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ノルドグレーン分断
冬の胎動 8
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ふたりで階段を降りながら、グスタフソンはエディットの背中に問いかけた。
「しかし、中央への言い訳はどうするのだ? よもやローセンダール家の戦力温存のために撤退した、などとは言えまい」
「さてねえ……カッセル軍の数が思ったより多かった、侵攻にあわせて住民が蜂起した、といった程度かしら」
「俺がああ言った舌の根も乾かぬうちに」
「言い訳の機会があれば、の話」
「……議会も開けぬほど対立が激化するというのか?」
「もっとも悪い予測が当たればね」
「そうならんことを願うよ」
エディットは軽い口調で答えたが、彼女の表情には緊張の色が見える。
ミットファレット失墜の申し開きを述べる機会がない――それはつまり、ベアトリスとヴァルデマルが、グラディス・ローセンダール家とノルドグレーン主流派が、明確に衝突し合うという事態を意味する。
グスタフソン連隊は予定通りに、整然とミットファレットからの撤退を開始した。目的地はベアトリスの本拠地グラディスだ。大都市のグラディスならば3000の兵も受け入れることができ、また所属兵たちの中にはグラディスおよびその周辺で徴集された者が多い。
そしてこの撤退には、エディット・フォーゲルクロウも帯同していた。じつはエディットにとって、これは重大な決断の末の行動だった。
現在ノルドグレーン内において、誰の目にもベアトリス派と映っているエディットだったが、立場上はあくまで議会によって任命された県令に過ぎなかった。そうである以上、議会から解任、帰還の指示があれば従わざるを得ない。だが、現時点でそうした下命はない。つまりエディットが独断でミットファレットを離れたという行為は、議会からは職務放棄であると指弾されて然るべき行いだ。
エディットがあえて議会に背く道を選んだのは、ノルドグレーン、ベアトリス、そして我が身の行く末について確信があってのことだった。今回のカッセル軍による侵攻と、それに呼応したように迅速なノルドグレーン中央からの援軍の裏にあるものは、いよいよ産まれようとしている内乱の胎動――すなわちヴァルデマルからベアトリスに対する宣戦布告である、と――。
この見込みが正しければ、エディットは戦後、ミットファレット失墜の責任を問われて県令職を剥奪されるどころでは済まないだろう。ベアトリス派――つまりノルドグレーン主流派に敵対する造反者として、粛清の憂き目に遭う未来すらもあり得るのだ。
一方、エディットにはもうひとつの、選ばなかった道も見えてはいた。
「しかし、中央への言い訳はどうするのだ? よもやローセンダール家の戦力温存のために撤退した、などとは言えまい」
「さてねえ……カッセル軍の数が思ったより多かった、侵攻にあわせて住民が蜂起した、といった程度かしら」
「俺がああ言った舌の根も乾かぬうちに」
「言い訳の機会があれば、の話」
「……議会も開けぬほど対立が激化するというのか?」
「もっとも悪い予測が当たればね」
「そうならんことを願うよ」
エディットは軽い口調で答えたが、彼女の表情には緊張の色が見える。
ミットファレット失墜の申し開きを述べる機会がない――それはつまり、ベアトリスとヴァルデマルが、グラディス・ローセンダール家とノルドグレーン主流派が、明確に衝突し合うという事態を意味する。
グスタフソン連隊は予定通りに、整然とミットファレットからの撤退を開始した。目的地はベアトリスの本拠地グラディスだ。大都市のグラディスならば3000の兵も受け入れることができ、また所属兵たちの中にはグラディスおよびその周辺で徴集された者が多い。
そしてこの撤退には、エディット・フォーゲルクロウも帯同していた。じつはエディットにとって、これは重大な決断の末の行動だった。
現在ノルドグレーン内において、誰の目にもベアトリス派と映っているエディットだったが、立場上はあくまで議会によって任命された県令に過ぎなかった。そうである以上、議会から解任、帰還の指示があれば従わざるを得ない。だが、現時点でそうした下命はない。つまりエディットが独断でミットファレットを離れたという行為は、議会からは職務放棄であると指弾されて然るべき行いだ。
エディットがあえて議会に背く道を選んだのは、ノルドグレーン、ベアトリス、そして我が身の行く末について確信があってのことだった。今回のカッセル軍による侵攻と、それに呼応したように迅速なノルドグレーン中央からの援軍の裏にあるものは、いよいよ産まれようとしている内乱の胎動――すなわちヴァルデマルからベアトリスに対する宣戦布告である、と――。
この見込みが正しければ、エディットは戦後、ミットファレット失墜の責任を問われて県令職を剥奪されるどころでは済まないだろう。ベアトリス派――つまりノルドグレーン主流派に敵対する造反者として、粛清の憂き目に遭う未来すらもあり得るのだ。
一方、エディットにはもうひとつの、選ばなかった道も見えてはいた。
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