吸血鬼狩人、宿敵と同居する

せいいち

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日付不明・一年目

六月ごろ 黒い森の吸血鬼

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 吸血鬼は雨が嫌いだった。
 吸血鬼の弱点が流水だから、という以外にも理由はあった。風呂すら入れる吸血鬼の細胞の結びつきは、雨程度では揺らぐことはないはずだが、どうにも外に降る水は苦手だった。
 日本海を徒歩で渡っている間に雨が降らなかったのは本当に幸運だった。今更ながら吸血鬼は思った。天候を変えるまじないは効いているのだか効いていないのだかわからないが、本当に重要な時には雨が降らないのだから、たぶん働いているのだろう。実感は皆無だったが。
 思い出。吸血鬼の雨嫌いは過去の経験によるものだ。トラウマとはたいていそのようにして得るものであるが。吸血鬼の雨嫌いも同じように刷り込まれたものだ。
 かつて吸血鬼はある男の下に居た。五歳の時、実家から半ば引き摺り出される形でその男と共に出て、大西洋を渡り、その男の家で吸血鬼としての教育を受けた。
 男は先生と呼ばれていた。他にも、たいていの場合吸血鬼よりもずっと年上の、何人かの生徒が男のもとを訪ねてきた。だから吸血鬼もその男を先生と呼んだ。それ以外の呼び方を知らなかった。
 先生の家があった場所も日本と同じような気候で、六月に梅雨があった。ある雨の日に外に放り出されて、水浸しにされてこう言われた。
「おまえは雨を避けなければならない。さもなくば身体のつながりが解け、血が零れ、おまえはおまえの形を保てず、死に至る」
 いつも通りの宣言だった。畏れなければならないものが、吸血鬼には数多くあるらしかった。覚えの悪い吸血鬼は、身体に刻み付けなければ恐怖を理解できなかった。
 恐れなければならないならどうして外に放り出す必要があるのか、と吸血鬼はかじかんだ手足を胴に引き寄せて丸まって、それでも先生に逆らうことも出来ずに、がちがち歯を鳴らして震えていた。
 先生も共に外に出て身体の何もかもを濡らしていたことだけは、納得できていた。
 そのようなことが数多くあった。文字の読み方。食事の作法。畏れなければならない文字の並び、音の響き。避けなければならない形状や、原子の組み合わせ。
 吸血鬼は出来の悪い生徒で、今では教わったほとんどを忘れていた。
 先生との生活が終わったのは家を出てからおよそ三年後、七歳の終わり頃だった。ある日先生に外に放り出されて、なんとか先生の家に帰り付いた時には、物で溢れた狭いあばら家は更地になっていた。家の中にあったものは、生活用品を除いてほとんど残っていなかった。
 この家で受けた数多くの理不尽な出来事に相応しい、理不尽な最後だった。
 絶望のままに森をさまよい、街を渡り歩き、吸血鬼は己の運命を知った。
「窓閉めて。雨降り込んでるよ」
 帰ってきた狩人が、吸血鬼がいるベランダに向かって声を掛ける。
「ん、おかえり」
 陰鬱な表情で、狩人のほうを振り返った。吸血鬼は雨が降る度思い出す。
 宿敵にはとても教えられない。頼りにならないまじないにも頼るしかない。自分だけで永遠に抱えなければならない秘密。もはや誰にも共有できない弱点。
 先生はどこに行ったのだろう。己以外の生徒はどこへ消えたのだろう。吸血鬼には知る由も無い。
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