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二月・甘きものどもスイートワンズ

2/3(月) 節分

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「今日は手巻き寿司だ」
 吸血鬼の宣言通り、外から帰って来た狩人が見た通り、今日は手巻きだった。寿司を買ってきたり、刺身やら買ってきてちらし寿司にしたことはあるが、具材を並べて酢飯と海苔を用意して、という形で食べるのは、初めてだった。
「何かあったっけ?」
「やっだなぁ、節分だよ。俺を追い出すふりしただろ」
「してない」
 返事をしたのち、狩人は以前恵方巻について品の無い話をしたことを思い出した。
「したかもしれない」
「ほらぁ」
「でも君を追い出したりはしないよ」
 君がこの家から出て行くときは、君が出て行くと決めた時だけだ。
「ああでも、一緒に引っ越す時とかは、あーでも、こういうときは追い出すって言わないんだよなぁ、何て言うんだっけ……」
「何が言いたいんだよ」
「引越しをするときは君も一緒だってこと」
「フーン。マジでお前俺と一生一緒に居るつもり?」
「そのつもり」
 偽善者め。歯の隙間で吸血鬼はそう唸った。
「巻いた分は自分で食べろよ」
「そうするよ」
 吸血鬼は余計な気を遣わなくていい、と言いたいらしい。狩人は吸血鬼に対し色々と余計な気を回しているから、それについて文句が言いたいらしい。常々言われているが、習慣付いたものはなかなか治らない。
「恵方ってどっちだっけ」
「多分こっちじゃない?」
 雑な方角を指す。狩人が指した方角が合っているか間違っているかの確認をしないまま、そちらを向いて無言で一本目を食べる。
「恵方巻ってこんな細い巻物でもよかったんだっけ?」
 先に食べ終えた吸血鬼が聞く。狩人は黙って何も答えない。
「いいんじゃないの? 知らないけどさ」
「んな雑な……」
「いつも通りじゃないか。不安ならもう一回ちゃんと調べ直して食べなよ」
 自分はするつもりはない、という口ぶりだった。
「いや」
 吸血鬼も信心深いほうではない。吸血鬼なのだから当然だ。吸血鬼と言えば神を恨んで死んだような人間ばかりがなるものだ。生まれついての吸血鬼である彼も、おそらく。
「そこまではしなくていいや」
 ただの面倒くさがりなのかもしれない。
 そうは言ったものの地図アプリなどを駆使したりして恵方を正確に調べるなどして、三分の二くらいまで食べ終えたところで、吸血鬼の手が止まった。それから何か悪いことを思いついた時の顔をして、卵巻きを作った。
「自分で作った分は自分で食べなよ」
「いいから。あーん」
 自分で言ったくせに。吸血鬼は狩人が海苔の上にご飯を敷いているにも関わらず、狩人の口に卵巻きを押し付ける。
「せめて足の早いものは食っちまえ。卵とか。刺身とか」
 もごもごと狩人がやっているうちに吸血鬼はふと思いついたように箸を掴む。
「刺身は自分で食うわ」
 サーモンに醤油をべったり付けて、敷いた酢飯の上に置く。丸めて一気にかぶりつく。
「命縮めてる感じするわ」
「やめろよ、冗談じゃない」
 吸血鬼は狩人を塩分過多で殺そうとしているわけではないらしい。狩人に食わせる分は適度に醤油を付けて食わせている。腹を膨らせて殺そうとする心算なのか。再び卵巻きを押し付ける吸血鬼に、狩人は命乞いのように唸る。
「待ってよ。七面鳥じゃないんだから」
「いいなそれ」
「よくない」
 何をもっていいなと言ったのかわからないが、狩人にとって良くないことであるのは確かだ。かなり気は早いが今年のクリスマスはクレスニクの丸焼きで決まり、とかやられるかもしれない。そういうことにならないのを祈るばかりだ。
「君さ、僕以外に七面鳥を分け合う相手いるの?」
「ウーン、パーティーやるくらいの人数はいないな。ターキーの一匹、小さいやつならお前と二人で食べきれるだろ。デカい奴が相手だったとしても、これから友達を増やせばいい。人生長いんだし」
 吸血鬼の口調はいたって気楽だった。死ぬことを怖れていない、普通の若人のようだった。
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