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第1章 覚醒篇 ー6
第21話 ニールの報告
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「失礼します」
「え……本当に入るの?」
「はい。そのつもりです」
背を向けていた俺であったが、風呂の水位が上がり、お湯が風呂から溢れ出す。
背中にはシアラの柔らかい肌。ああ、これは完全に入っているな。
俺は呆然としながら、視界に入れないようにしてシアラに聞く。
「えっと……なんで俺と一緒にお風呂に入っているの?」
「? ダンカン様が仰りましたから」
「俺、何か言ったっけ?」
俺はシアラに何を言ったのだろう。
思い出しても何も思い出せない。
寝ぼけている間に話したのか?
「はい。好きな人と一緒にお風呂に入るのは構わないと」
「ああ。言ったね」
言ったけど!
でもそうだとしても俺と一緒に入るか?
って、俺のことが好き!?
落ち着け、相手は子供……犬や猫が好きと言っているのと同じ類のはず。
胸から飛び出しそうなほど跳ね続ける心臓を抑えて、会話の続きをする。
「あのさ、好きな人って、こう、まだ分からないだろうけどお付き合いしたいとか、結婚したいとかそういう人のことを言ってるんだけど」
「はい。私もそう認識しております」
「……俺と結婚したい?」
「私の立場で許されるなら」
おい。そんなに俺のこと好きなのかよ。
というか結婚してもいいと思えるほど好きって、いつの間にそんなに?
戸惑いを隠せない俺は、裏返る声でシアラに訊ねる。
「あー、いつからそんな風に思ってもらえているのでしょうか」
「ダンカン様は他の召使の方から守ってくれましたし、モンスターからも守ってくれました。優しいのは最初から分かっていましたが、その優しさに心を奪われました」
「いや、そんなに優しくないでしょ」
「優しいですよ。私が知る限り、一番優しいです。お母さんよりも」
それは買いかぶりすぎだ。
俺は自分ができることをやっただけで、優しくしてあげようなんて考えたこともなかった。
結果的にそう見えたのだろうが、シアラはきっと俺のことを勘違いしている。
そもそも俺は兄弟を守ることが第一で、まだシアラの気持ちに答えてやることができない。
それにシアラはまだ子供だから、こんな年齢の子と恋仲になったらそれはそれで大問題だ。
これが元の世界だったら、案件問題だ。
異世界で良かったと、不思議と落ちつく俺がいる。
「あの、シアラ。俺は兄弟のことが大事なんだ。兄弟が世界の敵になったとしたら、俺はそれでも兄弟の側につく。それぐらい皆のことが大事でさ……だからシアラの気持ちに応えるわけにはいかない」
「はい。構いません」
「構わないの?」
「ええ。お母さんが言っていました。心からの願いを想い続ければ、いつか叶う時がくると。だからその時を私は待ちます」
これからもずっと俺のことを思い続けるって!?
それは時間の無駄では。というか人生の無駄では?
「いや、あのね――」
「私は添い遂げられなくてもいいと思っていますので。重たく受け止めていただかなくて、結構です。私は自分の身分を理解しておりますので」
「でもそれじゃ、幸せになれないよ、シアラ」
「私は幸せはダンカン様と共にあること。それが私の今の幸せです」
生き方は人それぞれ。考えもそれぞれで、シアラの幸せは自分で決めるべき。
だから俺は彼女の考えを否定できないし、否定するだけの権利もない。
でも君はそれでいいのかい。
そうシアラに聞く代わりに空に浮かぶ丸い月を眺めて、俺は溜息をついた。
◇◇◇◇◇◇◇
「ちょっと奇妙な話を耳にしてね。ダンカンに話しておこうと思ったんだ」
「奇妙なこと? それってどんな話だい、ニール兄さん」
学校へ向かう前の朝。
ニールが俺の部屋を訪ねてきた。
朝食の時には何も言わなかったのに、周りには聞かれたくない話なのだろうか。
いや、違うと思う。ニールはまだ眠たそうな顔をしていた。
だから朝食の時はボーッとしていたんだろうと察する。
「実はシアラの件を調べていたんだけどね、根本から問題を解決しようとしたんだけど……おかしなことになっているんだよ」
「奇妙なことって言ってるもんね。どんな風におかしいの?」
「ああ。実は皆がある女性に、シアラを追い詰めるようにそそのかされたらしいんだけど……誰もそれを言ったのは誰だったのかを覚えていないんだ」
「犯人を覚えていない?」
それは確かに奇妙な話だ。
「それって、皆で口裏を合わしていたんじゃ……」
「僕も最初はそれを疑ったんだけどね。でもそうじゃないようだ。本当に誰も言い出した人のことを覚えていない。女性だったということぐらいしか覚えていないんだよ」
「そんなことが……」
そんなことがあり得るのだろうか。
俺はそう考え、そう口にしようとするが、ふとあることを思い出す。
【バンリィ・ドルハ】――
考えたくもないが、俺が持つ知識の中で可能性のある存在としてはそれぐらいしか思いつかない。
もし俺が思案していることが正しいとするなら……とんでもないことになるぞ。
そしてゲームとは関係のない事件が、起きているということになる。
ただの杞憂であってくれ。そう考えつつも妙な胸騒ぎを覚える。
俺は固唾を飲み込み、木造の天井を見上げるのであった。
「え……本当に入るの?」
「はい。そのつもりです」
背を向けていた俺であったが、風呂の水位が上がり、お湯が風呂から溢れ出す。
背中にはシアラの柔らかい肌。ああ、これは完全に入っているな。
俺は呆然としながら、視界に入れないようにしてシアラに聞く。
「えっと……なんで俺と一緒にお風呂に入っているの?」
「? ダンカン様が仰りましたから」
「俺、何か言ったっけ?」
俺はシアラに何を言ったのだろう。
思い出しても何も思い出せない。
寝ぼけている間に話したのか?
「はい。好きな人と一緒にお風呂に入るのは構わないと」
「ああ。言ったね」
言ったけど!
でもそうだとしても俺と一緒に入るか?
って、俺のことが好き!?
落ち着け、相手は子供……犬や猫が好きと言っているのと同じ類のはず。
胸から飛び出しそうなほど跳ね続ける心臓を抑えて、会話の続きをする。
「あのさ、好きな人って、こう、まだ分からないだろうけどお付き合いしたいとか、結婚したいとかそういう人のことを言ってるんだけど」
「はい。私もそう認識しております」
「……俺と結婚したい?」
「私の立場で許されるなら」
おい。そんなに俺のこと好きなのかよ。
というか結婚してもいいと思えるほど好きって、いつの間にそんなに?
戸惑いを隠せない俺は、裏返る声でシアラに訊ねる。
「あー、いつからそんな風に思ってもらえているのでしょうか」
「ダンカン様は他の召使の方から守ってくれましたし、モンスターからも守ってくれました。優しいのは最初から分かっていましたが、その優しさに心を奪われました」
「いや、そんなに優しくないでしょ」
「優しいですよ。私が知る限り、一番優しいです。お母さんよりも」
それは買いかぶりすぎだ。
俺は自分ができることをやっただけで、優しくしてあげようなんて考えたこともなかった。
結果的にそう見えたのだろうが、シアラはきっと俺のことを勘違いしている。
そもそも俺は兄弟を守ることが第一で、まだシアラの気持ちに答えてやることができない。
それにシアラはまだ子供だから、こんな年齢の子と恋仲になったらそれはそれで大問題だ。
これが元の世界だったら、案件問題だ。
異世界で良かったと、不思議と落ちつく俺がいる。
「あの、シアラ。俺は兄弟のことが大事なんだ。兄弟が世界の敵になったとしたら、俺はそれでも兄弟の側につく。それぐらい皆のことが大事でさ……だからシアラの気持ちに応えるわけにはいかない」
「はい。構いません」
「構わないの?」
「ええ。お母さんが言っていました。心からの願いを想い続ければ、いつか叶う時がくると。だからその時を私は待ちます」
これからもずっと俺のことを思い続けるって!?
それは時間の無駄では。というか人生の無駄では?
「いや、あのね――」
「私は添い遂げられなくてもいいと思っていますので。重たく受け止めていただかなくて、結構です。私は自分の身分を理解しておりますので」
「でもそれじゃ、幸せになれないよ、シアラ」
「私は幸せはダンカン様と共にあること。それが私の今の幸せです」
生き方は人それぞれ。考えもそれぞれで、シアラの幸せは自分で決めるべき。
だから俺は彼女の考えを否定できないし、否定するだけの権利もない。
でも君はそれでいいのかい。
そうシアラに聞く代わりに空に浮かぶ丸い月を眺めて、俺は溜息をついた。
◇◇◇◇◇◇◇
「ちょっと奇妙な話を耳にしてね。ダンカンに話しておこうと思ったんだ」
「奇妙なこと? それってどんな話だい、ニール兄さん」
学校へ向かう前の朝。
ニールが俺の部屋を訪ねてきた。
朝食の時には何も言わなかったのに、周りには聞かれたくない話なのだろうか。
いや、違うと思う。ニールはまだ眠たそうな顔をしていた。
だから朝食の時はボーッとしていたんだろうと察する。
「実はシアラの件を調べていたんだけどね、根本から問題を解決しようとしたんだけど……おかしなことになっているんだよ」
「奇妙なことって言ってるもんね。どんな風におかしいの?」
「ああ。実は皆がある女性に、シアラを追い詰めるようにそそのかされたらしいんだけど……誰もそれを言ったのは誰だったのかを覚えていないんだ」
「犯人を覚えていない?」
それは確かに奇妙な話だ。
「それって、皆で口裏を合わしていたんじゃ……」
「僕も最初はそれを疑ったんだけどね。でもそうじゃないようだ。本当に誰も言い出した人のことを覚えていない。女性だったということぐらいしか覚えていないんだよ」
「そんなことが……」
そんなことがあり得るのだろうか。
俺はそう考え、そう口にしようとするが、ふとあることを思い出す。
【バンリィ・ドルハ】――
考えたくもないが、俺が持つ知識の中で可能性のある存在としてはそれぐらいしか思いつかない。
もし俺が思案していることが正しいとするなら……とんでもないことになるぞ。
そしてゲームとは関係のない事件が、起きているということになる。
ただの杞憂であってくれ。そう考えつつも妙な胸騒ぎを覚える。
俺は固唾を飲み込み、木造の天井を見上げるのであった。
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