簒奪女王と隔絶の果て

紺乃 安

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氷の城

二人の虚実 2

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 三年前に出会った頃は、もう少し真摯しんしたたずまいで、あまり皮肉を好むような人ではなかった。そうであればこそ、として接してきたのだが、会うたびその印象は変容してゆき――いつまでも居心地の悪さが残り続けるノアのふるまいに、ベアトリスは胸の奥でかすかなつかえがとれずにいる。
「しかし意外だったな。あなたがサンテソンの提示した学部案まで受け入れるとは」
「端々に至るまで私の指示どおりの教育課程を組み、こちらに都合の良い人材を育成する……とでも危惧きぐされていたようですね」
「王室関係者幾人かの共通見解だ。その中には私も含まれている」
「そこまで迂遠うえんな手段というのは、あまり好みではありませんわね。ノルドグレーン国家情報局あたりのやり口のようで」
 ノルドグレーン国家情報局、という言葉に、側近の男がわずかに反応した気がした。
 ベアトリスは余裕の笑みを浮かべたが、死面デスマスクが貼り付いたようなノアの冷たい表情は崩れなかった。
 後に通称で『ローセンダール学園』と呼ばれる新設校の学科は、神学、法学、哲学を主軸とすることが、サンテソンを中心とした図書省内の検討会で取りまとめられていた。中でも特筆すべきは、神学が新興のソレンスタム教ではなく、伝統的なファンナ教に基づいた内容となる点だった。これはノアの意向も反映されてのことだ。
「リードホルム王室には、ファンナ教にまつわる膨大ぼうだいな文献が所蔵されていると聞きます。そして教鞭きょうべんをとるべき神学者も存在する。その点からも妥当な選択と思いますが」
「サンテソンが退席する前に言ってくれれば、彼は感動の涙を流しただろうに」
「そこまで考えていると知れたら、かえって疑念を生みましょう」
「まあ、できすぎているな」
 長いまつ毛を伏し目に、書類に目を通していたノアが顔を上げた。
「ファンナ教……そうか」
「ええ。ソレンスタムではなく」
「ノルドグレーンでは、とくに猛威をふるっているのだったな」
「疫病のような言いようですのね」
「あなたもそう考えているのだろう?」
「ノルドグレーンにおいては、信仰は無論のこと自由ですし、聖典の解釈を新たにするのも良いでしょう。しかし、贖宥しょくゆう状を売って財を蓄え、議会に席を求める段になっては、いよいよ看過できませんわ」
 ソレンスタム教は、ベアトリスの故国であるノルドグレーンで特に広まっている新興の宗教だった。もとはリードホルムやノルドグレーン、その他いくつかの小国を含めたノーラント世界全体で広く信仰されていた伝統宗教ファンナ教の一派だったものが、数十年ほどで急速に勢力を拡大してきている。そしてノルドグレーン公国最高議会議員の一部を買収しにかかっている、という噂が、ノルドグレーン社交界でここ数年たびたび話題となっていた。
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