上 下
15 / 23
第1章 覚醒篇 ー6

第15話 シアラのトラブル2

しおりを挟む
「ストレスは美容の敵なんて言うけど、どうやら本当らしいね」
「は? 何言って――」
「だってそうでしょ。ストレス発散でこういうことしてるんだろうし、醜悪さが顔に出てる。ストレスが溜まっている証拠だ。まぁこれがストレス発散じゃないのなら、元からそういう性根の腐った顔をしてるってことだけど」

 俺は緊張しながらそう言ってやった。
 美容というか容姿というか……あんまり触れてはいけない部分かもしれないが、だが怒りの矛先をこちらに向けさせなければ。
 シアラを傷つけさせはしない。
 彼女たちが俺を敵視してくれたら、その方が色々とやりやすいから。

「美容って……怖い顔してるあんたに言われたくないわよ!」
「今怖いのはそっちでしょ。まるで鬼だよ、鬼。平気で子供を傷つけられるあんたは鬼だ」
「この無能が!」

 メイドの一人が俺の顔を本気で引っぱたく。
 乾いた音が夜闇に響き、背後でシアラの体がビクッと動くのが分かった。
 だが俺はシアラを守るようにその場を微動だにせず、メイドたちと対峙するのみ。

「流石にやりすぎじゃ……」
「面倒になる前に、私たちは引かせてもらうわよ」
「ちょ、あんたたち!」

 俺が殴られたのを見ていた他のメイドたちが、大慌てで逃げて行く。
 見放された人間だとしても、相手は子供だし一応王子だし。
 きっとトラブルを避けたいと考えたのだろう。俺だって逃げるだろうし気持ちは分る。
 でも子供をイジメるような腐った性格はしてないよと、彼女たちの背中を睨みつけておいた。

「大丈夫か」
「はい。問題ありません」
「問題は大ありだ。いつからあんな風にやられていたんだ?」
「いつから……ここでお世話になってから間もなくです」

 すぐにイジメに入ったのか。
 無感情のシアラにイラついたのか、それとも普段から仕事に鬱憤を感じているのか。
 しかしどちらにしてもイジメをしてもいい理由にはならないし、子供だったら守ってやれよ!

「あの人たちのことは俺が何とかする。だからもう心配するな」
「大丈夫です。私、気にしてませんから」
「っ……」

 まるで他人事のようだ。
 自分が傷つけられているのにそのこちに無関心で、心さえもここに無いように感じられる。
 
「……お母さんが亡くなったって言ってたよね。お母さんはここで働いて長かったのか?」
「はい。学業を終えてから、ずっとだったらしいです。私が生まれる前ですから、十年以上ですね」

 シアラの頬が少し緩んだように思える。
 母親のことなら、若干感情が出るのか?

「そうなんだ。優しいお母さんだった?」
「はい。優しかったと思います。だけどお母さんは、いつも私のことを心配していましたね」
「そりゃそうさ。子供を心配しない親がどこにいるんだよ」

 そんなことを言っておいて、国王閣下のことが頭をよぎる。
 いたな、子供を心配どころか、最悪な扱いをする人が。
 でも今はそのことは黙っておこう。シアラとの会話の流れを大事にしよう。

「そうなんですね」
「ああ。でもどんな心配を?」
「私が感情を表に出さないからといつも困っておりました」

 そこを心配されてたのか! そりゃ当然か。こんだけ感情が読めない表情ばかりだったら、心配するよな。

「表に出さないってことは、シアラも色々と感じているんだな」

 さも当然のことを確認する俺。
 冷徹な人間にも思えないし、感情はあるはずだ。

「はい。私だって嬉しいことはありますし、悲しいことだってあります。でもどんな顔をすればいいのかが分かりません。笑う練習なんかもしましたが、どこでどのように笑えばいいのか分からないのです」
「なるほど。感情を表に出すのが本当に苦手なんだな。でも人は苦手なことがあるわけだから、無理に感情を表に出さなくてもいいんじゃない?」

 俺がそう言うと、シアラの瞳が少しだけ動く。

「表に出さなくていい……?」
「うん。俺はシアラが悪い人じゃないって分かってる。だから腹が立つことはないし、心配ではあるけど、そういう人なんだって受け入れるからさ。等身大でいいんだよ。自分らしくいればいい。うん。それがきっと一番だ」

 大きく見せる必要もないし、自分を卑下して小さくなる必要もない。
 人はありのままが一番。ありのままで、素直にいれたらそれがいいんだ。

「私らしく……お母さんもそう言っていました」
「じゃあやっぱりそれでいいじゃないか。お母さんも知ってたんだ。心配はしてるけれど、そのままのシアラが一番だって」
「…………」

 メイド服を着ているシアラは、白いエプロン部分をギュッと握る。
 彼女から感情を読み取ることはまだできないが、だが何か思うところがあるのだろう。
 感情はあるけどそれを顔に出すのが苦手なだけで、シアラは可愛い女の子。
 それでいいじゃないか。
 俺は嘆息し、彼女の瞳を真っ直ぐに見つめる。

「お母さん、死ぬ間際まで私のことを心配していました。今も心配しているでしょうか?」
「それはそうでしょ。子供はいくつになっても子供だって言うしね。死んでもシアラはお母さんの子供で、死んでもお母さんはシアラのお母さんなんだ」
「そうですね……でも怒ってないでしょうか」

 突然そんなことをシアラが言い出し、俺はキョトンとするばかり。

「怒ってって……怒らせるようなことをしたの?」
「ちゃんとお別れを言えませんでした。何をどうすればいいのか分からず、大人が死んだお母さんのことを処置してくれているのを黙って見ていただけで……」
「怒ってないはずだよ。お母さんはきっと分ってくれているさ」
「それならいいんですが」
「シアラは泣いたの?」

 俺の問いに、シアラの表情に動揺が走る。
 きっと泣いてないだろう。感情を表に出すのが苦手だと言っていたから。
 泣くことだけが正しいことじゃないけど、でも感情を出せないのは時には心を暗くするのではないだろうか。
 俺はそう思案し、咄嗟に彼女に聞いてしまった。

「泣いていません……泣いたらお母さん、心配するかと思って」
「どちらにしてもずっと心配しているよ、シアラのことを。だってシアラのこと好きなんだから」
「そうなのでしょうか……」
「そうだよ。シアラはお母さんのこと好きだった?」
「はい」
「ならお母さんもそう思ってたはずだ。断言する。そしてシアラの幸せを願っているはずだよ」

 シアラは俯き、何も話さなくなってしまった。
 だが彼女は体を震わせ、すすり泣く声が聞こえてくる。

「お母さん……まだ一緒にいたかったのに。なんでこんな早くに死んでしまったの。大好きだった……お母さんと一緒にいられるだけで幸せだったのに」

 涙が止まらなくなってしまったシアラは、膝を抱えて座りこんでしまう。
 大きな声で泣いて泣いて……きっとその声はお母さんに届いているよ。
 心配かけさせないでやっていくには無理な話だ。
 大好きなお母さんは大好きなシアラのことばかり、あの世でも考えているはずだから。

 俺はシアラが泣き止むかで、彼女の頭を撫でてやった。
 天国にいる母親の代わりに。おこがましいかもしれないが、それが最前だと思ったから。
  
 空には数えきれない程の星が散りばめられており、この中にシアラのお母さんがいるのかも。
 そんなことを考えながら、静かな夜にシアラの大きな泣き声をずっと聞いていた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

物語の悪役らしいが自由にします

名無シング
ファンタジー
5歳でギフトとしてスキルを得る世界 スキル付与の儀式の時に前世の記憶を思い出したケヴィン・ペントレーは『吸収』のスキルを与えられ、使い方が分からずにペントレー伯爵家から見放され、勇者に立ちはだかって散る物語の序盤中ボスとして終わる役割を当てられていた。 ーどうせ見放されるなら、好きにしますかー スキルを授かって数年後、ケヴィンは継承を放棄して従者である男爵令嬢と共に体を鍛えながらスキルを極める形で自由に生きることにした。 ※カクヨムにも投稿してます。

全能で楽しく公爵家!!

山椒
ファンタジー
平凡な人生であることを自負し、それを受け入れていた二十四歳の男性が交通事故で若くして死んでしまった。 未練はあれど死を受け入れた男性は、転生できるのであれば二度目の人生も平凡でモブキャラのような人生を送りたいと思ったところ、魔神によって全能の力を与えられてしまう! 転生した先は望んだ地位とは程遠い公爵家の長男、アーサー・ランスロットとして生まれてしまった。 スローライフをしようにも公爵家でできるかどうかも怪しいが、のんびりと全能の力を発揮していく転生者の物語。 ※少しだけ設定を変えているため、書き直し、設定を加えているリメイク版になっています。 ※リメイク前まで投稿しているところまで書き直せたので、二章はかなりの速度で投稿していきます。

異世界でネットショッピングをして商いをしました。

ss
ファンタジー
異世界に飛ばされた主人公、アキラが使えたスキルは「ネットショッピング」だった。 それは、地球の物を買えるというスキルだった。アキラはこれを駆使して異世界で荒稼ぎする。 これはそんなアキラの爽快で時には苦難ありの異世界生活の一端である。(ハーレムはないよ) よければお気に入り、感想よろしくお願いしますm(_ _)m hotランキング23位(18日11時時点) 本当にありがとうございます 誤字指摘などありがとうございます!スキルの「作者の権限」で直していこうと思いますが、発動条件がたくさんあるので直すのに時間がかかりますので気長にお待ちください。

フリーター転生。公爵家に転生したけど継承権が低い件。精霊の加護(チート)を得たので、努力と知識と根性で公爵家当主へと成り上がる 

SOU 5月17日10作同時連載開始❗❗
ファンタジー
400倍の魔力ってマジ!?魔力が多すぎて範囲攻撃魔法だけとか縛りでしょ 25歳子供部屋在住。彼女なし=年齢のフリーター・バンドマンはある日理不尽にも、バンドリーダでボーカルからクビを宣告され、反論を述べる間もなくガッチャ切りされそんな失意のか、理不尽に言い渡された残業中に急死してしまう。  目が覚めると俺は広大な領地を有するノーフォーク公爵家の長男の息子ユーサー・フォン・ハワードに転生していた。 ユーサーは一度目の人生の漠然とした目標であった『有名になりたい』他人から好かれ、知られる何者かになりたかった。と言う目標を再認識し、二度目の生を悔いの無いように、全力で生きる事を誓うのであった。 しかし、俺が公爵になるためには父の兄弟である次男、三男の息子。つまり従妹達と争う事になってしまい。 ユーサーは富国強兵を掲げ、先ずは小さな事から始めるのであった。 そんな主人公のゆったり成長期!!

備蓄スキルで異世界転移もナンノソノ

ちかず
ファンタジー
久しぶりの早帰りの金曜日の夜(但し、矢作基準)ラッキーの連続に浮かれた矢作の行った先は。 見た事のない空き地に1人。異世界だと気づかない矢作のした事は? 異世界アニメも見た事のない矢作が、自分のスキルに気づく日はいつ来るのだろうか。スキル【備蓄】で異世界に騒動を起こすもちょっぴりズレた矢作はそれに気づかずマイペースに頑張るお話。 鈍感な主人公が降り注ぐ困難もナンノソノとクリアしながら仲間を増やして居場所を作るまで。

異世界道中ゆめうつつ! 転生したら虚弱令嬢でした。チート能力なしでたのしい健康スローライフ!

マーニー
ファンタジー
※ほのぼの日常系です 病弱で閉鎖的な生活を送る、伯爵令嬢の美少女ニコル(10歳)。対して、亡くなった両親が残した借金地獄から抜け出すため、忙殺状態の限界社会人サラ(22歳)。 ある日、同日同時刻に、体力の限界で息を引き取った2人だったが、なんとサラはニコルの体に転生していたのだった。 「こういうときって、神様のチート能力とかあるんじゃないのぉ?涙」 異世界転生お約束の神様登場も特別スキルもなく、ただただ、不健康でひ弱な美少女に転生してしまったサラ。 「せっかく忙殺の日々から解放されたんだから…楽しむしかない。ぜっっったいにスローライフを満喫する!」 ―――異世界と健康への不安が募りつつ 憧れのスローライフ実現のためまずは健康体になることを決意したが、果たしてどうなるのか? 魔法に魔物、お貴族様。 夢と現実の狭間のような日々の中で、 転生者サラが自身の夢を叶えるために 新ニコルとして我が道をつきすすむ! 『目指せ健康体!美味しいご飯と楽しい仲間たちと夢のスローライフを叶えていくお話』 ※はじめは健康生活。そのうちお料理したり、旅に出たりもします。日常ほのぼの系です。 ※非現実色強めな内容です。 ※溺愛親バカと、あたおか要素があるのでご注意です。

神に異世界へ転生させられたので……自由に生きていく

霜月 祈叶 (霜月藍)
ファンタジー
小説漫画アニメではお馴染みの神の失敗で死んだ。 だから異世界で自由に生きていこうと決めた鈴村茉莉。 どう足掻いても異世界のせいかテンプレ発生。ゴブリン、オーク……盗賊。 でも目立ちたくない。目指せフリーダムライフ!

スキル【アイテムコピー】を駆使して金貨のお風呂に入りたい

兎屋亀吉
ファンタジー
異世界転生にあたって、神様から提示されたスキルは4つ。1.【剣術】2.【火魔法】3.【アイテムボックス】4.【アイテムコピー】。これらのスキルの中から、選ぶことのできるスキルは一つだけ。さて、僕は何を選ぶべきか。タイトルで答え出てた。

処理中です...