてったらどうだ。道中が安全とも限らねえし」
「いや、カッセル行きは俺と頭領、それからユーホルトの三人だ。最初の交渉に頭領がいねえんじゃ話にならんし、俺も今後のために顔を合わせておきたい」
こうした計画を立てる際、バックマンとリースベットはしばしば意見が対立する。リースベットは至近の目標達成を重視し、バックマンは想定外の事態に陥っても集団が存続できる点に重点を置いていた。百人以上の山賊たちを預かる立場からの、かつて役人を目指していた彼らしい考え方だ。
成否いずれの結果にも掛け金を張っておけば、無駄はあっても破産は避けることができる。それにリースベットの振る賽の出目は決して悪くない。
浮かない顔のアウロラが食堂に姿を現したのを見つけ、隅の席でタンブラーを片手に書類を眺めていたバックマンが声をかけてきた。
「悪いな、それじゃああんたら、会議室に集まってくれ」
「何だ、俺もか?」
バックマンからそう声をかけられたのは、リースベットとアウロラ、リラ川の見張りから戻った老弓師ユーホルトの三人だ。
「飯が食いたきゃ持っていってもいいぜ」
「後にするよ。お前さんの悪巧みを聞きながらじゃ胸焼けを起こしそうだ」
「エステルが休みで良かったな。いつもなら早く食えと急かされてただろう」
バックマンが会議室と呼んだ部屋は中央に大きなテーブルがあり、その上には各地の地図やチェスの駒、インク瓶と羽根ペンなどが並べられている。その上には天井から吊り下げられた照明があり、幾本もの水牛の角で作られた燭台の灯火がテーブルを煌々と照らしている。壁際の木箱からは羊皮紙の巻物が何本も突き出ており、これらも大半は地図だった。
「これで壁に旗でも飾ってりゃ、いっぱしの作戦会議室に見えるんだろうがな」
「あたしの趣味じゃねえ。旗なんか作る布があんなら服の一枚も縫ったほうがマシだ」
リースベットはそう言い捨てながら、壁際の椅子に座って両腕と脚を組んだ。他の三人はテーブル上の地図に目を落とす。リードホルムの王都ヘルストランドの地図だ。
「さて、まずは牢獄の場所だが……頭領、こっち来て教えてくれ」
「あん? あたしは知らねえぞ」
「なんだ、勝手知ったる故郷じゃなかったのか?」
「牢屋にぶち込まれたことはねえよ。……そういや、よく知ってそうな奴が一人いるな」
「ひょっとして長老のことか?」
「ああ。何しろ二十年は入ってたって話だ」
「目が見えねえんじゃ、場所を教えるどころじゃなさそうだが……」
「ま、明日いちおう聞いてみるか。誰か知ってる奴はいるだろ」
リースベットは椅子の背にもたれ掛かり、坑道跡らしくむき出しの岩を木製の梁で支えた天井を眺めながら背伸びをした。
「あー、最初っから躓いちまったが……とりあえず段取りだ」
バックマンは地図上にチェスの駒をいくつか配置し、それを動かしながら説明を始めた。
「人さらいは当然夜中だよな?」
「もちろんだ。それで、直接監獄に乗り込むのは、頭領と……アウロラ、お前に頼みたい」
「え……私?」
心ここにあらずと言った様子のアウロラは、意表を突かれたようだった。
「あたし一人じゃ突破はできても、人質を守りながら脱出すんのは無理がある。相方は必要だな」
「それで、牢からエーベルゴードの次男坊を引きずり出したら、ヘルストランドの東の外れに向かってくれ。水路の鉄格子に細工してあるから、そこを抜けて外に出れる。で、ここに馬車を用意しとく……実はもうヘッグが出発して手配してるところだ」
バックマンはナイトの駒を東門の外に置き、そこにキングとクィーンの駒を移動させた。
「さすがに抜かりはねえな」
「ユーホルト、あんたはその馬車でカッセルのパルムグレンまで同行して欲しい」
「道案内ってわけか。俺だけずいぶん楽な仕事だな」
「そいつはどうかな。次男坊が手のつけられねえアホだったら、道中苦労は多いだろうぜ」
「そんときゃ縛り上げて黙らせちまえ。下手にぶん殴ったりしたら交渉に響きそうだしな」
ユーホルトはかつて、傭兵としてカッセル王国で暮らしていた過去がある。
椅子から遠巻きに眺めているだけだったリースベットが、ようやく立ち上がってテーブルを囲んだ。
「……私も一緒に行くの?」
「いや、アウロラは牢から脱出し次第、急いで戻ってくれ。戦える奴が少なすぎて、ここの守りが不安だからな」
「ここんとこリードホルム軍周辺には、妙な動きはねえ。最強の二人が留守でも、たぶん問題は起こらんさ」
「ならアウロラもカッセルに連れてったらどうだ。道中が安全とも限らねえし」
「いや、カッセル行きは俺と頭領、それからユーホルトの三人だ。最初の交渉に頭領がいねえんじゃ話にならんし、俺も今後のために顔を合わせておきたい」
こうした計画を立てる際、バックマンとリースベットはしばしば意見が対立する。リースベットは至近の目標達成を重視し、バックマンは想定外の事態に陥っても集団が存続できる点に重点を置いていた。百人以上の山賊たちを預かる立場からの、かつて役人を目指していた彼らしい考え方だ。
成否いずれの結果にも掛け金を張っておけば、無駄はあっても破産は避けることができる。それにリースベットの振る賽の出目は決して悪くない。
0
お気に入りに追加
15
あなたにおすすめの小説
野草から始まる異世界スローライフ
深月カナメ
ファンタジー
花、植物に癒されたキャンプ場からの帰り、事故にあい異世界に転生。気付けば子供の姿で、名前はエルバという。
私ーーエルバはスクスク育ち。
ある日、ふれた薬草の名前、効能が頭の中に聞こえた。
(このスキル使える)
エルバはみたこともない植物をもとめ、魔法のある世界で優しい両親も恵まれ、私の第二の人生はいま異世界ではじまった。
エブリスタ様にて掲載中です。
表紙は表紙メーカー様をお借りいたしました。
プロローグ〜78話までを第一章として、誤字脱字を直したものに変えました。
物語は変わっておりません。
一応、誤字脱字、文章などを直したはずですが、まだまだあると思います。見直しながら第二章を進めたいと思っております。
よろしくお願いします。
逃れる者
ヤマサンブラック
大衆娯楽
昭和四十九年も終わろうとしている冬のある日、藤岡が出入りする雀荘『にしむら』に、隻腕の男・石神がやってきた。
左手一本でイカサマ技を使い圧倒的な強さを見せる石神に対し、藤岡たちは三人で組むことにしたが……。
『絶対防御が結局最強』異世界転生って若い奴らの話じゃなかったのかよ、定年間近にはキツイぜ!
綾野祐介
ファンタジー
異世界って何?美味しいの?
異世界転生を綾野が書くとこうなってしまう、という実験です。
定年間際の転生者はどうなるのでしょう。
お兄様、冷血貴公子じゃなかったんですか?~7歳から始める第二の聖女人生~
みつまめ つぼみ
ファンタジー
17歳で偽りの聖女として処刑された記憶を持つ7歳の女の子が、今度こそ世界を救うためにエルメーテ公爵家に引き取られて人生をやり直します。
記憶では冷血貴公子と呼ばれていた公爵令息は、義妹である主人公一筋。
そんな義兄に戸惑いながらも甘える日々。
「お兄様? シスコンもほどほどにしてくださいね?」
恋愛ポンコツと冷血貴公子の、コミカルでシリアスな救世物語開幕!
みそっかすちびっ子転生王女は死にたくない!
沢野 りお
ファンタジー
【書籍化します!】2022年12月下旬にレジーナブックス様から刊行されることになりました!
定番の転生しました、前世アラサー女子です。
前世の記憶が戻ったのは、7歳のとき。
・・・なんか、病的に痩せていて体力ナシでみすぼらしいんだけど・・・、え?王女なの?これで?
どうやら亡くなった母の身分が低かったため、血の繋がった家族からは存在を無視された、みそっかすの王女が私。
しかも、使用人から虐げられていじめられている?お世話も満足にされずに、衰弱死寸前?
ええーっ!
まだ7歳の体では自立するのも無理だし、ぐぬぬぬ。
しっかーし、奴隷の亜人と手を組んで、こんなクソ王宮や国なんか出て行ってやる!
家出ならぬ、王宮出を企てる間に、なにやら王位継承を巡ってキナ臭い感じが・・・。
えっ?私には関係ないんだから巻き込まないでよ!ちょっと、王族暗殺?継承争い勃発?亜人奴隷解放運動?
そんなの知らなーい!
みそっかすちびっ子転生王女の私が、城出・出国して、安全な地でチート能力を駆使して、ワハハハハな生活を手に入れる、そんな立身出世のお話でぇーす!
え?違う?
とりあえず、家族になった亜人たちと、あっちのトラブル、こっちの騒動に巻き込まれながら、旅をしていきます。
R15は保険です。
更新は不定期です。
「みそっかすちびっ子王女の転生冒険ものがたり」を改訂、再up。
2021/8/21 改めて投稿し直しました。
美しくも残酷な世界に花嫁(仮)として召喚されたようです~酒好きアラサーは食糧難の世界で庭を育てて煩悩のままに生活する
くみたろう
ファンタジー
いつもと変わらない日常が一変するのをただの会社員である芽依はその身をもって知った。
世界が違った、価値観が違った、常識が違った、何もかもが違った。
意味がわからなかったが悲観はしなかった。
花嫁だと言われ、その甘い香りが人外者を狂わすと言われても、芽依の周りは優しさに包まれている。
そばに居るのは巨大な蟻で、いつも優しく格好良く守ってくれる。
奴隷となった大好きな二人は本心から芽依を愛して側にいてくれる。
麗しい領主やその周りの人外者達も、話を聞いてくれる。
周りは酷く残酷な世界だけれども、芽依はたまにセクハラをして齧りつきながら穏やかに心を育み生きていく。
それはこの美しく清廉で、残酷でいておぞましい御伽噺の世界の中でも慈しみ育む人外者達や異世界の人間が芽依を育て守ってくれる。
お互いの常識や考えを擦り合わせ歩み寄り、等価交換を基盤とした世界の中で、優しさを育てて自分の居場所作りに励む。
全ては幸せな気持ちで大好きなお酒を飲む為であり、素敵な酒のつまみを開発する日々を送るためだ。
女神の代わりに異世界漫遊 ~ほのぼの・まったり。時々、ざまぁ?~
大福にゃここ
ファンタジー
目の前に、女神を名乗る女性が立っていた。
麗しい彼女の願いは「自分の代わりに世界を見て欲しい」それだけ。
使命も何もなく、ただ、その世界で楽しく生きていくだけでいいらしい。
厳しい異世界で生き抜く為のスキルも色々と貰い、食いしん坊だけど優しくて可愛い従魔も一緒!
忙しくて自由のない女神の代わりに、異世界を楽しんでこよう♪
13話目くらいから話が動きますので、気長にお付き合いください!
最初はとっつきにくいかもしれませんが、どうか続きを読んでみてくださいね^^
※お気に入り登録や感想がとても励みになっています。 ありがとうございます!
(なかなかお返事書けなくてごめんなさい)
※小説家になろう様にも投稿しています
『濁』なる俺は『清』なる幼馴染と決別する
はにわ
ファンタジー
主人公ゴウキは幼馴染である女勇者クレアのパーティーに属する前衛の拳闘士である。
スラムで育ち喧嘩に明け暮れていたゴウキに声をかけ、特待生として学校に通わせてくれたクレアに恩を感じ、ゴウキは苛烈な戦闘塗れの勇者パーティーに加入して日々活躍していた。
だがクレアは人の良い両親に育てられた人間を疑うことを知らずに育った脳内お花畑の女の子。
そんな彼女のパーティーにはエリート神官で腹黒のリフト、クレアと同じくゴウキと幼馴染の聖女ミリアと、剣聖マリスというリーダーと気持ちを同じくするお人よしの聖人ばかりが揃う。
勇者パーティーの聖人達は普段の立ち振る舞いもさることながら、戦いにおいても「美しい」と言わしめるスマートな戦いぶりに周囲は彼らを国の誇りだと称える。
そんなパーティーでゴウキ一人だけ・・・人を疑い、荒っぽい言動、額にある大きな古傷、『拳鬼』と呼ばれるほどの荒々しく泥臭い戦闘スタイル・・・そんな異色な彼が浮いていた。
周囲からも『清』の中の『濁』だと彼のパーティー在籍を疑問視する声も多い。
素直過ぎる勇者パーティーの面々にゴウキは捻くれ者とカテゴライズされ、パーティーと意見を違えることが多く、衝突を繰り返すが常となっていた。
しかしゴウキはゴウキなりに救世の道を歩めることに誇りを持っており、パーティーを離れようとは思っていなかった。
そんなある日、ゴウキは勇者パーティーをいつの間にか追放処分とされていた。失意の底に沈むゴウキだったが、『濁』なる存在と認知されていると思っていたはずの彼には思いの外人望があることに気付く。
『濁』の存在である自分にも『濁』なりの救世の道があることに気付き、ゴウキは勇者パーティーと決別して己の道を歩み始めるが、流れに流れいつの間にか『マフィア』を率いるようになってしまい、立場の違いから勇者と争うように・・・
一方、人を疑うことのないクレア達は防波堤となっていたゴウキがいなくなったことで、悪意ある者達の食い物にされ弱体化しつつあった。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる