上 下
35 / 100
七月・夏の生活

7/7(月) 七夕(機織りの神様)

しおりを挟む
 七夕の夜、吸血鬼が用意したのは夏野菜がたっぷり入った素麺だった。野菜だけでは狩人が不満を漏らすだろうと考えて、鳥のささ身やカニカマも入っている。しかし吸血鬼が懸念するように、狩人は食事に対して文句を漏らすほどの自我は育っていない。
「七夕って、機織りや裁縫が上達するように祈ったのが始まりらしいな。飯のほうは――ちらし寿司なんか作ることもあるらしいが、やっぱ素麺が良いなと思ってさ」
「機織りしない現代人には縁遠いお祈りだね」
「だから色々と別の祈りもしていいようになったわけ。笹に五色の短冊を飾るやつは、商店街のほうでもやってたでしょ」
「そうだ、あの商店街の短冊なんだけど、あれ見てびっくりしたんだけどさ、人類の滅亡を祈ってる人がいたんだよね」
「機織りの神様じゃそんなこと祈られたらびっくりするだろうな。でも今どきの短冊は五色どころか折り紙切ったやつでべらぼうに色数あるしな。それだけ叶える色担当神様ズがいたら、そういう祈りを叶える神もあるだろ」
 早く食べないと麺伸びるぞ、と忠告する。素麺は細いから麵が伸びるのはうどんやラーメンよりも早いだろう、と吸血鬼は考えていた。お喋りは後でも出来る。
 味のほうは、おおむねうまく出来ていると思った。盛り方はだいたい市販の冷やし中華と同じだが、味はめんつゆが頼りだ。
「七夕って中国由来の行事だから、本当は旧暦でやるらしいよ」
「それ先に言ってくれる? ちなみにいつなの?」
 えーっと、と言って狩人はカレンダーをめくって見せる。旧暦、六曜、月の満ち欠け、どこぞの新聞社の広告が描かれた、日本では古典的ではあるがごく一般的なものだ。
「八月の二十九だって」
「めっちゃ先じゃねえか。覚えてないかもしれないしな、やらねえぞ」
 食事の用意をしただけで、笹やら短冊やらの用意はしていない。織女の祭りなんて現代のティーンエイジャーが二度もやるものじゃない、と織物も手芸もしない吸血鬼は思っていた。
 この地方都市の住宅街で笹を用意できるのはごく一部の限られた富裕層か、笹を持つ山近くに住む人々だけであろう。近所の雑木林には笹があり、商店街の笹もそこで用意したものと思われるが、近所で祭りをしているのならあやかっておいた方がいいだろう。吸血鬼には特にかける願いは無い。
「あ、後で笹団子用意してるから。俺が忘れてたらよろしくね」
「シャンジュは何か願い事した? 商店街でなんか買い物したら短冊を貰えるみたいだったけど」
「俺祈られる側だから。あんま祈らないんだ。理人くんは? 何か書いてきたんだ?」
「僕は――そもそも買い物する用事が無いから。君が願い事があるならって、興味があっただけ」
「ふーん。なんか神様にお祈りしたいことでもあったの?」
「無いよ」
「ふーん……」
 狩人の最後の一言は、吸血鬼にはあまりにも嘘くさく見えた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

大親友に監禁される話

だいたい石田
BL
孝之が大親友の正人の家にお泊りにいくことになった。 目覚めるとそこは大型犬用の檻だった。 R描写はありません。 トイレでないところで小用をするシーンがあります。 ※この作品はピクシブにて別名義にて投稿した小説を手直ししたものです。

エレベーターで一緒になった男の子がやけにモジモジしているので

こじらせた処女
BL
 大学生になり、一人暮らしを始めた荒井は、今日も今日とて買い物を済ませて、下宿先のエレベーターを待っていた。そこに偶然居合わせた中学生になりたての男の子。やけにソワソワしていて、我慢しているというのは明白だった。  とてつもなく短いエレベーターの移動時間に繰り広げられる、激しいおしっこダンス。果たして彼は間に合うのだろうか…

いろいろ疲れちゃった高校生の話

こじらせた処女
BL
父親が逮捕されて親が居なくなった高校生がとあるゲイカップルの養子に入るけれど、複雑な感情が渦巻いて、うまくできない話

性的イジメ

ポコたん
BL
この小説は性行為・同性愛・SM・イジメ的要素が含まれます。理解のある方のみこの先にお進みください。 作品説明:いじめの性的部分を取り上げて現代風にアレンジして作成。 全二話 毎週日曜日正午にUPされます。

過ちの歯車

ニューハーブ
BL
私は子供の頃から、何故か同性に気に入られ沢山の性的被害(自分は被害だと認識していない)を 経験して来ました、雑貨店のお兄さんに始まり、すすきののニューハーフ、産科医師、ラブホのオーナー 禁縛、拘束、脅迫、輪姦、射精管理、などなど同性から受け、逆らえない状況に追い込まれる、逆らえば膣鏡での強制拡張に、蝋攻め、禁縛で屋外放置、作り話ではありません!紛れもない実体験なのです 自分につながる全ての情報を消去し、名前を変え、姿を消し、逃げる事に成功しましたが、やもすると殺されていたかも知れません。

風邪をひいてフラフラの大学生がトイレ行きたくなる話

こじらせた処女
BL
 風邪でフラフラの大学生がトイレに行きたくなるけど、体が思い通りに動かない話

少年野球で知り合ってやけに懐いてきた後輩のあえぎ声が頭から離れない

ベータヴィレッジ 現実沈殿村落
BL
少年野球で知り合い、やたら懐いてきた後輩がいた。 ある日、彼にちょっとしたイタズラをした。何気なく出したちょっかいだった。 だがそのときに発せられたあえぎ声が頭から離れなくなり、俺の行為はどんどんエスカレートしていく。

怒られるのが怖くて体調不良を言えない大人

こじらせた処女
BL
 幼少期、風邪を引いて学校を休むと母親に怒られていた経験から、体調不良を誰かに伝えることが苦手になってしまった佐倉憂(さくらうい)。 しんどいことを訴えると仕事に行けないとヒステリックを起こされ怒られていたため、次第に我慢して学校に行くようになった。 「風邪をひくことは悪いこと」 社会人になって1人暮らしを始めてもその認識は治らないまま。多少の熱や頭痛があっても怒られることを危惧して出勤している。 とある日、いつものように会社に行って業務をこなしていた時。午前では無視できていただるけが無視できないものになっていた。 それでも、自己管理がなっていない、日頃ちゃんと体調管理が出来てない、そう怒られるのが怖くて、言えずにいると…?

処理中です...