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2.一方的愛情過多な日常
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教会での生活、朝は早い。
とはいっても、基本的にはルーチン通りの行動だ。
清掃、礼拝、信徒が来れば告解を聞き、後は……自分の為に居もしない神に祈るだけだ。
そんな毎日の中に、昨日から突然入り込んできた極夜という狂人。
昨夜はふらりと教会を出て、戻ってきたと思ったら粗末な冷蔵庫に食材を詰めていた。質素な食生活をしている身としては余計なお世話でしかないのだが、夕食のテーブルにはハンバーグがデンと置かれていた。
「……」
胡乱気な目で眺め、眼鏡を押し上げた俺に、極夜は「座れ」と言って俺を促した。
「頼んでないのですが」
「好きだっただろ、ハンバーグ」
「……はぁ……」
ため息しか出てこなかった。
それでも食べ物を粗末にするのはさすがに気が引ける。
極夜の前に座り、習慣から手を組んで祈りの言葉を口にしていた。
「父よ、あなたのいつくしみに感謝してこの食事をいただきます」
「……神は居ないと言うくせに、祈りは捧げるのか。そういう矛盾がお前を壊したんだろうな」
極夜が呆れたように言うが、習慣なんだからもうしょうがない。
「ここに用意されたものを祝福し、私達の心と体を支える糧としてください。私達の主イエス・キリストによって。アーメン」
「はいはい、アーメン」
一応、極夜も手を組み、一言だけは祈りの言葉を口にした。
そして……俺は極夜をちらりと見て、ちょっと目を背けた。
「……いただきます」
「あぁ、ちゃんと食えよ、白夜」
なんだかきまりが悪い。
ハンバーグなのにナイフとフォークじゃなくて箸が置いてあるあたり、目の前の男は間違いなく日本人なんだろう。
主食がパンなのに、箸でハンバーグを食べるというのは、思った以上に滑稽だった。
極夜が頬を緩めて俺を見ていることを除けば、悪くはない夕食だったとは思う。普段はめったに肉を食べない俺からすれば、酷く懐かしい味だった。
入浴をしようとした時に、何食わぬ顔でついてきた極夜を力尽くで脱衣所から追い出し、いつもであればリラックスしていられる入浴時間は、非常に緊張感が漲ったものになってしまった。
「せっかくだから髪を洗ってあげようと思ったのに。お前、一人だと怖いって言ってたもんなぁ」
――そんなことは知らない。
一万歩譲って、俺がそう言ったのだとしても、子供の頃の話だろう?
なぜ成人男性の俺が一人で髪も洗えないと思っているのか、この狂人は。
俺と入れ替わりに入浴を済ませた極夜は、渋々俺が貸した寝間着を着て、
「ちょっときついんだけど……白夜、お前、やっぱり栄養が足りてないだろ」
などと言っていたが、俺の知ったことではない。
「文句があるなら今すぐにでもお引き取りください」
「嫌だね。仕方ない、服だのなんだのは明日、買いに行って来よう」
極夜はそれだけ言って、ツカツカとベッドルームへと向かう。
――ん? ちょっと待て。
「あの……?」
「ん?」
「え……なぜ、ベッドルームに?」
「もう寝るんだろ?」
「寝ますが」
「じゃあ、問題ないだろ」
……問題しかないんだが。
まさかとは思うが、この狂人、俺のベッドを占拠するつもりか?
となると、俺は……どこで寝ればいいんだ……。他に横になれそうなところなんて、聖堂の長椅子ぐらいしかない。
仕方ない、毛布だけ持って聖堂に行こう……。
肩を落とした俺だったが、その瞬間に極夜に手を取られた。
「ほら、体が冷えるぞ」
「は?」
手を引かれてベッドルームに入って行かれ、ベッドランプを灯して部屋の電気を消され、呆然としている内に俺の体はベッドに寝かされ、その横に……。
「ちょっ、ちょっと……!? なに、を……っ」
「ん? ベッド、ここにしかないんだろ? 狭いけど、まぁ、俺は気にしないから」
気にしろよ!?
「い、いくら何でも、同衾なんて……!」
「はいはい、良い子だから静かに寝なさい。お休み、白夜」
そう言って、極夜は俺の横にしっかりと体を横たえてランプを消し、ついでとばかりに俺を抱き寄せてさっさと寝てしまった。
「……」
何とかその腕から抜け出そうと体を捩ってみるが、びくともしない。
なんで……こんなことに……。
知らない男と、同じベッドで?
――眠れるわけがない!
何より、男の、顔、が。
「っ……」
ズキリと頭が痛んで、咄嗟に顔を背けた。
この顔を至近距離で見ていることに耐えられない。
逃れようとしても叶わず、寝息が聞こえてくるのすら緊張が煽られる。
どうしたらいいのか分からず、じっと硬直したまま、目だけをきつく閉じた。
――当然、一睡もできなかった。
そして、朝。
起床する時間になり、徹夜したせいで重い頭を何とか働かせて起き上がろうとするが……動けない。
「……この……馬鹿力……っ」
呻いた俺の声に反応したのか、極夜がぼやっと目を開く。
「…………おはよう、白夜」
放せ!――と怒鳴りたいのを何とか抑え込み、必死に自制心を働かせる。
「放してくれませんか、私は忙しいので」
「あぁ、なんか朝のお勤めとかあるのか? 朝食は作っておくから、終わったらちゃんと食べに来いよ、白夜」
ふわ、とあくびを一つした極夜は、ようやく俺の体を解放してくれた。
体がギシギシいってる。
無理もない。一晩、硬直したまま横になっていればこんなザマにもなるだろう。
なんとかベッドから這い出し、顔を洗いに行く。
歯磨きを済ませ、櫛を通して髪を整え、ベッドルームに着替えに戻ると、すでに極夜はいなかった。
――助かった、眺められながら着替える趣味はない。
きちんとキャソックを纏い、重々しいため息を一つ零して、俺は聖堂へと向かった。
聖堂の清掃、屋外の清掃。
それが終わると、朝の祈りをルーチン通りに粛々と済ませた。
いつもなら、ここで朝食のパンを水で流し込んで終わりなのだが、昨日の夕食の件もあるし、先ほど極夜が「朝食は作っておく」と言っていたのもある。
「……気が重い……」
なぜ、自分が管理する教会で、こんなにも息苦しい朝を迎えなくてはいけないんだろう。
日常、ルーチン通りの行動。そういった淡々と続くものが、もしかしたら自分の精神を或いは支えていたのかもしれない。
それが突然ぶち壊されて、見たくもない顔をした男がベタベタと引っ付いてくる。
勘弁してほしい。
たった一晩で俺は多大な気疲れを覚えていた。
ヨロヨロとキッチンに向かうと、良い匂いがする。
見れば、極夜は適当に引っ張り出して着替えたらしい俺の普段着を着て、コンロに向かっていた。
「……」
ちらりと粗末なダイニングテーブルを見れば、サラダとパンが置いてある。
「ん? あぁ、来たのか。目玉焼きでいいな?」
「……頼んで、いませんが」
昨夜も同じようなことを言った気がする。
「いいから座ってなさい。スープはコーンスープだ。白夜、お前はカフェインは?」
「……禁止は、されていませんが」
「コーヒーと紅茶、どっちがいいんだ?」
「……コーヒー、で」
俺の躊躇いがちな返答を受け、極夜が手際良く食卓を準備していく。
そっと椅子に腰を下ろすと、見計らったように俺の前に目玉焼きの乗った皿とスープマグとコーヒーカップが置かれた。
「あったかいうちに食べろよ」
ニコニコしながら極夜に勧められるが、正直、朝からそんなに食べられない。
それでも、いつも通りに食前の祈りを捧げ、食べ物を粗末にしたくない一心で食べ物を口に運んでいく。
――どれも美味しいのが、余計に癪に障る。
何とか食べ終わる頃には、満腹を通り越していた。
「……父よ、感謝のうちにこの食事を終わります。あなたのいつくしみを忘れず、すべての人の幸せを祈りながら。私達の主イエス・キリストによって。アーメン……」
声を出すのも若干きつい。
「お前、本当に食が細いな……ちゃんと食べないと、余計なことばっかり考えるだろう? これからはちゃんと俺が美味しいものを食べさせてやるからな?」
……勘弁してほしい。
何度目だろう、そう考えるのは。
俺は食器をシンクに運ぼうとするのを極夜に阻止され、仕方なしに聖堂へ向かって日々のお勤めに身を置くことにした。
今のところ、聖堂には極夜は入ってこない。
信徒が訪れる可能性が高い場所には、姿を現さないつもりなんだろうか。それはそれで助かるのだが。余計な疑惑を持たれても体裁が悪いし。
――というか、神父が教会に男を連れ込んでいるなんて、教区の司教に知られたら大問題になる。
隠さなくてはいけない。
あの狂人の存在を。
あの男が、ここを出ていくまで。
隠し通さなくては。
こうして、俺のストレス源が、また一つ増えた。
とはいっても、基本的にはルーチン通りの行動だ。
清掃、礼拝、信徒が来れば告解を聞き、後は……自分の為に居もしない神に祈るだけだ。
そんな毎日の中に、昨日から突然入り込んできた極夜という狂人。
昨夜はふらりと教会を出て、戻ってきたと思ったら粗末な冷蔵庫に食材を詰めていた。質素な食生活をしている身としては余計なお世話でしかないのだが、夕食のテーブルにはハンバーグがデンと置かれていた。
「……」
胡乱気な目で眺め、眼鏡を押し上げた俺に、極夜は「座れ」と言って俺を促した。
「頼んでないのですが」
「好きだっただろ、ハンバーグ」
「……はぁ……」
ため息しか出てこなかった。
それでも食べ物を粗末にするのはさすがに気が引ける。
極夜の前に座り、習慣から手を組んで祈りの言葉を口にしていた。
「父よ、あなたのいつくしみに感謝してこの食事をいただきます」
「……神は居ないと言うくせに、祈りは捧げるのか。そういう矛盾がお前を壊したんだろうな」
極夜が呆れたように言うが、習慣なんだからもうしょうがない。
「ここに用意されたものを祝福し、私達の心と体を支える糧としてください。私達の主イエス・キリストによって。アーメン」
「はいはい、アーメン」
一応、極夜も手を組み、一言だけは祈りの言葉を口にした。
そして……俺は極夜をちらりと見て、ちょっと目を背けた。
「……いただきます」
「あぁ、ちゃんと食えよ、白夜」
なんだかきまりが悪い。
ハンバーグなのにナイフとフォークじゃなくて箸が置いてあるあたり、目の前の男は間違いなく日本人なんだろう。
主食がパンなのに、箸でハンバーグを食べるというのは、思った以上に滑稽だった。
極夜が頬を緩めて俺を見ていることを除けば、悪くはない夕食だったとは思う。普段はめったに肉を食べない俺からすれば、酷く懐かしい味だった。
入浴をしようとした時に、何食わぬ顔でついてきた極夜を力尽くで脱衣所から追い出し、いつもであればリラックスしていられる入浴時間は、非常に緊張感が漲ったものになってしまった。
「せっかくだから髪を洗ってあげようと思ったのに。お前、一人だと怖いって言ってたもんなぁ」
――そんなことは知らない。
一万歩譲って、俺がそう言ったのだとしても、子供の頃の話だろう?
なぜ成人男性の俺が一人で髪も洗えないと思っているのか、この狂人は。
俺と入れ替わりに入浴を済ませた極夜は、渋々俺が貸した寝間着を着て、
「ちょっときついんだけど……白夜、お前、やっぱり栄養が足りてないだろ」
などと言っていたが、俺の知ったことではない。
「文句があるなら今すぐにでもお引き取りください」
「嫌だね。仕方ない、服だのなんだのは明日、買いに行って来よう」
極夜はそれだけ言って、ツカツカとベッドルームへと向かう。
――ん? ちょっと待て。
「あの……?」
「ん?」
「え……なぜ、ベッドルームに?」
「もう寝るんだろ?」
「寝ますが」
「じゃあ、問題ないだろ」
……問題しかないんだが。
まさかとは思うが、この狂人、俺のベッドを占拠するつもりか?
となると、俺は……どこで寝ればいいんだ……。他に横になれそうなところなんて、聖堂の長椅子ぐらいしかない。
仕方ない、毛布だけ持って聖堂に行こう……。
肩を落とした俺だったが、その瞬間に極夜に手を取られた。
「ほら、体が冷えるぞ」
「は?」
手を引かれてベッドルームに入って行かれ、ベッドランプを灯して部屋の電気を消され、呆然としている内に俺の体はベッドに寝かされ、その横に……。
「ちょっ、ちょっと……!? なに、を……っ」
「ん? ベッド、ここにしかないんだろ? 狭いけど、まぁ、俺は気にしないから」
気にしろよ!?
「い、いくら何でも、同衾なんて……!」
「はいはい、良い子だから静かに寝なさい。お休み、白夜」
そう言って、極夜は俺の横にしっかりと体を横たえてランプを消し、ついでとばかりに俺を抱き寄せてさっさと寝てしまった。
「……」
何とかその腕から抜け出そうと体を捩ってみるが、びくともしない。
なんで……こんなことに……。
知らない男と、同じベッドで?
――眠れるわけがない!
何より、男の、顔、が。
「っ……」
ズキリと頭が痛んで、咄嗟に顔を背けた。
この顔を至近距離で見ていることに耐えられない。
逃れようとしても叶わず、寝息が聞こえてくるのすら緊張が煽られる。
どうしたらいいのか分からず、じっと硬直したまま、目だけをきつく閉じた。
――当然、一睡もできなかった。
そして、朝。
起床する時間になり、徹夜したせいで重い頭を何とか働かせて起き上がろうとするが……動けない。
「……この……馬鹿力……っ」
呻いた俺の声に反応したのか、極夜がぼやっと目を開く。
「…………おはよう、白夜」
放せ!――と怒鳴りたいのを何とか抑え込み、必死に自制心を働かせる。
「放してくれませんか、私は忙しいので」
「あぁ、なんか朝のお勤めとかあるのか? 朝食は作っておくから、終わったらちゃんと食べに来いよ、白夜」
ふわ、とあくびを一つした極夜は、ようやく俺の体を解放してくれた。
体がギシギシいってる。
無理もない。一晩、硬直したまま横になっていればこんなザマにもなるだろう。
なんとかベッドから這い出し、顔を洗いに行く。
歯磨きを済ませ、櫛を通して髪を整え、ベッドルームに着替えに戻ると、すでに極夜はいなかった。
――助かった、眺められながら着替える趣味はない。
きちんとキャソックを纏い、重々しいため息を一つ零して、俺は聖堂へと向かった。
聖堂の清掃、屋外の清掃。
それが終わると、朝の祈りをルーチン通りに粛々と済ませた。
いつもなら、ここで朝食のパンを水で流し込んで終わりなのだが、昨日の夕食の件もあるし、先ほど極夜が「朝食は作っておく」と言っていたのもある。
「……気が重い……」
なぜ、自分が管理する教会で、こんなにも息苦しい朝を迎えなくてはいけないんだろう。
日常、ルーチン通りの行動。そういった淡々と続くものが、もしかしたら自分の精神を或いは支えていたのかもしれない。
それが突然ぶち壊されて、見たくもない顔をした男がベタベタと引っ付いてくる。
勘弁してほしい。
たった一晩で俺は多大な気疲れを覚えていた。
ヨロヨロとキッチンに向かうと、良い匂いがする。
見れば、極夜は適当に引っ張り出して着替えたらしい俺の普段着を着て、コンロに向かっていた。
「……」
ちらりと粗末なダイニングテーブルを見れば、サラダとパンが置いてある。
「ん? あぁ、来たのか。目玉焼きでいいな?」
「……頼んで、いませんが」
昨夜も同じようなことを言った気がする。
「いいから座ってなさい。スープはコーンスープだ。白夜、お前はカフェインは?」
「……禁止は、されていませんが」
「コーヒーと紅茶、どっちがいいんだ?」
「……コーヒー、で」
俺の躊躇いがちな返答を受け、極夜が手際良く食卓を準備していく。
そっと椅子に腰を下ろすと、見計らったように俺の前に目玉焼きの乗った皿とスープマグとコーヒーカップが置かれた。
「あったかいうちに食べろよ」
ニコニコしながら極夜に勧められるが、正直、朝からそんなに食べられない。
それでも、いつも通りに食前の祈りを捧げ、食べ物を粗末にしたくない一心で食べ物を口に運んでいく。
――どれも美味しいのが、余計に癪に障る。
何とか食べ終わる頃には、満腹を通り越していた。
「……父よ、感謝のうちにこの食事を終わります。あなたのいつくしみを忘れず、すべての人の幸せを祈りながら。私達の主イエス・キリストによって。アーメン……」
声を出すのも若干きつい。
「お前、本当に食が細いな……ちゃんと食べないと、余計なことばっかり考えるだろう? これからはちゃんと俺が美味しいものを食べさせてやるからな?」
……勘弁してほしい。
何度目だろう、そう考えるのは。
俺は食器をシンクに運ぼうとするのを極夜に阻止され、仕方なしに聖堂へ向かって日々のお勤めに身を置くことにした。
今のところ、聖堂には極夜は入ってこない。
信徒が訪れる可能性が高い場所には、姿を現さないつもりなんだろうか。それはそれで助かるのだが。余計な疑惑を持たれても体裁が悪いし。
――というか、神父が教会に男を連れ込んでいるなんて、教区の司教に知られたら大問題になる。
隠さなくてはいけない。
あの狂人の存在を。
あの男が、ここを出ていくまで。
隠し通さなくては。
こうして、俺のストレス源が、また一つ増えた。
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