241 / 281
簒奪女王
後宮の使者 7
しおりを挟む
「主公様、この男はどうされます?」
暴漢の背に馬乗りになったルーデルスがベアトリスに問う。暴漢はどうやら気を失っているようだ。
「もちろん聞きたいことがあるわ。だから殺さなかったのでしょう、オラシオ?」
「ええ。犠牲となった私の右手に、報いるだけの情報は欲しいものです」
「……ちょうど、糾問の専門家たちが来たようね」
危機が去って一息ついたベアトリスたちのもとに、数人の衛兵が息せき切って駆けつけてきた。その先頭には見知った顔がある。歴戦の勇士にしてノア王の側近、トマス・ブリクストだ。
「なんと……王妃様!」
ブリクストは、この場にベアトリスの姿があることに驚きの声を上げた。
「炊殿に不審者が押し入ったと聞いて来たのですが、よもや王妃様がおいでになっていたとは……お怪我はありませんか?」
「さいわい、ね。オラシオはしばらく利き手でフォークを持てなそうだけれど」
「アルバレス殿か。貴公が怪我をするとは珍しい」
「私とて切れば血の出る人間なのですよ」
「貴公の神出鬼没に助けられたな……。しかし賊徒め、よもや王妃様を襲おうとは」
「いえ、主公様を狙っての狼藉だったのではなさそうですよ、ブリクスト卿」
「そうなのですか?」
「そもそも、私が王妃であることさえ知らなかったようだったわ、この男は」
「なるほど……。どうやら別の裏がありそうですな」
「でしょうね」
神妙な顔で思量するブリクストに、衛兵の一人が声をかけた。
「ブリクスト様、小官はこの男に見覚えがあります」
「本当か」
「はい。たしか、後宮に食料を納品している業者の一人だったかと」
「なに……?」
後宮という言葉に、ブリクストの顔が険しさを増した。
ノアとラーシュ、双方と接したことのあるベアトリスには、現王家と前王の後宮がだいぶ険悪な状態にあることは容易に察せられる。ブリクストは並ぶ者のないノア王の忠臣であり、後宮勢力の動向は彼にとっても重大な懸案事項だったのだろう。
「城門の番をしていた折、何度か見かけた顔です。その時は特に怪しいこともなかったため、名前までは覚えておりませんが……申し訳ありません」
「それだけ分かれば充分だ。管理部に問い合わせれば、入城の記録が残っているだろうからな」
「そのはずです」
ブリクストは何かを確信したようにうなずき、ベアトリスに向きなおった。
「……王妃様、この男の身柄、私が引き受けてもよろしいでしょうか? 然るべき処罰は無論のこと、知り得た情報は後日すべて報告いたしますゆえ」
「構わないわ」
「よし。地下監獄の別室に連れて行け」
「はい」
二人の衛兵が暴漢を引き起こし、南の廊下を引きずっていった――それを見て取ったように、かがんでアニタを手当てしていたエステルが立ち上がった。エステルは洗いたての手拭いをアリサに手渡す。
「王妃様、これをアルバレスさんの傷に」
「助かるわ」
「……この前はミカルに学問を教えていただいた上、今こうしてアニタを救っていただき、恐れ多くも……母として感謝を申し上げます」
「ありがとうございます」
アニタもエステルと並んでベアトリスの前にひざまずいた。
「この子が、あなたの……?」
「はい」
その少女の面差しは、エステルとあまり似ていないようだ。
暴漢の背に馬乗りになったルーデルスがベアトリスに問う。暴漢はどうやら気を失っているようだ。
「もちろん聞きたいことがあるわ。だから殺さなかったのでしょう、オラシオ?」
「ええ。犠牲となった私の右手に、報いるだけの情報は欲しいものです」
「……ちょうど、糾問の専門家たちが来たようね」
危機が去って一息ついたベアトリスたちのもとに、数人の衛兵が息せき切って駆けつけてきた。その先頭には見知った顔がある。歴戦の勇士にしてノア王の側近、トマス・ブリクストだ。
「なんと……王妃様!」
ブリクストは、この場にベアトリスの姿があることに驚きの声を上げた。
「炊殿に不審者が押し入ったと聞いて来たのですが、よもや王妃様がおいでになっていたとは……お怪我はありませんか?」
「さいわい、ね。オラシオはしばらく利き手でフォークを持てなそうだけれど」
「アルバレス殿か。貴公が怪我をするとは珍しい」
「私とて切れば血の出る人間なのですよ」
「貴公の神出鬼没に助けられたな……。しかし賊徒め、よもや王妃様を襲おうとは」
「いえ、主公様を狙っての狼藉だったのではなさそうですよ、ブリクスト卿」
「そうなのですか?」
「そもそも、私が王妃であることさえ知らなかったようだったわ、この男は」
「なるほど……。どうやら別の裏がありそうですな」
「でしょうね」
神妙な顔で思量するブリクストに、衛兵の一人が声をかけた。
「ブリクスト様、小官はこの男に見覚えがあります」
「本当か」
「はい。たしか、後宮に食料を納品している業者の一人だったかと」
「なに……?」
後宮という言葉に、ブリクストの顔が険しさを増した。
ノアとラーシュ、双方と接したことのあるベアトリスには、現王家と前王の後宮がだいぶ険悪な状態にあることは容易に察せられる。ブリクストは並ぶ者のないノア王の忠臣であり、後宮勢力の動向は彼にとっても重大な懸案事項だったのだろう。
「城門の番をしていた折、何度か見かけた顔です。その時は特に怪しいこともなかったため、名前までは覚えておりませんが……申し訳ありません」
「それだけ分かれば充分だ。管理部に問い合わせれば、入城の記録が残っているだろうからな」
「そのはずです」
ブリクストは何かを確信したようにうなずき、ベアトリスに向きなおった。
「……王妃様、この男の身柄、私が引き受けてもよろしいでしょうか? 然るべき処罰は無論のこと、知り得た情報は後日すべて報告いたしますゆえ」
「構わないわ」
「よし。地下監獄の別室に連れて行け」
「はい」
二人の衛兵が暴漢を引き起こし、南の廊下を引きずっていった――それを見て取ったように、かがんでアニタを手当てしていたエステルが立ち上がった。エステルは洗いたての手拭いをアリサに手渡す。
「王妃様、これをアルバレスさんの傷に」
「助かるわ」
「……この前はミカルに学問を教えていただいた上、今こうしてアニタを救っていただき、恐れ多くも……母として感謝を申し上げます」
「ありがとうございます」
アニタもエステルと並んでベアトリスの前にひざまずいた。
「この子が、あなたの……?」
「はい」
その少女の面差しは、エステルとあまり似ていないようだ。
0
お気に入りに追加
40
あなたにおすすめの小説
5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?
gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。
そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて
「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」
もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね?
3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。
4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。
1章が書籍になりました。
夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました
氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。
ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。
小説家になろう様にも掲載中です
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
【完結】皇太子の愛人が懐妊した事を、お妃様は結婚式の一週間後に知りました。皇太子様はお妃様を愛するつもりは無いようです。
五月ふう
恋愛
リックストン国皇太子ポール・リックストンの部屋。
「マティア。僕は一生、君を愛するつもりはない。」
今日は結婚式前夜。婚約者のポールの声が部屋に響き渡る。
「そう……。」
マティアは小さく笑みを浮かべ、ゆっくりとソファーに身を預けた。
明日、ポールの花嫁になるはずの彼女の名前はマティア・ドントール。ドントール国第一王女。21歳。
リッカルド国とドントール国の和平のために、マティアはこの国に嫁いできた。ポールとの結婚は政略的なもの。彼らの意志は一切介入していない。
「どんなことがあっても、僕は君を王妃とは認めない。」
ポールはマティアを憎しみを込めた目でマティアを見つめる。美しい黒髪に青い瞳。ドントール国の宝石と評されるマティア。
「私が……ずっと貴方を好きだったと知っても、妻として認めてくれないの……?」
「ちっ……」
ポールは顔をしかめて舌打ちをした。
「……だからどうした。幼いころのくだらない感情に……今更意味はない。」
ポールは険しい顔でマティアを睨みつける。銀色の髪に赤い瞳のポール。マティアにとってポールは大切な初恋の相手。
だが、ポールにはマティアを愛することはできない理由があった。
二人の結婚式が行われた一週間後、マティアは衝撃の事実を知ることになる。
「サラが懐妊したですって‥‥‥!?」
愛人をつくればと夫に言われたので。
まめまめ
恋愛
"氷の宝石”と呼ばれる美しい侯爵家嫡男シルヴェスターに嫁いだメルヴィーナは3年間夫と寝室が別なことに悩んでいる。
初夜で彼女の背中の傷跡に触れた夫は、それ以降別室で寝ているのだ。
仮面夫婦として過ごす中、ついには夫の愛人が選んだ宝石を誕生日プレゼントに渡される始末。
傷つきながらも何とか気丈に振る舞う彼女に、シルヴェスターはとどめの一言を突き刺す。
「君も愛人をつくればいい。」
…ええ!もう分かりました!私だって愛人の一人や二人!
あなたのことなんてちっとも愛しておりません!
横暴で冷たい夫と結婚して以降散々な目に遭うメルヴィーナは素敵な愛人をゲットできるのか!?それとも…?なすれ違い恋愛小説です。
※感想欄では読者様がせっかく気を遣ってネタバレ抑えてくれているのに、作者がネタバレ返信しているので閲覧注意でお願いします…
【1/23取り下げ予定】愛されない妃ですので。
ごろごろみかん。
恋愛
王妃になんて、望んでなったわけではない。
国王夫妻のリュシアンとミレーゼの関係は冷えきっていた。
「僕はきみを愛していない」
はっきりそう告げた彼は、ミレーゼ以外の女性を抱き、愛を囁いた。
『お飾り王妃』の名を戴くミレーゼだが、ある日彼女は側妃たちの諍いに巻き込まれ、命を落としてしまう。
(ああ、私の人生ってなんだったんだろう──?)
そう思って人生に終止符を打ったミレーゼだったが、気がつくと結婚前に戻っていた。
しかも、別の人間になっている?
なぜか見知らぬ伯爵令嬢になってしまったミレーゼだが、彼女は決意する。新たな人生、今度はリュシアンに関わることなく、平凡で優しい幸せを掴もう、と。
*年齢制限を18→15に変更しました。
この度、皆さんの予想通り婚約者候補から外れることになりました。ですが、すぐに結婚することになりました。
鶯埜 餡
恋愛
ある事件のせいでいろいろ言われながらも国王夫妻の働きかけで王太子の婚約者候補となったシャルロッテ。
しかし当の王太子ルドウィックはアリアナという男爵令嬢にべったり。噂好きな貴族たちはシャルロッテに婚約者候補から外れるのではないかと言っていたが
王子殿下の慕う人
夕香里
恋愛
エレーナ・ルイスは小さい頃から兄のように慕っていた王子殿下が好きだった。
しかし、ある噂と事実を聞いたことで恋心を捨てることにしたエレーナは、断ってきていた他の人との縁談を受けることにするのだが──?
「どうして!? 殿下には好きな人がいるはずなのに!!」
好きな人がいるはずの殿下が距離を縮めてくることに戸惑う彼女と、我慢をやめた王子のお話。
※小説家になろうでも投稿してます
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる