山賊王女と楽園の涯(はて)

紺乃 安

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過去編・夜へ続く道

9 春宵の火祭り 2

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「おや? もしかしてこれかな、兄さん」
 まるでリースベットに恫喝されて怖ず怖ずと姿を表したかのように、探していた祭器は見つかった。それはスープ皿のような大きさの彫刻で、黒塗りの円い木枠に収められている。乳白色の漆喰しっくいに立体的に彫られたローブをまとう屈強な男性は、右手に槍を持ち体の左半分は骸骨になっていた。
「不気味っちゃ不気味だけど、ちょっとかっこいい感じもしない?」
「……リースはそれを気味悪がって遠ざけていたんだが、嗜好まで変わるものなのだな」
「らしいね、としか言いようがないわ」
 リースベットは手近な椅子に座り、彫刻をランタンの明かりに照らして全貌を確認する。王家に伝わる祭器だけあって、造形そのものは精緻をきわめた逸品だ。
「これはファンナ教より以前の民間信仰にある、民のために冥界から知恵を授かった英雄の姿なのだそうだ」
「死者の世界に片足突っ込んで、こんな姿になったわけか」
春宵しゅんしょうの火祭りじたいが、死者と生者の交わりを祝福する行事だからね」
 そう解説したノアの顔を、リースベットはしばしぼんやりと見つめ、思い出したように口を開いた。
「……おや? そういう祭りって、夏にやってなかった?」
「ずっと春の祭りだったが……そうだ!」
 ノアが語気を強めて話す姿を、リースベットは初めて目にした。
「ど、どうしました?」
「いや、私も子供の頃、そんなことを言った記憶があるのだ」
「マジで! やっぱそう感じるでしょ?!」
 椅子から飛び上がったリースベットは、嬉しそうにノアの右手を両手で掴んだ。祭器はがらくたを覆う帆布の上に、ぞんざいに放り出されている。
「もちろん周囲の者は一笑に付したが……なにしろ春宵の火祭りは千年以上もずっと、冬の終わりを祝う祭りだったのだから」
「あたしら二人だけ、ってこと?」
「こんならちもないことを、他人の口から聞くとは思わなかった」
「つまり、これって……」
「……わからない。もしかしたら幼い頃に、異国の文化について書かれた本でも読んだのかもしれない」
「そうかなあ。死者を迎える夏の夜の祭って、なんだか妙に懐かしさを覚えるんだけ、ど……」
 回想でもするように虚空を見つめていたリースベットが意識を現世に戻すと、そこにはノアと至近距離で彼の右手を握りしめたままの自分がいた。慌ててその手を離し、話題をそらすように祭器を拾い上げる。
「あー、うん、そろそろ出ようか、兄さん」
「そ、そうだな……捜し物も見つかったのだし」
 ランタンの小さな明かりは、二人の顔の赤らみを明瞭には映し出せなかった。

 日が落ちたリードホルムの王都ヘルストランドの目抜き通りを、レーヴェンアドレール吟遊詩人大学の生徒からなる聖歌隊が清漣せいれんの歌声を響かせながら練り歩いている。
 その後ろには、豪華な装飾を施された巨大な四輪馬車に乗ったヴィルヘルム三世と王妃を先頭に、他の王族たちの馬車が続いていた。二台目の馬車にはアウグスティンとフリーダが、三台目にはノアとリースベットが乗っている。彼らはそれぞれに、パラヤ像や英雄の槍の穂先といった祭器を捧げ持ち、市民に手を振って愛想を振りまいていた。
 王族の祝賀行列を警備の兵が囲み、その周りでは市民たちが火を灯した松明たいまつを掲げて春の到来を祝っていた。長く厳しい冬が終わり、リードホルムはささやかな豊穣の季節を迎える。
「なんだか、男の人が少なくない?」
 路傍ろぼうに居並ぶ民衆の顔ぶれを見て、違和感を覚えたリースベットがノアに質問した。女性、子供、老人が目立ち、成人男性の姿が少ない。
「冬のリードホルムは、出稼ぎで国外にいる者が多いのだ。とくに農民はノルドグレーンに出ている」
「ああ、それで」
「いつもなら、春宵の火祭りまでには戻る者が多いのだがな……」
 さらに群衆をよく見ると、子どもたちはみな痩せていて、遠目に見ても背の高い者が少ない。
「なんだかあたしらって、ずいぶん罪深い立場みたいね」
「もともと土地の痩せた国ではあるが、それだけが理由ではないだろうね……」
 リースベットの感慨を察しつつ、ノアはそれとなく先頭をゆく豪華な馬車に目をやった。アウグスティンの乗る馬車が、その間の視界を遮っている。
 力弱き者たちが掲げる送り火の中を、神に王権を授けられたと称する者たちの列が、ゆっくりと進んでいった。
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