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五月・足長おじさんと

5/15(木) 計画性なしホワイトソース

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「ただいま」
 と言って狩人が戸締まりをする。返事が無いわりに台所から火の音がするので、帰って来てからの一通りを済ませて台所を覗き込む。
 吸血鬼はフライパンで白い何かを煮込んでいた。具は見当たらない。白いどろどろとした何かに、コショウのような黒い粒が混じっている。
「何作ってるの?」
「ああ、帰って来てたのか」
「うん」
「ホワイトソース」
 牛乳、小麦粉、バター、味付けに塩コショウ。シンプルなホワイトソースである。
「ドリア……グラタン……カルボナーラとかにも使える。もうちょい水気飛ばしたらパンにも付けられるかもしれん」
「今日の晩御飯は何にするの?」
「いや……」
 一旦火を止める。
「考えてなかったな。どうしよう」
 ホワイトソースを作っているからにはそれを使った何かを作るものだろう。計画性の無さ、関心の無さ。人と暮らし慣れていないがためか、色々と足りていない。それから意外と凝り性であることが判明した。
 手の込んだ食事を作ったことが無い自分に言えた台詞ではない。狩人はただぼんやりと手元を眺めていた。
「理人、ちょっと退け」
 吸血鬼はぼんやりした様子の狩人を押し退け、食器棚の下を漁る。今は長期保存可能な缶詰やらレトルトやらが入っている。
「米か麺か、どっちがいい」
「ご飯がいい」
「即答だな。じゃあ今日はドリアだ」
 スイートコーン缶を一つ出して棚を閉じ、次は冷蔵庫を漁る。
 ベーコン、冷凍のしめじ。具はこんなものでいい。冷凍のご飯を電子レンジに任せる。出来上がったホワイトソースを丁重にタッパーに移し、バターを敷き直す。
「玉ねぎは?」
「玉ねぎはない」
 この台所からはニンニクと同様に出入りを禁止している。目に沁みるし、傷口が広がって溶けやすくなる。立つのにも気を遣わなくてはならなくなる。しなしなしていて美味しくない。置いておいて何もいいことがない。
「お前に出来ることはないから退いてろ」
 吸血鬼は包丁を当たらない程度に振って狩人を追い出す。確かに何もできることはなさそうだと判断した狩人はおとなしく布巾を持ってちゃぶ台を拭き、食器やら常備菜やらを出して、ドリアが出来上がるのを待つ。
 吸血鬼は具に火を通し終え、耐熱皿にレンチンした米、具、ホワイトソース、チーズを敷き、電子レンジに仕上げの作業を任せる。終えるのを待つ間、包丁やらフライパンやらを洗う。
「ホワイトソースがちょっと残ってるから、明日の朝食パンに塗って食え」
 そういえばホワイトソースってどういう味がするのか。そもそも何で出来ているのか。狩人は知らなかった。寝転がって手を伸ばし、吸血鬼が使ったと思しき教本を読んだ。小麦粉、牛乳、バター。黒い粒は塩コショウ。
「これを乗せて食べたらパンの二乗になる」
「大変だな」
 吸血鬼は自分で食べないからと言ってまるで他人事な様子である。べつにパンが二乗になったっていいじゃないか。独り言にいちいちけちを付けないでくれ。
「チーズとか、ケチャップとか乗っけたらいいんじゃないか? ピザみたいに」
「なるほど」
「でもチーズは今日のドリアと被るな。気にするんだろ、そういうの」
「いや……」
 梯子を外されたと思った吸血鬼の舌打ちは、作業を終えた電子レンジの機嫌良さげな電子音に掻き消えた。
「鍋敷き!」
 電子レンジの扉を開けた吸血鬼が叫ぶ。狩人はすかさずちゃぶ台に鍋敷きを配膳する。熱々の耐熱皿をそのまま置いたらちゃぶ台が焦げ付いてしまう。
「よし」
 両手にミトンを付けた吸血鬼が、ほかほかの湯気が立ったドリアを一つずつ運んでくる。彼の表情はドリアを無事に鍋敷きの上に置くこと以外、何も考えていないように見える。
「美味いか」
 吸血鬼は狩人のほうを見ずに言う。吸血鬼はスプーンを上げたり下げたりして、ドリアが冷めるのを待っていた。その暇の間に世間話に格好のネタがあったからただ尋ねたように思える。狩人はドロドロになるまで咀嚼したドリアを、嚥下してから答える。
「うん、おいしい」
「そりゃよかった」
 吸血鬼は今日初めて表情を変えた。笑顔に不慣れな引きつった微笑だった。
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