簒奪女王と隔絶の果て

紺乃 安

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簒奪女王

王の隣人たち 11

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「王妃様!」
「え? 王妃様?」
「これは、とんだ失礼を……」
「構わないわ。別に権威をひけらかすために来ていたのではないのだし」
「申しわけありません、まさかこんなに頭のいい人が王妃様だとは思わず……」
「ミカル」
 大柄な女中は、よくわからないごとを述べる少年の頭を下げさせながら、自身も頭を下げた。
 ミカルと呼ばれた少年の言いようでは、王妃という存在は総じて知能に難がある――そう遠回しに言っているようなものだ。
「重ね重ね申し訳ありません」
「いいわ。……まさか王城の廊下を歩いていて、三年前に学んだ哲学史について講釈することになるとは思わなかったけれど」
「主公様は何だってできるんです!」
 わがことのように得意げな顔をしているアリサを、ルーデルスはあわれむような瞳で見ていた。
「一体なにをしてもらったの?」
「この本の読み方を教えてもらったんだ」
「そう……借りてくる本を間違えたかしら」
「王族なんて着飾ってるだけでみんな頭は悪いんだ、ってリース姉さん言ってたけど」
「その話はやめなさい」
 女中とミカルが声をひそめて話している。その内容は、耳のよいルーデルス以外には届いていなかった。ふと、二人の姿を見て、あるうわさがベアトリスの脳裏のうりをよぎった。 
「ちょっと待って。ひょっとして、あなたがエステル・マルムストレム?」
「はい。……なぜ私のことを?」
「いえ……子供を連れた腕のよい料理人がいる、と聞いていたのよ」
 ベアトリスはエステルの顔に見覚えがあった。以前、フリーダの部屋を訪ねる前に、ベアトリスを威嚇いかくした黒猫が駆け込んでいった部屋から出てきた女中だ。そしてもう一つの記憶が呼び起された。ノアに結婚を申し入れに行った際、部屋にベアトリスを案内したのも、背格好や髪色からしておそらくエステルだったのだろう。
「お見知りおきいただけ……光栄の至りです。私は今のところ、ノア王の専属料理人ということになっております。いずれ王妃様のお口に入ることもありましょう」
「そうね。その時を楽しみにしているわ」
 まだ格式ばった礼儀作法に慣れていないといった様子で、エステルは深々と辞儀をした。ベアトリスは笑顔で応じ、視察に戻ろうとした。
「王妃様」
 その背中を、エステルが遠慮がちに呼び止めた。
「この子の不躾ぶしつけな問いに答えていただき、ありがとうございます」
 エステルは静かに腰を折って礼を述べた。
「ミカルと言ったかしら」
「はい」
「数年後になるかもしれないけれど、ヘルストランド郊外に学校が建つわ。一般にも広く門戸もんこを開いた」
「……じゃあ、僕もそこで学べますか?」
「どうかしら……。学ぶどころか、教える側に立っているかもしれないわね」
 ベアトリスはいたずらっぽい笑顔と言葉を残して立ち去った。その背中を、エステルとミカルはしばし呆然ぼうぜんと眺めていた。
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