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優しさの欠片
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リリアナは朝から不貞腐れていた。
数日のあいだ、リリアナは固い絨毯のベッドを堪能した。いつもならば、体の痛みに眉を潜め起き上がるのだが、今日は違う。
自身の部屋のベッドの上で目が覚めたのだ。
「なんで!? もしかして、ロフがここに?」
「いえ」
ロフは魔王とは思わせない爽やかな笑みを浮かべて、朝の紅茶を入れた。彼は少しばかり強情ではあるが、嘘はつかない。それは生活の中で理解しているつもりだ。
「じゃあ、使用人の誰か?」
「いえ」
「じゃあ、私が歩いて戻ったって言うの?」
「そのような器用な真似ができるようになりましたか?」
出されたパンケーキを一口大に切って、口の中に放り込む。バターがしみこんだパンケーキはふわふわでおいしい。
「もしかして……」
(お父様が?)
リリアナは裸足のまま部屋を飛び出した。廊下を走っていると、いつも世話をしてくれている侍女と出くわした。
「まあ、どうなさいました?」
「お父様はっ? 昨夜お父様が来ていたんでしょ?」
リリアナは侍女に飛びついた。彼女は困ったように眉尻を下げる。
「はい。お嬢様はお部屋までお連れしてくださいましたよ」
「お父様が?」
「ええ、もちろんです。体を冷やすからもうやめるようにとおっしゃっていました」
「それで? あとは?」
「あとは、外にお出かけになるためのドレスをつくるようにと」
「それって、お父様とお出かけってこと?」
「はい。もうすぐ聖女様の追悼式典が行われます。聖女様と言ってもまだ難しいかしら。世界を救った方に『ありがとう』と言うイベントがあるのですよ。それに連れて行ってもらえると思います」
リリアナは目を見開いた。
(私の追悼式典……。なんか、すっごく複雑な気分)
どんな顔をして向き合えばいいのだろうか。しかし、それがあるお陰で、父親と会えるのだ。もしかしたら、この五年間の情報を知り得るかもしれない。
「ようやく、旦那様にお会いできますね。お喜び申し上げます」
「ありがとう」
「嬉しゅうございますか?」
「うん」
「旦那様もきっとお喜びになられますよ」
「どうしてそう思うの? ずっと会いに来ないのよ? いやいや会うかも」
「そんなはずはございません。だって、旦那様はご帰宅後、一番にお嬢様の寝顔を見ていかれますもの」
リリアナは目を瞬かせた。
「そうなの? 私、知らないわ」
「毎日ぐっすりおやすみですから」
「なんで、起こしてくれないの?」
「夜遅くに起きる癖がついてはいけないからですわ」
リリアナは侍女の目をジッと見つめた。侍女の言うとおりかもしれないし、彼女の口から出たでまかせかもしれない。けれど、ルーカスはリリアナを見捨てたわけではないようだ。
恐ろしいという形容詞をつけられてしまうくらい、五年のうちに何かが起ったのかもしれない。けれど、ルーカスはまだ、娘の寝顔を確認する優しさは残してある。それが嬉しかった。
思わず、頬が緩んだ。
侍女がリリアナの頭を撫でる。優しい優しい手つきだ。
行く先に一筋の光を見つけたと同時に、腹がなった。朝食のパンケーキを一口しか食べていないことを思い出す。侍女が笑って部屋に戻るように促した。
部屋に戻ると何事もなかったかのように、ロフが待機していた。リリアナは少し冷えたパンケーキを平らげる。
「良いことがありましたか?」
「ええ、とっても。痛くて寒い思いをした甲斐があったわ」
「それはよろしゅうございました」
ロフが微笑む。佇まいといい、顔立ちといい、魔王だとは思えない。生まれたときから執事だったと言っても信じてしまいそうだ。
「体は痛みますか?」
「背中がまだ少し。腰も痛いかも。でも、この痛み、すっごく懐かしいの」
前世のことはいまだはっきりと思い出せるくらい記憶が鮮明だ。聖女として各地を回っていたころ、毎日柔らかいベッドにありつけるわけではなかった。固いベッドもあった。馬小屋で寝たこともある。
張り替えたばかりの臙脂色の絨毯は、旅のころの記憶よりもずっと柔らかい。
食器を下げたロフが湯を張った桶を持ってくる。リリアナは素直にその桶に足を入れた。ちゃぷちゃぷと小さく足を動かし遊ぶと、子どもに戻ったみたいだった。
足湯が朝食後の日課になったのは、リリアナが廊下で寝始めて二日目の朝のこと。「血の巡りがよくなると本に書いてあった」とロフが言ったのだ。
ロフは本を読むという行為が気に入ったようで、日に何冊も本を読む。リリアナが起きてから寝るまでのあいだ、片時も離れないのにどこに時間があるのか疑問だった。
足からお湯が跳ねてロフの執事服の裾を濡らす。しかし、何も気にする様子もない。リリアナは暫くあいだ、リリアナの足を拭くロフの真っ黒な髪の毛を眺めていた。
数日のあいだ、リリアナは固い絨毯のベッドを堪能した。いつもならば、体の痛みに眉を潜め起き上がるのだが、今日は違う。
自身の部屋のベッドの上で目が覚めたのだ。
「なんで!? もしかして、ロフがここに?」
「いえ」
ロフは魔王とは思わせない爽やかな笑みを浮かべて、朝の紅茶を入れた。彼は少しばかり強情ではあるが、嘘はつかない。それは生活の中で理解しているつもりだ。
「じゃあ、使用人の誰か?」
「いえ」
「じゃあ、私が歩いて戻ったって言うの?」
「そのような器用な真似ができるようになりましたか?」
出されたパンケーキを一口大に切って、口の中に放り込む。バターがしみこんだパンケーキはふわふわでおいしい。
「もしかして……」
(お父様が?)
リリアナは裸足のまま部屋を飛び出した。廊下を走っていると、いつも世話をしてくれている侍女と出くわした。
「まあ、どうなさいました?」
「お父様はっ? 昨夜お父様が来ていたんでしょ?」
リリアナは侍女に飛びついた。彼女は困ったように眉尻を下げる。
「はい。お嬢様はお部屋までお連れしてくださいましたよ」
「お父様が?」
「ええ、もちろんです。体を冷やすからもうやめるようにとおっしゃっていました」
「それで? あとは?」
「あとは、外にお出かけになるためのドレスをつくるようにと」
「それって、お父様とお出かけってこと?」
「はい。もうすぐ聖女様の追悼式典が行われます。聖女様と言ってもまだ難しいかしら。世界を救った方に『ありがとう』と言うイベントがあるのですよ。それに連れて行ってもらえると思います」
リリアナは目を見開いた。
(私の追悼式典……。なんか、すっごく複雑な気分)
どんな顔をして向き合えばいいのだろうか。しかし、それがあるお陰で、父親と会えるのだ。もしかしたら、この五年間の情報を知り得るかもしれない。
「ようやく、旦那様にお会いできますね。お喜び申し上げます」
「ありがとう」
「嬉しゅうございますか?」
「うん」
「旦那様もきっとお喜びになられますよ」
「どうしてそう思うの? ずっと会いに来ないのよ? いやいや会うかも」
「そんなはずはございません。だって、旦那様はご帰宅後、一番にお嬢様の寝顔を見ていかれますもの」
リリアナは目を瞬かせた。
「そうなの? 私、知らないわ」
「毎日ぐっすりおやすみですから」
「なんで、起こしてくれないの?」
「夜遅くに起きる癖がついてはいけないからですわ」
リリアナは侍女の目をジッと見つめた。侍女の言うとおりかもしれないし、彼女の口から出たでまかせかもしれない。けれど、ルーカスはリリアナを見捨てたわけではないようだ。
恐ろしいという形容詞をつけられてしまうくらい、五年のうちに何かが起ったのかもしれない。けれど、ルーカスはまだ、娘の寝顔を確認する優しさは残してある。それが嬉しかった。
思わず、頬が緩んだ。
侍女がリリアナの頭を撫でる。優しい優しい手つきだ。
行く先に一筋の光を見つけたと同時に、腹がなった。朝食のパンケーキを一口しか食べていないことを思い出す。侍女が笑って部屋に戻るように促した。
部屋に戻ると何事もなかったかのように、ロフが待機していた。リリアナは少し冷えたパンケーキを平らげる。
「良いことがありましたか?」
「ええ、とっても。痛くて寒い思いをした甲斐があったわ」
「それはよろしゅうございました」
ロフが微笑む。佇まいといい、顔立ちといい、魔王だとは思えない。生まれたときから執事だったと言っても信じてしまいそうだ。
「体は痛みますか?」
「背中がまだ少し。腰も痛いかも。でも、この痛み、すっごく懐かしいの」
前世のことはいまだはっきりと思い出せるくらい記憶が鮮明だ。聖女として各地を回っていたころ、毎日柔らかいベッドにありつけるわけではなかった。固いベッドもあった。馬小屋で寝たこともある。
張り替えたばかりの臙脂色の絨毯は、旅のころの記憶よりもずっと柔らかい。
食器を下げたロフが湯を張った桶を持ってくる。リリアナは素直にその桶に足を入れた。ちゃぷちゃぷと小さく足を動かし遊ぶと、子どもに戻ったみたいだった。
足湯が朝食後の日課になったのは、リリアナが廊下で寝始めて二日目の朝のこと。「血の巡りがよくなると本に書いてあった」とロフが言ったのだ。
ロフは本を読むという行為が気に入ったようで、日に何冊も本を読む。リリアナが起きてから寝るまでのあいだ、片時も離れないのにどこに時間があるのか疑問だった。
足からお湯が跳ねてロフの執事服の裾を濡らす。しかし、何も気にする様子もない。リリアナは暫くあいだ、リリアナの足を拭くロフの真っ黒な髪の毛を眺めていた。
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