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ノルドグレーン分断
冬の胎動 2
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ミットファレット県令の人選は立候補者皆無のため推薦制に移行し、ノルドグレーン最高議会はグラディス・ローセンダール家にその面倒ごとを押し付けた。
議会の決定に抗うわけにもゆかず、ベアトリスは菫青石の瞳を怒りの炎で揺らめかせながらも決議を受け入れた。
現在グラディス・ローセンダール家は、ミットファレットの治安維持とカッセルに対する防備のため、当地に多数の私兵団を駐屯させている。これはベアトリスにとって悩ましい人的資源の浪費だ。
ミットファレットに駐留しているグスタフソン将軍の連隊は、ベアトリスの私兵団ではもっとも強大な部隊である。だがこの3000名からなる連隊の兵士たちは、防衛任務がなければ農民に戻ったり、労働者としてランバンデッドの開発に従事していたはずの者たちだ。さりとて治安維持の人員を出し惜しむと、エディットやグスタフソンの身に危険が及ぶ可能性もある。不測の事態を避けるためにも数は必要なのだ。
「ミットファレットは今のところ、ノルドグレーンにとって重要な都市ではないわ。無論わたしにとってもそれは同じ」
「でも、町の北側はすぐカッセル王国ですよね。もともとあんまり仲の良くない……けっこう重要な気がするんですけど」
「そう。戦略上の要地となる条件はそれ。ノルドグレーンがカッセルに大規模侵攻する際の、中継基地となる場合よ。でも私を含め、誰もミットファレットの領有には手を挙げなかった。つまり、ノルドグレーンの誰も、カッセルに侵攻する気はないのよ。今のところはね」
「じゃあ、もし今回、カッセルが攻めてきたら……?」
「すみやかに明け渡すだけよ。エディットさんともそう話してあるわ」
ベアトリスにカッセル侵攻の野心があるならともかく、そうでない以上、ミットファレットには犠牲を払って守るだけの価値はない。
侵攻を受けた場合、よほど圧倒的な戦力差がない限りは戦わずに撤退する――それも、戦力温存に強く傾斜して状況の見極めを行う――エディットとはそのように申し合わせていた。また、グスタフソンは能力と忠誠心が高水準で均衡している得難い軍人であり、その子飼いの部隊を無為な小競り合いで消耗する愚も避けたい。ましてや、アルバレスの存在ひとつで勝敗の境界線が前後するような際どい戦闘など論外である。
そうしてグラディス・ローセンダール家の戦力が消耗したとき、したり顔でベアトリスの窮状を眺めているのは、ヴァルデマル・ローセンダールだろう。このローセンダール家宗主は、ベアトリスと強く反目し合う敵同士だ。ここ数ヶ月は議会の席で嫌味を言ってくる程度だったが、そろそろグラディス・ローセンダール家の併呑のため何か仕掛けてくる――ベアトリスはそう予測していたし、ヴァルデマルの派閥内には兵員増強の動きもあった。
「しかし……経緯はどうあれ、ミットファレットを失墜したとあっては、議会での問責は免れぬのでは?」
「それはそのとおりよ。ただ、カッセルと戦った末に敗れて兵を失った状態で受ける問責と、戦力を維持したまま受ける問責とでは、導き出せる結果は異なるわ」
「なるほど。言わばグスタフソン将軍の兵は、カッセルからではなく議会から主公様を守ると」
「そうとも言えるわね」
「エディット女史の処遇はどうなさるのです? 主公様の頼みでミットファレットの県令代理に就かれたお方、それをただ無為徒食の身とするのは道義にも悖りましょう」
「そうね、ランバンデッドでも譲ろうかしら」
「えー!?」
議会の決定に抗うわけにもゆかず、ベアトリスは菫青石の瞳を怒りの炎で揺らめかせながらも決議を受け入れた。
現在グラディス・ローセンダール家は、ミットファレットの治安維持とカッセルに対する防備のため、当地に多数の私兵団を駐屯させている。これはベアトリスにとって悩ましい人的資源の浪費だ。
ミットファレットに駐留しているグスタフソン将軍の連隊は、ベアトリスの私兵団ではもっとも強大な部隊である。だがこの3000名からなる連隊の兵士たちは、防衛任務がなければ農民に戻ったり、労働者としてランバンデッドの開発に従事していたはずの者たちだ。さりとて治安維持の人員を出し惜しむと、エディットやグスタフソンの身に危険が及ぶ可能性もある。不測の事態を避けるためにも数は必要なのだ。
「ミットファレットは今のところ、ノルドグレーンにとって重要な都市ではないわ。無論わたしにとってもそれは同じ」
「でも、町の北側はすぐカッセル王国ですよね。もともとあんまり仲の良くない……けっこう重要な気がするんですけど」
「そう。戦略上の要地となる条件はそれ。ノルドグレーンがカッセルに大規模侵攻する際の、中継基地となる場合よ。でも私を含め、誰もミットファレットの領有には手を挙げなかった。つまり、ノルドグレーンの誰も、カッセルに侵攻する気はないのよ。今のところはね」
「じゃあ、もし今回、カッセルが攻めてきたら……?」
「すみやかに明け渡すだけよ。エディットさんともそう話してあるわ」
ベアトリスにカッセル侵攻の野心があるならともかく、そうでない以上、ミットファレットには犠牲を払って守るだけの価値はない。
侵攻を受けた場合、よほど圧倒的な戦力差がない限りは戦わずに撤退する――それも、戦力温存に強く傾斜して状況の見極めを行う――エディットとはそのように申し合わせていた。また、グスタフソンは能力と忠誠心が高水準で均衡している得難い軍人であり、その子飼いの部隊を無為な小競り合いで消耗する愚も避けたい。ましてや、アルバレスの存在ひとつで勝敗の境界線が前後するような際どい戦闘など論外である。
そうしてグラディス・ローセンダール家の戦力が消耗したとき、したり顔でベアトリスの窮状を眺めているのは、ヴァルデマル・ローセンダールだろう。このローセンダール家宗主は、ベアトリスと強く反目し合う敵同士だ。ここ数ヶ月は議会の席で嫌味を言ってくる程度だったが、そろそろグラディス・ローセンダール家の併呑のため何か仕掛けてくる――ベアトリスはそう予測していたし、ヴァルデマルの派閥内には兵員増強の動きもあった。
「しかし……経緯はどうあれ、ミットファレットを失墜したとあっては、議会での問責は免れぬのでは?」
「それはそのとおりよ。ただ、カッセルと戦った末に敗れて兵を失った状態で受ける問責と、戦力を維持したまま受ける問責とでは、導き出せる結果は異なるわ」
「なるほど。言わばグスタフソン将軍の兵は、カッセルからではなく議会から主公様を守ると」
「そうとも言えるわね」
「エディット女史の処遇はどうなさるのです? 主公様の頼みでミットファレットの県令代理に就かれたお方、それをただ無為徒食の身とするのは道義にも悖りましょう」
「そうね、ランバンデッドでも譲ろうかしら」
「えー!?」
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