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転生と記憶
5 伝達者
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まぶたを通して感じる朝日の眩しさで、フェルディンは短い眠りから目覚めた。
珍しく夢を見ることなく熟睡したためか、疲れはほとんど残っていない。周囲を見渡すと、ミルヴェーデンは岩棚に背をあずけ、剣を抱いて眠っている。
すでにカールソンは目覚めており、朝日に向かって腕を組んで仁王立ちしていた。壮快な笑顔でフェルディンに挨拶してくるかと思いきや、その顔は思いのほか不機嫌そうだ。
「兄貴、ロブネルがいねえ」
「ロブネルが……?」
「おれはけっこう前に起きたけど、その時からいなかったんだ」
「朝食の獲物を捕りに行っているのか……いや、まさか……」
二人の不穏な話し声でミルヴェーデンも目を覚ましたようだが、相変わらずの無口さで、ただぎらついた視線のみで意思疎通を試みている。
「ミルヴェーデン、きみはロブネルの姿を見なかったか?」
蓬髪の剣士は黙ったまま、首をゆっくりと左右に振る。
「あいつ、一人で行っちまったんじゃねえだろうな」
「そんな無謀なことを……いや」
「無謀とか寝坊とか、言って通じる奴じゃねえと思うぜ」
「その通りだ。独断専行とは……やむを得ん、急ごう」
フェルディンとカールソンは荷物をまとめ、急ぎロブネルの後を追うことにした。ミルヴェーデンもとくに不平を漏らすでもなく、ふたりの行動に準じた。
キツツキやツグミのせわしない鳴き声で、リースベットは短い眠りから目覚めた。その眠たげな顔からは、ふだんの嘲弄的に歪んだ笑みや戦いで見せる残虐な表情は想像しがたい。
「……何だ、起こしてくれって言ったのに」
「気持ちよさそうに寝てたもんでな」
「あたしだけしっかり休んじまったか」
老弓師ユーホルトが皮肉っぽく笑いながら返答した。包まっていた毛皮から這い出て、あくびをしつつリースベットはつぶやき、寝乱れた髪をなでつけながら周囲を見渡す。岩棚の端に腰掛けていたバックマンは、肩をほぐすように首を回している。
「見ての通り、俺らも何かしてたわけじゃねえけどな。いいかげん夜も明けてるってのに、奴さんはまだ来ねえ」
「もう日が出て一時は経ってんだろ。ずいぶんのんびりした早馬だな」
「いや、待て」
ユーホルトは言いながら矢筒から矢を抜き、長弓につがえた。その細い矢には鏃が付いておらず、かわりに丸く削られた木材がくくりつけられている。
バックマンとリースベットの二人はユーホルトに駆け寄り、身を低くして老弓師の視線を追った。
「こいつは飛ばんから、引きつけなきゃならん」
ユーホルトが弦を引き絞って狙いを定めていると、やがて山道の向こうから一頭の馬が駆けてくるのが見えてきた。リズミカルな蹄の音が徐々に大きくなり、木々の枝葉が射線を遮らないタイミングを見計らって矢が放たれる。
一瞬の間をおいて、馬のいななきと草葉のざわめきが聞こえた。
「さすがだぜ。あたしは適当に石でも投げようかと思ってたが」
「馬は驚いて東のほうに走ってった。乗ってるやつは振り落とされたようだ。完璧だな」
バックマンが望遠鏡を覗き、万事重畳に状況が運んでいることを確認した。
「尋問はお前さんらに任せよう。俺は馬を探してくる」
「あたしの見立て通りなら、これからも奴には情報を運んでもらわなきゃいけねえからな」
三人は勇んで物見の岩山を駆け下り、それぞれの目的地へと向かった。
厚手のクロークを羽織った男が山道の端で腰を押さえ、衣服に付いた土を払い落としている。困り果てたように周囲を見渡し、どうやら走り去った馬を探しているようだ。
「よう旅のお方。ずいぶん参ってるようじゃねえか」
リースベットがトウヒの枝の上で脚を組んで頬杖をつき、楽しげに声をかけた。男は返答せず身構えるが、なにか武器を持っている様子はない。
「そう警戒しなさんな。なにも取って食おうってんじゃねえんだから」
男の背後にある太い幹の陰からは、バックマンが邪悪な笑みを湛えて姿を表す。山賊のふたりともが、絵に描いたような悪漢ぶりだった。
男は進退窮まった状況にあることを悟ってか、両手を上げて無抵抗の意思表示をする。
「……金目のものなど持っていないぞ」
「そいつは見れば分かる。あんたも俺らと同じで、金持ってそうなナリはしてねえよ」
「だが他のモンはどうかな?」
「なんだと……?」
「お前がこの山道を、何度も行ったり来たりしてんのは分かってる。山賊が出るって噂で持ち切りのご時世に、たった一人でな」
男は押し黙ったまま、遠回しに恫喝する二人の山賊の姿を交互に注視し、様子をうかがっているようだ。
「金目の物を持ってねえ、って言葉は信じるぜ。運んでんのは違うモノだろ?」
「そいつを素直に吐き出せば、命が助かるばかりか馬も返してやる。ついでに飴菓子のひとつもくれてやってもいい」
「何を言って……」
「あんまり無駄な時間を取らせるなよ?」
リースベットは呆れたように言うと、座っていた枝をククリナイフで斬り落として木から飛び降りた。人ひとりの体重を支えられる太さの枝が、湿った音を立てて男の眼前に落ちた。
「だんまり決め込もうってんなら、次に地面に落ちんのは、お前の腕だ」
リースベットは路傍の石を見るような目で、男の胸元にオスカを突きつけた。
「早く言わねえと、腕どころか首まで落とされるぞ。それとも拷問がいいか? うちには、やる方の経験者がいてな……」
これはバックマンの虚言であり、ティーサンリードにそのような前歴をもつ者はいない。
「わ、分かった……だがおそらく、お前たちの役に立つ話ではないぞ」
「そいつはあたしらが決めることだ。言え、ヘルストランドで誰と会ってる」
「……エイデシュテット宰相だ」
わずかにためらいながらも、男は口を開いた。思いがけない大物の名にリースベットは驚きの声を上げ、バックマンは短く口笛を吹く。
「こいつは大した獲物が釣れたな」
「アウグスティンの腰巾着か……てことはお前、あのマヌケ王子を操る指令を運んでるわけだな」
「となるとノルドグレーン側の人間は、おおかた情報局のハッセルブラードあたりか」
男はリースベットとバックマンの言葉に驚き、目を見開いて二人の山賊を交互に振り返った。
酒屋政談でまれに噂され、陰謀論として片付けられるが実は正鵠を得ている“リードホルムのアウグスティン王子傀儡説”は、ノルドグレーン公国の最重要機密だ。
さらにはノルドグレーン公国外務省の外局にあたる秘密主義的な部署の局長の名が、たかが山賊と侮っていた男の口から発せられた。同国の国民ですら、知っている者は少ない。
「どうやら図星らしいな」
「なぜ山賊がそこまで知っている……」
「いろいろあんだよ、生きていくためにはな」
「そういう訳だ。こっちも素人じゃねえ。嘘はすぐバレるぜ」
「ところでお前、名は?」
リースベットの問いに、男はやはりだんまりを決め込む。
「別に、伝達役が機密情報を山賊に流してる、なんてノルドグレーンにチクるような真似はしねえよ。あたしらは情報がほしいだけだ」
「あんたも宮仕えなら、まるっきりのバカじゃねえだろ、ちょっと考えてみるといい。山賊に関係がバレたと報告したとして、表向きは交友関係を結んでる国に、討伐の兵を気軽に送れるかどうか、ってな」
「定期的に報告するんなら身の安全は保証するし、なんだったら本物の追い剥ぎから道中守ってやってもいい」
男は困惑しているようで、クロークの下で両手を所在無げにもつれさせている。
「ちなみにあたしの暗殺には、あいつらは既にいちど失敗してる」
「それは知っている。部隊派遣の指示も失敗の報も、運んだのは私だ」
リースベットたちの素性に、男は話の中で気付いたようだ。
「あんた、ずいぶんと物知りだな。そんだけ事情通だと、いつか奴らに殺されるかもな」
「バカな! 私は……」
男はバックマンの言葉を否定しようとしたが、口を開けたまま二の句を継げずにいる。前例となるような出来事でも思い出したようだ。
「まだ名前を聞いてねえな」
「……別に、このさい偽名でも構わねえぜ? 呼べりゃ何でもいいんだ」
「おかしな連中だな……私の名はエンロートだ」
山賊たちが話の通じない暴漢でなかったことに安堵してか、エンロートの表情がわずかに緩んだ。リースベットも満足げな笑顔を見せる。
「よし、いい子だエンロート。それで今日の積み荷はなんだ?」
「……大したものではない。リードホルム国内のカッセル王国に対する国民感情と、近衛兵の動向だ」
「そいつは定期的に報告してんのか?」
「そうだ」
「近衛兵まで気にかけてるあたり、連中なにか企んでやがんな……」
「上の連中の意図までは知らん。私はただの伝達役だ」
「リーパーだけで編成された、一万の練兵に勝るとも言われる近衛兵だ。リードホルムを敵視してる連中にとっちゃ、気が気でない不安要素だからな」
「そしてカッセルに対する国民感情……分断して統治せよ、の効果確認か」
バックマンが顎に手を当てて独り言をつぶやいていると、山道のむこうにユーホルトの姿が見えた。老弓師は馬を引き連れている。
「お二人さん、首尾よくいってるか?」
「あれは私の愛馬ではないか……」
「言ったろ、返してやるってな」
「おお、よく戻ってきたジェンティアナ」
落ち着いた様子で鼻を鳴らす馬を見て、エンロートの表情が柔和になった。長く道行きをともにして、情が移っているのだろう。
栗毛のたくましい首筋を撫でながら、リースベットに向き直る。
「ひとつ教えてやろう。リードホルムは今後、ノルドグレーンへの物資輸送には水路を使う方針でいる」
「へえ、さすがにあたしらに対する対策を立てたか」
「リラ川を下ってミヴァル川に合流すれば、オルヘスタルスタッドが近い。そっから先は俺らも手出しできねえからな」
「船はちょいと面倒だな。俺の弓で船頭を撃ったところで、お宝が川に沈んじまったら元も子もねえ。戻ったらやり方を考えるか」
エンロートは栗毛の馬を丹念に観察し、怪我がないか気づかっている。
「……もうそろそろ開放してくれないか。あまり遅れると怪しまれる」
「しゃあねえ、今日はこのへんでお開きだ」
「まあ、用があったらまた呼び止めるぜ」
「頼む……協力はするから、馬を撃つのはやめてほしい」
「分かった分かった、他の方法を考えるよ」
リースベットは乾いた笑い声まじりに言い、手の甲を振ってぞんざいに別れを告げた。エンロートは解放を急かした割に、鞍や馬銜といった馬具の状態を丹念に確認している。
落ち着いた様子で耳を垂れるジェンティアナとエンロートから遠ざかりながら、山賊たちは軽口を叩きあっていた。
「しかし、割とあっさり喋ったもんだな」
「俺らがそこそこ内情を知ってたのが効いたか?」
「ああいうのは刃物で脅すだけじゃダメなんだよ。情報や感情で外堀を埋めていかねえとな」
「ノルドグレーンのことはともかく、リードホルムの宮廷事情は俺の守備範囲外だったからな。さすがはリースベット様だぜ」
「その名で呼ぶんじゃねえ。とっとと帰るぞ」
意気揚々と引き上げてゆく山賊たちの後ろ姿を、エンロートは目を細めて見つめていた。
珍しく夢を見ることなく熟睡したためか、疲れはほとんど残っていない。周囲を見渡すと、ミルヴェーデンは岩棚に背をあずけ、剣を抱いて眠っている。
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「ロブネルが……?」
「おれはけっこう前に起きたけど、その時からいなかったんだ」
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二人の不穏な話し声でミルヴェーデンも目を覚ましたようだが、相変わらずの無口さで、ただぎらついた視線のみで意思疎通を試みている。
「ミルヴェーデン、きみはロブネルの姿を見なかったか?」
蓬髪の剣士は黙ったまま、首をゆっくりと左右に振る。
「あいつ、一人で行っちまったんじゃねえだろうな」
「そんな無謀なことを……いや」
「無謀とか寝坊とか、言って通じる奴じゃねえと思うぜ」
「その通りだ。独断専行とは……やむを得ん、急ごう」
フェルディンとカールソンは荷物をまとめ、急ぎロブネルの後を追うことにした。ミルヴェーデンもとくに不平を漏らすでもなく、ふたりの行動に準じた。
キツツキやツグミのせわしない鳴き声で、リースベットは短い眠りから目覚めた。その眠たげな顔からは、ふだんの嘲弄的に歪んだ笑みや戦いで見せる残虐な表情は想像しがたい。
「……何だ、起こしてくれって言ったのに」
「気持ちよさそうに寝てたもんでな」
「あたしだけしっかり休んじまったか」
老弓師ユーホルトが皮肉っぽく笑いながら返答した。包まっていた毛皮から這い出て、あくびをしつつリースベットはつぶやき、寝乱れた髪をなでつけながら周囲を見渡す。岩棚の端に腰掛けていたバックマンは、肩をほぐすように首を回している。
「見ての通り、俺らも何かしてたわけじゃねえけどな。いいかげん夜も明けてるってのに、奴さんはまだ来ねえ」
「もう日が出て一時は経ってんだろ。ずいぶんのんびりした早馬だな」
「いや、待て」
ユーホルトは言いながら矢筒から矢を抜き、長弓につがえた。その細い矢には鏃が付いておらず、かわりに丸く削られた木材がくくりつけられている。
バックマンとリースベットの二人はユーホルトに駆け寄り、身を低くして老弓師の視線を追った。
「こいつは飛ばんから、引きつけなきゃならん」
ユーホルトが弦を引き絞って狙いを定めていると、やがて山道の向こうから一頭の馬が駆けてくるのが見えてきた。リズミカルな蹄の音が徐々に大きくなり、木々の枝葉が射線を遮らないタイミングを見計らって矢が放たれる。
一瞬の間をおいて、馬のいななきと草葉のざわめきが聞こえた。
「さすがだぜ。あたしは適当に石でも投げようかと思ってたが」
「馬は驚いて東のほうに走ってった。乗ってるやつは振り落とされたようだ。完璧だな」
バックマンが望遠鏡を覗き、万事重畳に状況が運んでいることを確認した。
「尋問はお前さんらに任せよう。俺は馬を探してくる」
「あたしの見立て通りなら、これからも奴には情報を運んでもらわなきゃいけねえからな」
三人は勇んで物見の岩山を駆け下り、それぞれの目的地へと向かった。
厚手のクロークを羽織った男が山道の端で腰を押さえ、衣服に付いた土を払い落としている。困り果てたように周囲を見渡し、どうやら走り去った馬を探しているようだ。
「よう旅のお方。ずいぶん参ってるようじゃねえか」
リースベットがトウヒの枝の上で脚を組んで頬杖をつき、楽しげに声をかけた。男は返答せず身構えるが、なにか武器を持っている様子はない。
「そう警戒しなさんな。なにも取って食おうってんじゃねえんだから」
男の背後にある太い幹の陰からは、バックマンが邪悪な笑みを湛えて姿を表す。山賊のふたりともが、絵に描いたような悪漢ぶりだった。
男は進退窮まった状況にあることを悟ってか、両手を上げて無抵抗の意思表示をする。
「……金目のものなど持っていないぞ」
「そいつは見れば分かる。あんたも俺らと同じで、金持ってそうなナリはしてねえよ」
「だが他のモンはどうかな?」
「なんだと……?」
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「金目の物を持ってねえ、って言葉は信じるぜ。運んでんのは違うモノだろ?」
「そいつを素直に吐き出せば、命が助かるばかりか馬も返してやる。ついでに飴菓子のひとつもくれてやってもいい」
「何を言って……」
「あんまり無駄な時間を取らせるなよ?」
リースベットは呆れたように言うと、座っていた枝をククリナイフで斬り落として木から飛び降りた。人ひとりの体重を支えられる太さの枝が、湿った音を立てて男の眼前に落ちた。
「だんまり決め込もうってんなら、次に地面に落ちんのは、お前の腕だ」
リースベットは路傍の石を見るような目で、男の胸元にオスカを突きつけた。
「早く言わねえと、腕どころか首まで落とされるぞ。それとも拷問がいいか? うちには、やる方の経験者がいてな……」
これはバックマンの虚言であり、ティーサンリードにそのような前歴をもつ者はいない。
「わ、分かった……だがおそらく、お前たちの役に立つ話ではないぞ」
「そいつはあたしらが決めることだ。言え、ヘルストランドで誰と会ってる」
「……エイデシュテット宰相だ」
わずかにためらいながらも、男は口を開いた。思いがけない大物の名にリースベットは驚きの声を上げ、バックマンは短く口笛を吹く。
「こいつは大した獲物が釣れたな」
「アウグスティンの腰巾着か……てことはお前、あのマヌケ王子を操る指令を運んでるわけだな」
「となるとノルドグレーン側の人間は、おおかた情報局のハッセルブラードあたりか」
男はリースベットとバックマンの言葉に驚き、目を見開いて二人の山賊を交互に振り返った。
酒屋政談でまれに噂され、陰謀論として片付けられるが実は正鵠を得ている“リードホルムのアウグスティン王子傀儡説”は、ノルドグレーン公国の最重要機密だ。
さらにはノルドグレーン公国外務省の外局にあたる秘密主義的な部署の局長の名が、たかが山賊と侮っていた男の口から発せられた。同国の国民ですら、知っている者は少ない。
「どうやら図星らしいな」
「なぜ山賊がそこまで知っている……」
「いろいろあんだよ、生きていくためにはな」
「そういう訳だ。こっちも素人じゃねえ。嘘はすぐバレるぜ」
「ところでお前、名は?」
リースベットの問いに、男はやはりだんまりを決め込む。
「別に、伝達役が機密情報を山賊に流してる、なんてノルドグレーンにチクるような真似はしねえよ。あたしらは情報がほしいだけだ」
「あんたも宮仕えなら、まるっきりのバカじゃねえだろ、ちょっと考えてみるといい。山賊に関係がバレたと報告したとして、表向きは交友関係を結んでる国に、討伐の兵を気軽に送れるかどうか、ってな」
「定期的に報告するんなら身の安全は保証するし、なんだったら本物の追い剥ぎから道中守ってやってもいい」
男は困惑しているようで、クロークの下で両手を所在無げにもつれさせている。
「ちなみにあたしの暗殺には、あいつらは既にいちど失敗してる」
「それは知っている。部隊派遣の指示も失敗の報も、運んだのは私だ」
リースベットたちの素性に、男は話の中で気付いたようだ。
「あんた、ずいぶんと物知りだな。そんだけ事情通だと、いつか奴らに殺されるかもな」
「バカな! 私は……」
男はバックマンの言葉を否定しようとしたが、口を開けたまま二の句を継げずにいる。前例となるような出来事でも思い出したようだ。
「まだ名前を聞いてねえな」
「……別に、このさい偽名でも構わねえぜ? 呼べりゃ何でもいいんだ」
「おかしな連中だな……私の名はエンロートだ」
山賊たちが話の通じない暴漢でなかったことに安堵してか、エンロートの表情がわずかに緩んだ。リースベットも満足げな笑顔を見せる。
「よし、いい子だエンロート。それで今日の積み荷はなんだ?」
「……大したものではない。リードホルム国内のカッセル王国に対する国民感情と、近衛兵の動向だ」
「そいつは定期的に報告してんのか?」
「そうだ」
「近衛兵まで気にかけてるあたり、連中なにか企んでやがんな……」
「上の連中の意図までは知らん。私はただの伝達役だ」
「リーパーだけで編成された、一万の練兵に勝るとも言われる近衛兵だ。リードホルムを敵視してる連中にとっちゃ、気が気でない不安要素だからな」
「そしてカッセルに対する国民感情……分断して統治せよ、の効果確認か」
バックマンが顎に手を当てて独り言をつぶやいていると、山道のむこうにユーホルトの姿が見えた。老弓師は馬を引き連れている。
「お二人さん、首尾よくいってるか?」
「あれは私の愛馬ではないか……」
「言ったろ、返してやるってな」
「おお、よく戻ってきたジェンティアナ」
落ち着いた様子で鼻を鳴らす馬を見て、エンロートの表情が柔和になった。長く道行きをともにして、情が移っているのだろう。
栗毛のたくましい首筋を撫でながら、リースベットに向き直る。
「ひとつ教えてやろう。リードホルムは今後、ノルドグレーンへの物資輸送には水路を使う方針でいる」
「へえ、さすがにあたしらに対する対策を立てたか」
「リラ川を下ってミヴァル川に合流すれば、オルヘスタルスタッドが近い。そっから先は俺らも手出しできねえからな」
「船はちょいと面倒だな。俺の弓で船頭を撃ったところで、お宝が川に沈んじまったら元も子もねえ。戻ったらやり方を考えるか」
エンロートは栗毛の馬を丹念に観察し、怪我がないか気づかっている。
「……もうそろそろ開放してくれないか。あまり遅れると怪しまれる」
「しゃあねえ、今日はこのへんでお開きだ」
「まあ、用があったらまた呼び止めるぜ」
「頼む……協力はするから、馬を撃つのはやめてほしい」
「分かった分かった、他の方法を考えるよ」
リースベットは乾いた笑い声まじりに言い、手の甲を振ってぞんざいに別れを告げた。エンロートは解放を急かした割に、鞍や馬銜といった馬具の状態を丹念に確認している。
落ち着いた様子で耳を垂れるジェンティアナとエンロートから遠ざかりながら、山賊たちは軽口を叩きあっていた。
「しかし、割とあっさり喋ったもんだな」
「俺らがそこそこ内情を知ってたのが効いたか?」
「ああいうのは刃物で脅すだけじゃダメなんだよ。情報や感情で外堀を埋めていかねえとな」
「ノルドグレーンのことはともかく、リードホルムの宮廷事情は俺の守備範囲外だったからな。さすがはリースベット様だぜ」
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