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第1章 覚醒篇 ー6

第14話 シアラのトラブル1

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「おお、これはいいな。私は気に入ったぞ」
「俺もだ。今日から毎日これでいいぐらいだな!」

 夜空の下、マグヌスとアングスが二人で自作風呂に入り、気持ちよさそうに息を吐き出している。
 俺はこの後に入るつもりで待機していたのだが、ニールが俺の隣に立って耳元で囁く。

「先に二人が入ったこと、すまないな」
「え? ああ、気にしてないよ。兄を優先するのは弟としては当然さ。その分、三人の兄さんには色々と助けられてるしね」
「助けるって……そんな大袈裟なことはしてないだろ」

 ニールは笑ってそう言うが、俺は十分に助けられている。
 弟として心を救ってもらえた。そしていつも見守ってくれているその優しさ。十分に尊敬と感謝に値するものだと俺は考えている。

「あら。三人の兄だなんて、私は含まれてないのかしら?」
「まさか。姉さんにも良くしてもらってるよ。本当、心から感謝してるんだから」
「そう? ならいいけど。あなたは私みたいな姉を持てて幸せね」

 仰る通り、幸せです。
 シアは偉ぶって先ほどのことを言ったのだが、どこか恥ずかし気な表情を浮かべており、優しい部分は隠せないのだなとつくづく思う。

「兄さんたち、次は僕とダンカンが入るんだから、早く上がっておくれよ」
「そういうなニール。お兄ちゃんたちだって、この極上を堪能したいのだよ」
「あのさ、俺たちも本当に入っていいのか?」

 マグヌスとニールが楽し気にやり取りをしていると、背後からゴラムたちが申し訳なさそうな声でそんなことを言ってくる。
 俺は何を言っているのだろうと、キョトンとした。

「いいに決まってるだろ。一緒に作業してくれたんだし、それに友達だろ?」
「そうだけどさ……ゴラムもウィーニェも俺も、庶民だしさ」
「王族と一緒は問題……」

 依然として心配そうなゴラムたちに俺は肩を竦めて言ってやる。

「俺はその王族の長から見捨てられた存在。ともすると、庶民よりも立場は低いかも知れないんだぜ。だから俺たちの間で身分なんて気にする必要はないよ」

 俺の言葉に三人よりも、ニールたちが顔色を曇らせていることに俺は気付く。
 家族として、これ以上は何も口出すことができないことを不甲斐なく感じているのだろう。
 相手は国王なのだから、こればかりは仕方がない。
 法律を決める者がそう決断したのだから、それに従うが道理。
 気にすること無いと思うんだけど、でも優しい兄弟たちは気にしてばかりいるようだ。

「ダンカン、僕たちのうちの誰かが王位を継承するまで……随分先の長い話にはなるだろうが、それまでは辛抱してくれ。エルグレイヴの将来も、ダンカンの将来も、必ず明るいものにすると誓うよ」
「王位を継承するのはニール、お前だろう。兄上も言っていたが、兄上はやる気がないし、俺もそんな器ではない。だからエルグレイヴを背負うのはニールだ。もちろんニールのためならばどんなことをするつもりだがな」
「そういうことだ。私がいる間はニールの力となることを約束しよう。でも自由の度に出るときは許してくれよ」

 国王の間違った行いを正すことは不可能だが、正しい未来を選ぶことは可能。
 あの親父を反面教師に皆が良い方向に成長してくれると嬉しい。
 それに皆が俺の未来を願うように、俺も同じように皆の未来を願っている。
 ゲームの根本を覆すような行為を俺が行っているので、この先何が起こるか分からない。
 いつでも兄弟を守れるように、俺は力を蓄え続けないと。

「私は入れないわよね……あ、シアラ。私と一緒に入らない?」
「私はダンカン様と入るマグヌス様に命じられましたので」

 心臓が跳ねる。
 まさか、冗談を本気にしているとは。
 そうだとはどこか感じていたけれど、真に受けてんじゃないよ。

「あんなの冗談に決まってるだろ! マグヌス兄さんは冗談が多い人だ。あんまり真に受けちゃダメだからね」
「はぁ……冗談ですか」
「あはは。悪いね、シアラ。本気に取るとは夢にも思ってなかったよ」
「いえ。本気でも構いませんが」
 
 シアラのそんな一言にゴラムたちの顔が赤くなる。
 本気で一緒に風呂に入るつもりなのか。そんな視線を感じていた。

「いや、本気にするな! 好きな人と一緒に風呂に入るのはいいけど、冗談を真に受けて異性と入らなくていいから」
「そうなのですね。かしこまりました」

 一応、俺の言うことを聞いてくれたシアラはそれで納得してくれたようだ。
 冗談が通じない子って、説明が大変だなと思う今日この頃であった。

 ◇◇◇◇◇◇◇

 自作風呂をニールと満喫し、気分よく夕食を食べた後のこと。
 俺は小屋から出て満天の夜空を見上げていた。

「良い風呂だったし良い飯だったし良い景色だし、言うことないな」

 不満は無い。と言えば嘘になるか。
 唯一父親のことがどうしても引っかかる。
 子供相手にここまでするかと、理屈的には分かっていてもやはり心が理解を示さない。
 普段は気にならないけど、ふとした時にこうやって引っかかり続けるんだろうな。
 前世で友人と疎遠になり、そのことを時折思い出しては苛立っていたことがある。
 この世界に転生してからは、そんなことを考える余裕も暇もなかったけれど、でも父親のこともこうして呪いのように心の中に遺恨として残り続けるのだろう。

「はぁ……面倒なことだ。まだ庶民の生まれの方がマシだったな」

 『無能』な王族がここまで大変だったとは、ダンカン本人はどんな気持ちで生きていたのだろう。
 同じように、こうして小屋で生活していたんだろうな。
 ダンカンの気持ちに想いを馳せる俺。
 転生する前はいけ好かないキャラクターだったけど、実体験して可哀想なキャラクターだったと再確認する。
 やっぱり一番ダメなのはあのクソ親父だよな。と思考が堂々巡り。

「あら? 無能のダンカンにお仕えしているシアラじゃない」
「ダンカン様は無能ではありません。お風呂も作れるし、ご友人にも慕われています」

 何やら不穏な会話が聞こえて来る。
 城の裏庭の方角からだ。
 俺はコッソリと近づき、物陰からその様子を確認することにした。
 会話をしているのはシアラと、他のメイドたち多数。
 だが会話というよりは、多数でシアラを攻撃しているような、そんな雰囲気だ。

「無能というのは【グラーデ】が無い人のことを指しているの。あなたって本当に感が鈍いわよね」
「あなたの真だ母親は仕事のできる人だったから教育係を引き受けたけど、今となっては後悔してるわ。お願いだから辞めてくれないかしら、この仕事」
「それはできません。ここを辞めると、私は生活していけませんから」

 あれだ。これはイジメだ。
 陰湿なことをするやつって、どの世界でもいるんだなと胸の辺りがムカムカする。
 まぁゴルムたちも最初はそうだったけど、改善できる人もいるんだよな。
 あの人たちもそうなってくれたらいいけれど……どういう風に話をすればいいか。

 そう考えながらシアラの事を見守っていたが、メイドたちの気持ちがエスカレートしていく。

「何考えてるか分かんないガキが、調子乗ってんじゃないわよ。私たちが辞めろって言ったらやめたらいいの!」
「いえ、そういうわけにはいきません」
「このガキ……」

 カッとなったメイドの一人が、感情のままに手を振りかぶった。
 シアラが怪我する! そう考えると俺はいてもたってもいられなくなり、気が付けばその場を飛び出していた。

「あら、ダンカンじゃない」
「ダンカンって、そんな態度はないんじゃない? 俺は仮にも国王の息子なんだけど」
「その国王がゴミとして扱えと言ってるの。だからこんな態度で問題ないわ」

 それは正論。
 国王が言うことは全て正解なのだから、彼女が言っていることは正しい。
 でもシアラを傷つけるのは正しくない。
 俺はシアラの前に立ち、大人のメイドたちを見上げる。
 女性相手にどう立ち回ればいいのか分からないが、とにかく今はシアラを守ろう。
 緊張しながらも、俺はゆっくりと口を開いた。
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