山賊王女と楽園の涯(はて)

紺乃 安

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過去編・夜へ続く道

2 ノルドグレーン神聖守護斎姫

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「そこのおっさん! 飼葉桶かいばおけどけて!」
 ヘルストランド城内の馬屋周辺を雄壮な黒駒が疾走する。それは暴走と言い換えてもよいほどの無軌道ぶりだった。
 くらも付けていない暴れ馬が飼料を蹴散らす寸前で、馬飼いの男が飼葉桶を避難させる。散歩していた鶏たちを恐慌状態に陥れてひとしきり暴走したあと、黒駒は荷車を飛び越えて静止した。
「よっ!」
 声を弾ませ馬上から飛び降りたのは、簡素なドレスティー・ガウンまとった女だった。
 ゆるやかな内巻きの長い髪が印象的なその少女は、リースベット・リードホルムという。十六歳の、リードホルム王国の第二王女である。
「リース、馬に乗るなとは言わないが、せめて誰かに基礎を教わってからにしないか」
「あら、じゃあ兄さん教えてよ」
「また今度な」
「あっ、また逃げる!」
「兄上に呼ばれているのだ。ブリクストの部下に手透きが出たら頼むといい」
 困惑混じりの笑顔を残し、ノアは足早に立ち去った。あんたを指名してんだよ、とリースベットは内心で愚痴を述べる。
 手持ち無沙汰になった第二王女はしぶしぶ馬飼いに黒駒を返し、城への階段を一段飛ばしで登ってゆく。その後ろ姿を見送りながら、トマス・ブリクストの部下、ヘルストランド森林警備隊の隊員たちが無駄話をしていた。
「リースベット様は、どうなってしまわれたのだ……」
「ご病前は、フリーダ様より可憐な深窓の令嬢という評判だったのに……見たことはないが」
「まさにそれよ。我らの前に出てくることなどなかったのだ」
「先程の馬もそうだが、あのいでたちで我らの誰よりも脚が速いぞ」
「……やはり目覚められたのか? 王家からは久しく、出ていなかったが」
「そうかもしれんな。そう考えるほうが真実味があるわ」
 突然変異的に生まれる特殊能力者、リーパーの存在は多くの者に知られている。だがその数は少なく、実際にその力を目の当たりにした経験のあるものは稀だ。
「そういえば、そのご病気について、女中衆から妙な話を聞いたな」
「さすが色男のボレリウス、女達の噂にゃ明るいな」
「あの変わりようだ。どんな奇病でも驚かん」
「それがどうもな……病ではなく、ご自身で毒をお召しになられたということだ」
「なんと……いや、ありえぬ話ではないな。守護斎姫さいきの任が決まって以降、たいへんなふさぎようだったと聞く」
「ちょっとあんたら! その話、詳しく聞かせてくれる?」
「リ、リースベット様?!」
 ヘルストランド城上階の釣鐘つりがね型をした窓から、リースベットが顔を出して兵たちの話に割り込んできた。窓から飛び降りんばかりの勢いで、話題の第二王女は城内の階段を駆け下りてくる。
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