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第1章 覚醒篇 ー6

第1話 ダンカン・エルグレイヴ

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 『サークラルファンタズム』。
 有名イラストレーターが手掛けた、優れたキャラクターデザイン。
 誰もが泣ける素晴らしいシナリオ。
 そして完璧ともいえるゲームバランス。
 多くのプレイヤーを男女問わずに虜にした、恋愛シミュレーションRPGで、日本中で大人気を博したゲームである。
 もちろん、俺もプレイしたことあるゲームだ。
 むしろやり込んだまであるほどである。

 そして驚くことに、俺はその世界に転生したようだ。
 主人公級のキャラクターなら良かったのだが……

「ダンカン・エルグレイヴ――【グラーデ神の祝福】は無し!」

 とある大霊堂にいる俺。周囲にいる大人たちは困惑の声を上げる。
 俺は『サークラルファンタズム』の悪役一家、エルグレイヴ家の末っ子に転生したらしい。
 それを知ったのはつい先ほどのこと。
 この世界の人間は、神から【グラーデ】と呼ばれる特別な力を与えられる。
 それを判定する儀式というのがあるのだが……今まさにその最中。

 ダンカン・エルグレイヴという男は、現在判定されたように、【グラーデ】を持たない者で、姑息であり、横暴なキャラクターであるため人気はハッキリ言ってない。
 ゲーム内にはカッコいいキャラクターが多数いる中、ダンカンは黒髪の三白眼で……見た目にも人気は皆無。
 それに物語中、エルグレイヴ家の中で最初に死ぬ人物でもある。
 転生するにしても、もう少しましな転生先が良かったなと落胆する俺。

 肩を落として俺は眼前にいる司祭らしき人に背を向ける。
 周囲の人たちは俺に能力が無かったことに落ち込んでいると思ったのか、同情するような視線を俺に向けていた。いや、そんなことで落ち込んでないから。

「ダンカン。【グラーデ】が無いぐらい気にするな。能力が無くともダンカンは僕の弟なのだから」

 そう言って俺の肩に手を置く美男子。
 年齢は10歳と言ったところだろう。
 俺はこの人物を知っている。

 ニール・エルグレイヴ――エルグレイヴ家の三男であり、エルグレイヴ家の後継ぎとなるキャラクターだ。
 まだ幼いながらも整った顔立ちは約束された美形、この外見に大勢のファンがついている。
 俺と同じ黒髪を肩ぐらいまで伸ばしており、しっかりと教育を受けているのだろう、背筋はピンと伸びていて凛々しい。
 優しい瞳は赤く、その美しさに男ながら眩暈を覚えてしまう程だ。
 まさかあのニールが俺の目の前に現実としているなんて……感激で泣いてしまいそうだった。

「ニー……兄さん。ありがとう」

 そうだ。ダンカンはニールのことを兄さんと呼んでいたのだ。
 見事なまでの悪役であるダンカンは、ニールに心酔していた。
 ダンカンはいわゆる妾の子で、ニールを含めた他の兄弟とは母親が違う。
 だがニールたちはダンカンを差別することなく、そして彼が死ぬまで優しく接してきた良き人たちなのだ。
 いつも優しく、強く、正しいニールを慕ってきたダンカン。死ぬ直前もニールのことばかりを心配していたな、と俺は思い出す。

「ニール・エルグレイヴ、前へ」
「はい」

 俺の次に判定されるのはニール。
 彼は司祭の前に立ち、首を垂れる。
 司祭はニールの頭に手を置き、呪文のようなものを唱えだした。

 俺はニールの【グラーデ】を知っている。
 それは――

「ニール・エルグレイヴの【グラーデ】――【烈震】!」

 パチパチと拍手が巻き起こる。
 俺の時とは大違いだ。
 
「【グラーデ】が無いだなんて、悲惨よね、あんた」
「……姉さん」

 俺の隣に立ち、周囲と同じく拍手をしながら俺に声をかけてくる美少女。
 イナ・エルグレイヴ。俺の姉であり、ニールの双子の妹だ。
 薔薇のような赤い髪はウェーブがかかっており、瞳は髪と同じ赤。
 ニールの双子なだけあり、顔の整い方が異常だと感じるほど。間違いなく美少女。
 彼女はゲーム内では『悪役令嬢』として立ち振る舞う、悪役らしき悪役。
 俺の隣で悪そうな笑みを浮かべるイナを横目に見ながら、だが俺はどこか嬉しく感じていた。

「本当、どうしようもない末弟なんだから。仕方ないから私が守ってあげるわ」

 イナは口は悪いが顔と性格は良い。ニールと同じで優しい人なのだ。

「ははは! ダンカンを守るのはお前だけじゃない。俺たちもだ!」

 イナと同じく拍手をしながらそう言ってきたのは、エルグレイヴ家の次男、アングス。
 赤髪をオールバックにした体の大きな男児。
 豪快な笑い声は拍手より大きく、周りの視線が集まるが、本人は気にしない。

「そうだそうだ。ダンカンには俺たちがいる。それに、能力が無くてもなんとかなるさ」

 後ろから俺の両肩に手を置く長男、マグヌス・エルグレイヴ。
 伸ばした赤髪に、いつも何かを楽しんでいるような表情。
 歳はニールたちより三つ上なので……13歳と言ったところだろうか。
 しかし見事に美男美女ばかりだな、この兄弟は。
 アングスは『ゴリラ』なんて不名誉なあだ名をつけられているが、だが美形に違いない。
 だけどこんな兄弟たちに囲まれていたら、ダンカンもひねくれてしまうのは仕方ないかなと、現在は自分である存在に同情してしまう。

「僕たち兄弟がいれば何も恐れることはない。僕たちはダンカンを支え、ダンカンは皆を支えてやってくれ。そうやって僕たち兄弟は生きて行こう」
「兄さん……」

 俺の前に戻ってくるニールが俺にそう言った。
 胸の辺りが暖かくなり、自然と涙が零れ落ちる。
 きっと俺ではなく、ダンカンが涙を流しているのだろう。
 本当に温かく、お互いを思い合う素晴らしい兄弟。

 だけど――エルグレイヴ家は破滅する運命にある。
 エルグレイヴ家は悪役であり、主人公たちの前に倒れるシナリオにあるのだから。
 俺はうるさいぐらい拍手が巻き起こる中、静かに深いため息をつくのであった。

 ◇◇◇◇◇◇◇

「ダンカン、お前には失望した。庶民の子供ではあったが、私と同じ血が流れているはずなのに……まさか無能とはな」
「はぁ」

 エルグレイヴ城の謁見の間。
 だだっ広い空間に大層な玉座。壁には外の日差しを避けるためのカーテンがいくつも備わっている。
 そこでは王座に座りながら、こちらを睨みつける一人の男性がいた。
 彼はアレスター・エルグレイヴ。
 現在のエルグレイヴ王国の国王であり、俺たち五人兄弟の父親だ。
 俺たち五兄弟は直立し、彼の前に立ち並んでいる。

 『サークラルファンタズム』の世界は『ティアアンリー』という大地が舞台となっており、その『ティア アン リー』は三つの国が存在している。
 一つはゲームの主人公が暮らすフィンブレック王国。
 一つはグレンモリス王国という国。
 そしてもう一つが、俺たちが住まうエルグレイヴ王国。

 そんな大国の王であるアレスターは、俺の所持している【グラーデ】の結果にガッカリしているようだ。
 国王としては自身が使える『駒』が欲しいのだろうけど、仮にもダンカンは子供だろ? 実子に対してそんな態度はないでしょ。と思案するも、国王の考えからすれば出来の悪いのは問題なのかなとも思いをはせてみる。
 いや、やっぱりよろしくは無い。
 俺は少しの怒りを滲ませながらアレスターを睨み返す。

「……なんだその目は? 母親が死んでしまったというから折角拾ってやったというのに、その態度はなんだ!」

 怒りを隠しもせず、アレスターは玉座を小指側面で殴りつける。
 俺は驚きにビクッと震えるが、だが他の兄弟たちは微動だにしない。

「もういい。これから貴様とは食事も別々だ。お前は別室で食事をしろ。そしてできるだけ俺に顔を見せるな」
「……はい」
「捨てられないだけ有難く思うんだな」

 まるで動物にあちらへ行けとでもいうように、手を振るアレスター。
 俺は苛立ちを覚えながら、踵を返してその場を後にした。

 それから数時間、自室で過ごした後、晩御飯の時間が迫っていた。
 窓から見える景色はすでに暗く、完全に夜の時刻。
 自室は帰ってきた時に教えてもらったからいいけど……食堂の別室ってどこだ?
 広い自室を見渡すが、その答えが見つかるわけもなく、俺は苦笑いを浮かべる。

「うーん……誰かに聞いてみるしかないよな」

 俺は意を決し、部屋を出て城にいる中の誰かに訊ねてみることにした。

「「ひっ、ダンカン様だ……」
「あの子だけ、なんだか見た目が怖いわよね」
「他の兄弟は皆美しいというのに」

 外に出るなり、城に仕える者たちがいたのだが……そこにいた者たちは俺を見るなり、そんなことを口走る。
 いやいや、国王の息子にそんな態度取って大丈夫なの?
 と俺は彼女たちを心配するのであったが……そうか。アレスターがそれを許可したのだろう。 
 無能など王族として相手にしなくてもいいと。

 あからさまにこちらを見下すような態度をしている者たち。
 だが俺は食事をする場所を聞かなければならない。
 そうしないと残念ながら、生きていけないからだ。
 どんな人間でも、食事は必要だからな。

「すいません、俺が食事をする場所って、どちらに……」
「ああ。あっちの方ですよ」

 方角だけ指で指すメイドらしき人物。
 俺はイラッとするが、会釈だけしてその場を立ち去ることにした。

「【グラーデ】、無かったらしいぜ」
「最悪だな。身分以外は何も良い所も無い、おぼっちゃま」
「母親も違うしな。ああ、母親が違うからああなのかもな」

 城にいる者たち全員が敵。
 そう思えてしまうような態度を俺は取られていた。
 ダンカン……お前はこんな環境で育ってきたというのか。
 今更ながら君の境遇に同情して、嫌いだったキャラクターではなくなったよ。
 って、今は自分のことか。しかし、こんな環境にいたらあれだけひねくれてもしかたないよな。

 嫌々ながらも目的地の場所を教えてもらうことができ、俺はとうとう食堂へと到着する。
 そこは自室と同じぐらいの広さの場所。大きめの長テーブルが一つだけある部屋。
 飾りっ気も無く、城で働く者たちが食事をとる場所であろうと推測する。
 食事はすでに用意されているが……硬そうなパンにスープのみ。
 でも食事を用意してもらえているだけでありがたいと思わないと。
 何も食べられない人だって、この世界にもいるだろう。

 俺は席につき、他に誰もいない空間で絶望にも近い感情で食事を開始しようとしていた。
 心は沈み、目の前が暗くなる思い。それでも、俺はこの世界で生きて行かなければいけないのだ。

「いただきま――」
「ダンカン。僕も一緒に食事をする」
「え?」

 手を合わせ、食事を食べようとしていたまさにその時、扉が開かれニールが部屋へと入ってきた。

「兄さん……なんでここに?」

 俺の問いにニールは笑みを浮かべる。

「祖父が言っていたんだ。『食事は大事な者ととるもの』だと。大事な人と取る食事は、それだけで最高のスパイスとなるとね」

 ニールはそう言って、僕の隣の席につく。

「ダンカン、一緒に食事を取ろう……って、ニール。来てたのか」
「ああ、当然だよ、マグヌス兄さん」
「マグヌス兄さん……」

 長男であるマグヌスも登場し、ニールと逆位置で僕の隣につく。

「ダンカン! 一緒に食事をするぞ!」

 バン! と大きな音で扉を開き、怒声に近い声でそう言うのは次男のアングス。

「一人で寂しい思いしてるんでしょ。仕方ないから……あれ? 全員集まってる」

 最後に登場したのはイナ。少し頬を染めて現れた彼女はとても可愛いと思った。

「マグヌス兄さん、アングス兄さん、それにイナも……皆同じ考えみたいだね」
「そりゃ当然だろう。ダンカンは私たちの兄弟。そして兄弟は一緒に食事を取るものだからな。じいさんが言っていただろ」
「「「食事は大事な者ととるもの」」」

 四人の声が重なり合い、そして一斉に笑い合う。
 実父の氷点下の冷たさとは真逆に、太陽のような温かさの兄弟。
 俺も皆と同じように笑った。
 笑って笑って心の底から笑う。
 最悪の環境だと思えたが、自分には勿体ないぐらい優しい兄弟がいる。
 もうそれだけで俺は満足と思えていた。

 そして一つの決断をする。
 こんな兄弟たちを死なせたくない。
 無能な俺だけど、でも皆を救う術がある。
 ゲームの知識があるからこそ、未来を知るからこそできることがあるのだ。
  
 皆が破滅に進まないために俺が出来ること、俺にしか出来ないこと。
 俺はどんなことをしようとも皆を助けてみせる。
 マグヌス、アングス、ニール、イナ。
 皆の笑顔を眺めながら、俺はそう決意していた。
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