40 / 247
過去編・夜へ続く道
13 ささやかな友誼 2
しおりを挟む
「……私が言えたことではないが、貴官もなかなかどうして、多様な知見をお持ちのようだ」
「ノルドグレーンには教育があります。私がこうして貴官と話せているのも、その成果と言えるでしょう。むろん、全ての者が受けられるわけではないが」
「そうか……そういえばノア王子から、斯様な彼我の差は聞いていた。……思えば、私が我が国の異常さに気付けたのも、王子から国情についてあれこれ問われてのことだ。それまでは不愉快に思いつつも、当たり前のことだと過ごしていたのだから」
「ほう、あの王子が……」
ダールが丘の上を見上げると折よく陣幕が開き、険しい面持ちのノアが姿を見せた。
「ブリクスト、馬車の準備はできているか」
「御前に」
「如才ないな。助けられてばかりだ」
「もったいなきお言葉にございます」
「ダール隊長、貴官にもずいぶん助けられた。傷の手当てまでしてくれていたようだしな」
「軍人式の粗野な療術にございます。王都にて改めて医師におかかりください」
ノアは目下の山道に馬車があることを見てとると陣屋に戻り、フェルトの布に包まれたリースベットを抱きかかえて坂を下りた。哀れを止める妹は静かな寝息をたてており、幾日かぶりの平穏に身を委ねているようだ。
「すまない、この織物は譲ってくれないか。あとで代わりのものを届けよう」
「どうぞお気になされませぬよう。高貴なお方の身に触れるには、粗末にすぎる代物です」
ノアは他の兵士の手を借りて幌馬車にリースベットを寝かせ、自身も乗り込んだ。ブリクストはその荷台後方の扉を引き上げると、ダールたちに向き直る。
「ダール殿、何から何まで世話になった。貴官らの末永く息災たらんことを!」
ダール率いるノルドグレーン治安維持軍オルヘスタル駐屯部隊の一団は、馬車が橋を渡りきるまで敬礼で見送った。
陣屋の撤収作業が進む中、兵の一人がダールに話しかけた。
「隊長、あのまま帰してしまってよかったのですか?」
「さあな。私の知ったことではない。我らが受けた命令は、リースベット王女の捜索に協力せよ、というものだけだ。お前はなんと考える?」
「橋からこちら側での事件ですので、オルヘスタルの病院にでもお連れすべきだったのでは……」
「なるほど、そういう問題か。ラミレント山の鉱脈などはノルドグレーンの所有だが、それ以外はなにか明確な、領土の線引きがされているわけではないぞ。……そうだな、もし是が非でもこちらで身柄を引き受ける必要があったのならば、それで罰せられるのは、この場にいないマンネルヘイム外務次官補だろう」
ノルドグレーン側のラミレント山とリードホルム側のラルセン山を縫うように流れるミヴァル川には、幾本かの橋が架かっている。しばしばミヴァル川あるいは橋が境界線であるかのように言われるが、両国は特にそういった協定を結んでいるわけではない。
「なるほど。我らが小役人の保身を助ける必要もありませんな」
「さあ、帰るぞ。あの王子から、絹の織物と上物のワインが届けられることを祈ろう」
「隊長、リードホルムはぶどうがあまり育ちません。スナップスのほうが主流ですよ」
「それでも構わん。まかり間違って吟遊詩人の歌でも贈ってこられるよりはましだ」
ワインよりも遥かに酒精のきつい蒸留酒の飲み方について歓談しながら、ダールと部下たちは帰途についた。
「ノルドグレーンには教育があります。私がこうして貴官と話せているのも、その成果と言えるでしょう。むろん、全ての者が受けられるわけではないが」
「そうか……そういえばノア王子から、斯様な彼我の差は聞いていた。……思えば、私が我が国の異常さに気付けたのも、王子から国情についてあれこれ問われてのことだ。それまでは不愉快に思いつつも、当たり前のことだと過ごしていたのだから」
「ほう、あの王子が……」
ダールが丘の上を見上げると折よく陣幕が開き、険しい面持ちのノアが姿を見せた。
「ブリクスト、馬車の準備はできているか」
「御前に」
「如才ないな。助けられてばかりだ」
「もったいなきお言葉にございます」
「ダール隊長、貴官にもずいぶん助けられた。傷の手当てまでしてくれていたようだしな」
「軍人式の粗野な療術にございます。王都にて改めて医師におかかりください」
ノアは目下の山道に馬車があることを見てとると陣屋に戻り、フェルトの布に包まれたリースベットを抱きかかえて坂を下りた。哀れを止める妹は静かな寝息をたてており、幾日かぶりの平穏に身を委ねているようだ。
「すまない、この織物は譲ってくれないか。あとで代わりのものを届けよう」
「どうぞお気になされませぬよう。高貴なお方の身に触れるには、粗末にすぎる代物です」
ノアは他の兵士の手を借りて幌馬車にリースベットを寝かせ、自身も乗り込んだ。ブリクストはその荷台後方の扉を引き上げると、ダールたちに向き直る。
「ダール殿、何から何まで世話になった。貴官らの末永く息災たらんことを!」
ダール率いるノルドグレーン治安維持軍オルヘスタル駐屯部隊の一団は、馬車が橋を渡りきるまで敬礼で見送った。
陣屋の撤収作業が進む中、兵の一人がダールに話しかけた。
「隊長、あのまま帰してしまってよかったのですか?」
「さあな。私の知ったことではない。我らが受けた命令は、リースベット王女の捜索に協力せよ、というものだけだ。お前はなんと考える?」
「橋からこちら側での事件ですので、オルヘスタルの病院にでもお連れすべきだったのでは……」
「なるほど、そういう問題か。ラミレント山の鉱脈などはノルドグレーンの所有だが、それ以外はなにか明確な、領土の線引きがされているわけではないぞ。……そうだな、もし是が非でもこちらで身柄を引き受ける必要があったのならば、それで罰せられるのは、この場にいないマンネルヘイム外務次官補だろう」
ノルドグレーン側のラミレント山とリードホルム側のラルセン山を縫うように流れるミヴァル川には、幾本かの橋が架かっている。しばしばミヴァル川あるいは橋が境界線であるかのように言われるが、両国は特にそういった協定を結んでいるわけではない。
「なるほど。我らが小役人の保身を助ける必要もありませんな」
「さあ、帰るぞ。あの王子から、絹の織物と上物のワインが届けられることを祈ろう」
「隊長、リードホルムはぶどうがあまり育ちません。スナップスのほうが主流ですよ」
「それでも構わん。まかり間違って吟遊詩人の歌でも贈ってこられるよりはましだ」
ワインよりも遥かに酒精のきつい蒸留酒の飲み方について歓談しながら、ダールと部下たちは帰途についた。
0
お気に入りに追加
15
あなたにおすすめの小説
理葬境
忍原富臣
ファンタジー
戦の時代、小国同士が争い陣地を広げていたような頃の物語――
大国を築いた国王は飢饉により多くの民を犠牲にした。納税を厳しくした結果、民たちは苦しみ死んでいった。一方、王城や城下町で暮らす人々にはきちんとした食料が分け与えられていた。
飢饉は収まらず、国王は大臣達に何か案を出すように命じる。そして、一人の大臣の案が採用され、数ヶ月、数年後には何とか持ち直すことが出来た――
この物語の始まりはここから……
ある日、国王は息子に自分の寿命が短いことを告げる。
国王が亡くなってから、町や村では「悪夢」という得体の知れないものが噂されるようになった。
大臣の一人、剛昌は急死する前の国王の異変に気が付き調査を進めていくが……。
これは理弔と呼ばれる村が出来るまでの物語……。
登場人物たちの過去からこの先に待ち受ける未来までを描いた儚き物語……。
そして、この物語の本質は登場人物たち全員が主人公となり「死者の為に紡ぐ物語」であるということ。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。

―異質― 邂逅の編/日本国の〝隊〟、その異世界を巡る叙事詩――《第一部完結》
EPIC
SF
日本国の混成1個中隊、そして超常的存在。異世界へ――
とある別の歴史を歩んだ世界。
その世界の日本には、日本軍とも自衛隊とも似て非なる、〝日本国隊〟という名の有事組織が存在した。
第二次世界大戦以降も幾度もの戦いを潜り抜けて来た〝日本国隊〟は、異質な未知の世界を新たな戦いの場とする事になる――
日本国陸隊の有事官、――〝制刻 自由(ぜいこく じゆう)〟。
歪で醜く禍々しい容姿と、常識外れの身体能力、そしてスタンスを持つ、隊員として非常に異質な存在である彼。
そんな隊員である制刻は、陸隊の行う大規模な演習に参加中であったが、その最中に取った一時的な休眠の途中で、不可解な空間へと導かれる。そして、そこで会った作業服と白衣姿の謎の人物からこう告げられた。
「異なる世界から我々の世界に、殴り込みを掛けようとしている奴らがいる。先手を打ちその世界に踏み込み、この企みを潰せ」――と。
そして再び目を覚ました時、制刻は――そして制刻の所属する普通科小隊を始めとする、各職種混成の約一個中隊は。剣と魔法が力の象徴とされ、モンスターが跋扈する未知の世界へと降り立っていた――。
制刻を始めとする異質な隊員等。
そして問題部隊、〝第54普通科連隊〟を始めとする各部隊。
元居た世界の常識が通用しないその異世界を、それを越える常識外れな存在が、掻き乱し始める。
〇案内と注意
1) このお話には、オリジナル及び架空設定を多数含みます。
2) 部隊規模(始めは中隊規模)での転移物となります。
3) チャプター3くらいまでは単一事件をいくつか描き、チャプター4くらいから単一事件を混ぜつつ、一つの大筋にだんだん乗っていく流れになっています。
4) 主人公を始めとする一部隊員キャラクターが、超常的な行動を取ります。ぶっ飛んでます。かなりなんでも有りです。
5) 小説家になろう、カクヨムにてすでに投稿済のものになりますが、そちらより一話当たり分量を多くして話数を減らす整理のし直しを行っています。
聖女を追放した国の物語 ~聖女追放小説の『嫌われ役王子』に転生してしまった。~
猫野 にくきゅう
ファンタジー
国を追放された聖女が、隣国で幸せになる。
――おそらくは、そんな内容の小説に出てくる
『嫌われ役』の王子に、転生してしまったようだ。
俺と俺の暮らすこの国の未来には、
惨めな破滅が待ち構えているだろう。
これは、そんな運命を変えるために、
足掻き続ける俺たちの物語。
グルケモールナクト 高温の鍵の秘密
仁川路朱鳥
ファンタジー
ある都市国家では、貧富の格差が激しく、富裕層は文字通り金に溺れた生活をし、貧困層は今日を生きる水すら飲むことができない期間があった。ある子供の空想が、国家の基盤を反転させるまで……
赤い御星に照らされた世界の、革新は如何なるものや?
(地球とは別の環境が舞台となっているため、主となる感覚が人間とは多少異なります。そのため「視覚」に関する表現が「聴覚」などに置き換えられていますことをご了承ください。)
この作品は「小説家になろう」でも連載しておりました。(過去進行形)
また、表紙画像は19/12現在仮のものです。

セレナの居場所 ~下賜された側妃~
緑谷めい
恋愛
後宮が廃され、国王エドガルドの側妃だったセレナは、ルーベン・アルファーロ侯爵に下賜された。自らの新たな居場所を作ろうと努力するセレナだったが、夫ルーベンの幼馴染だという伯爵家令嬢クラーラが頻繁に屋敷を訪れることに違和感を覚える。
【第3部】勇者参上!!~究極奥義で異次元移動まで出来るようになった俺は色んな勢力から狙われる!!~
Bonzaebon
ファンタジー
「ただ戦って相手を倒す事は正しいのだろうか?」
戦いは多くの物事に決着をつけてきた。勇者ロアもそうだった。
だが、それは本当に正しい事なのだろうか?
ただ倒すだけでは相手がやろうとしていた事と変わりが無い。
ただ倒しただけでは問題が解決したとは言えないのではではないか?
勇者は“勝利”以外の解決方法を思索し始めた。
「やっぱり和解が最善の解決手段だろ。」
勇者は更なる苦難の道を歩み始めた。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる