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五月・足長おじさんと
5/16(金) テル・ヒダルマン、モーニングとクリームソーダをしばく事
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先週知らない間に一人で行ってきたという狩人に対抗して、吸血鬼も負けじとコーヒーチケットを消費しに喫茶ソロモンに向かった。既に対抗する必要も無いほど消費していたが、欲深な吸血鬼には関係が無かった。行きたいから行くと素直に言えばいいのに。
普段客がいない店内には、見覚えのある青い髪がいた。のんびりモーニングを食い、円筒のレシート立てから透けて見える紙によると、それ以外にも何か頼んだらしい。新学期が始まったばかりの頃、吸血鬼が一度だけ狩人の通う学校に行ったとき、大変に失礼な物言いをされたからよく覚えている。
「おや、同居人と全くうまく行ってないテル・ヒダルマン。学校はどうした?」
「は? いきなり失礼な奴。誰でありますか?」
「この人と相席で」
「マジに誰でありますか!?」
吸血鬼は改めて自己紹介をした。テル・ヒダルマンは、あー、と言って思い出したようなそぶりを見せた。
赤毛の店員にコーヒーチケットを渡してモーニングを頼む。
「結構近所に住んでるんだな」
「そうでありますな」
「どこ住み?」
「安全確保とか個人情報保護の観念がおありでないのでありますか?」
トンチキな髪色と口調のわりにまともそうなふりをしている。世間話はあまり好きではないらしい。テルは吸血鬼と積極的に話すつもりはなかった。そもそもが不意の相席であった。
「一月経ったけど、今んとこ同居はうまくいってるよ。そっちはどう?」
「どうして拙者も誰かと同居してる前提なんでありますか……」
「あれ、違った?」
「なんで自分を殺したがってる宿敵と暮らしてるでありますか? 変であります」
「それはな……複雑なんだ。あんたも宿敵と暮らすならわかるだろ?」
「どうしても嫌な相手と同居するにあたっての可能性は、血縁でもない限り、単純な利用被利用の関係であると推測されますが。理人はあなたと良い関係を築きたいと思っているであります」
「それが、変だって?」
「はい。ほぼ毎日一緒に買い物に行っていると聞いております」
「あいつそんなこと喋ってんの?」
「毎日人が変わったように幸せそうでありますよ」
ほーそりゃイカレたと思われても仕方がない。吸血鬼の前にモーニングセットが来る。同時にそろそろデザートお出ししますか、と言われて、テルははい、お願いしますと答える。やたらと丁寧だ。
「あんたは? 宿敵と暮らしてるって、自分の血縁か?」
「いーや。もう追及されるのも面倒なので言ってやりますが、人と同居してるであります。帰って寝るだけの家でありますな。風呂と飯付きの寮と変わりないであります」
「仲良くはないってこと? なんで一緒に暮らしてるの?」
「単純な利用被利用、悪魔的に言うならば契約の関係であります。仕事の事情で屋根を借りているのであります」
あの学校に通っているのだから、何か複雑な事情を抱えているのは間違いない。それで仕事、というと。
「仕事って、吸血鬼とか?」
「吸血鬼で韻を踏むことはありますが、全然違うであります」
「韻を踏む? ラッパー?」
「お答えできません」
こうして長くおしゃべりをしていると、テルの発音が機械的であることに気が付いた。みょうちきりんな口調に隠されてわかりづらいが、出来の良いお喋りマシンのような僅かな違和感だが、非生物じみた可燃性の臭いと共に、彼の正体を計るのには十分だった。
機械生命体。おそらく地球の外から来た。
まあ人造人間も魔法使いも、運命の宿敵もある世界だから、この地球の外から来たものが居ても不思議じゃないか。吸血鬼は至って呑気だった。学校に通っているということは、侵略に来たのではなさそうだし。
「クリームソーダです」
「わあ! ありがとうございます」
仕事というのだから、単なる地球観光とも思えないが。
「この毒々しき緑色と不透明の赤色が妙にも視覚を満足させるのでありますな」
義兄上といい、食べる人はやたらと食べるのだ。
そういえばあのソーダ君とやらはどうなったのだろうか。店員含め、喫茶ソロモンには不思議な生き物がたくさんいる。あれもそうだ。
「なあテル、学校での理人の様子ってどうだ?」
「今どき珍しいくらいのいい人であります。放課後の買い物、休みの日の冒険、誘ったら大体ついてきてくれるであります。しかし最近は付き合いが悪いであります」
「それって原因俺?」
「わかりきったことであります。しかしながら、彼には彼の冒険、であります」
十分ほどかけ、テルはクリームソーダを食べ終えた。
「ごちそうさまでした! 大変おいしゅうございました」
吸血鬼より先に注文の全てを片付けたテルは、相席した人とのんびりお喋りする気は無いらしく、さっさと帰っていった。食べ終えた後の挨拶の元気もいい。こういうところを見ると非常に印象良く感じる。やはり侵略の第一歩は礼儀から、なのか。見習いたいものだと吸血鬼は思った。
「ねえ赤彦さん、あのソーダ君ってどうなった?」
「どこかに行ったよ」
謎の生き物は、最後まで謎の生き物だった。
普段客がいない店内には、見覚えのある青い髪がいた。のんびりモーニングを食い、円筒のレシート立てから透けて見える紙によると、それ以外にも何か頼んだらしい。新学期が始まったばかりの頃、吸血鬼が一度だけ狩人の通う学校に行ったとき、大変に失礼な物言いをされたからよく覚えている。
「おや、同居人と全くうまく行ってないテル・ヒダルマン。学校はどうした?」
「は? いきなり失礼な奴。誰でありますか?」
「この人と相席で」
「マジに誰でありますか!?」
吸血鬼は改めて自己紹介をした。テル・ヒダルマンは、あー、と言って思い出したようなそぶりを見せた。
赤毛の店員にコーヒーチケットを渡してモーニングを頼む。
「結構近所に住んでるんだな」
「そうでありますな」
「どこ住み?」
「安全確保とか個人情報保護の観念がおありでないのでありますか?」
トンチキな髪色と口調のわりにまともそうなふりをしている。世間話はあまり好きではないらしい。テルは吸血鬼と積極的に話すつもりはなかった。そもそもが不意の相席であった。
「一月経ったけど、今んとこ同居はうまくいってるよ。そっちはどう?」
「どうして拙者も誰かと同居してる前提なんでありますか……」
「あれ、違った?」
「なんで自分を殺したがってる宿敵と暮らしてるでありますか? 変であります」
「それはな……複雑なんだ。あんたも宿敵と暮らすならわかるだろ?」
「どうしても嫌な相手と同居するにあたっての可能性は、血縁でもない限り、単純な利用被利用の関係であると推測されますが。理人はあなたと良い関係を築きたいと思っているであります」
「それが、変だって?」
「はい。ほぼ毎日一緒に買い物に行っていると聞いております」
「あいつそんなこと喋ってんの?」
「毎日人が変わったように幸せそうでありますよ」
ほーそりゃイカレたと思われても仕方がない。吸血鬼の前にモーニングセットが来る。同時にそろそろデザートお出ししますか、と言われて、テルははい、お願いしますと答える。やたらと丁寧だ。
「あんたは? 宿敵と暮らしてるって、自分の血縁か?」
「いーや。もう追及されるのも面倒なので言ってやりますが、人と同居してるであります。帰って寝るだけの家でありますな。風呂と飯付きの寮と変わりないであります」
「仲良くはないってこと? なんで一緒に暮らしてるの?」
「単純な利用被利用、悪魔的に言うならば契約の関係であります。仕事の事情で屋根を借りているのであります」
あの学校に通っているのだから、何か複雑な事情を抱えているのは間違いない。それで仕事、というと。
「仕事って、吸血鬼とか?」
「吸血鬼で韻を踏むことはありますが、全然違うであります」
「韻を踏む? ラッパー?」
「お答えできません」
こうして長くおしゃべりをしていると、テルの発音が機械的であることに気が付いた。みょうちきりんな口調に隠されてわかりづらいが、出来の良いお喋りマシンのような僅かな違和感だが、非生物じみた可燃性の臭いと共に、彼の正体を計るのには十分だった。
機械生命体。おそらく地球の外から来た。
まあ人造人間も魔法使いも、運命の宿敵もある世界だから、この地球の外から来たものが居ても不思議じゃないか。吸血鬼は至って呑気だった。学校に通っているということは、侵略に来たのではなさそうだし。
「クリームソーダです」
「わあ! ありがとうございます」
仕事というのだから、単なる地球観光とも思えないが。
「この毒々しき緑色と不透明の赤色が妙にも視覚を満足させるのでありますな」
義兄上といい、食べる人はやたらと食べるのだ。
そういえばあのソーダ君とやらはどうなったのだろうか。店員含め、喫茶ソロモンには不思議な生き物がたくさんいる。あれもそうだ。
「なあテル、学校での理人の様子ってどうだ?」
「今どき珍しいくらいのいい人であります。放課後の買い物、休みの日の冒険、誘ったら大体ついてきてくれるであります。しかし最近は付き合いが悪いであります」
「それって原因俺?」
「わかりきったことであります。しかしながら、彼には彼の冒険、であります」
十分ほどかけ、テルはクリームソーダを食べ終えた。
「ごちそうさまでした! 大変おいしゅうございました」
吸血鬼より先に注文の全てを片付けたテルは、相席した人とのんびりお喋りする気は無いらしく、さっさと帰っていった。食べ終えた後の挨拶の元気もいい。こういうところを見ると非常に印象良く感じる。やはり侵略の第一歩は礼儀から、なのか。見習いたいものだと吸血鬼は思った。
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