10 / 25
第2章:頞部陀地獄編
第十話:囚人騎士は地獄の底で夢を見た
しおりを挟む
歴史が炎に炙られる音が、私の耳を満たしていた。幾百年の栄光を享受した王城は、貪欲に薪を求める炎に飲まれ、幾万の人々を道ずれに3文の価値もない炭へとその姿を変えられていく。
あらゆるものを腹の中に飲み込んだ炎は、より大きく、禍々しく燃え広がり、青白い炎で王城を包み込んでいく。王城から、悲鳴は最早聞こえてこない。殆ど皆、焼かれてしまったからだ。
不滅、不変と思われた王城の景色は、いざ蓋を開けてみると想像以上に脆いものだった。
炎に焼かれ、自重に耐えられなくなった構造物が耳を聾する音を立てて崩れ落ちる。
熱に浮かれ、荒れ狂う空気の乱流に、王城の壁を彩るステンドグラスは耐えられず、次々と割れていく。
深紅の生地に、金糸で彫られた王家の紋章は、炎に巻かれバタバタとはためき、灰へと変わり果てていった。
私は、そんな中で、一切の迷いなく足を進めていく。カツン、カツンと私の足が石床を叩き、右手に握られた身の丈を超す大剣は、その刀身で石畳をガリ、ガリと削っていく。刀身は幾百人の血肉で汚れ、刃先からは赤く濁った血が床へと滴り、一本の線を描いていた。
感情の高ぶりは感じられない。私の体は規則正しく、淡々と足を前へと運んでいる。
血の涙が頬を伝い、鉄を噛み切れるほどに歯を食いしばっているというのに、私の内心は不思議と穏やかだった。
己の間合いに、彼女を収めるまで、私の足が止まることはない。点々と続く血痕を頼りに、私は迷宮のように広い、燃え盛る王城の中を進んでいく。
「……」
私は、血の海に倒れる一人の女性を前にして、その足取りを止めた。私は、生糸で織られたドレスを纏い、右手でかろうじて上半身を支えている彼女の姿を、まじまじと見つめる。
自分自身の体から流れ出た血と、灰で汚れたドレスをくしゃくしゃに乱し、剣に貫かれた右肩を抑え、ぜぇぜぇと荒く息をする彼女の、苦痛に歪んだ眼を前にして、私は剣を両手で握り、振り上げる。
全身を覆う板金鎧が、「ガチャン」と鳴り響き、剣の切っ先がこれから描く円弧の内側に彼女の首がおさめられた。
「……」
私が振り上げた剣の切っ先を目で追っていた彼女は、数秒先の未来を悟ったようである。
ため息をつくかのように視線を下げた彼女は、目をつむり、唇をわなわなと震わせる。全身を小刻みに震わせ、顔を青ざめさせた彼女は、不意に頭を二度横に振った。
肩まで伸びる黒い髪が彼女の行動に合わせて揺れ動き、目じりから溢れる涙は、炭粉に汚れた彼女の頬に、一筋の跡を残していく。
やがて、彼女は恐怖を押し殺し、顔を強張らせ、バッと私へとその視線を向けた。両手を横一杯に広げ、キッと刺すような眼差しで私を睨みつける。
痛みと恐怖で大げさなほどに大きくなった呼吸は、彼女の胸を激しく上下させ、石畳に広がる血の海に、幾十もの波紋を生み出していた。
これは……記憶か?
彼女は……だれだ……?
「……」
目の前に鮮明に映し出されていた炎に巻かれる王城の景色が、嘘のようにかき消された。
私の目は今、ほんの僅かな輪郭すらも捉えられない、白の世界を映し出している。
目の前に広がる情景の、あまりにも大きな変化に私は最初、目をしばたたかせたが、その直後に全身を突き刺した、言葉に出来ない程に激しい痛みによって、私はようやく「自分が今地獄にいる」ことを思い出した。
そして、それと同時に、体面を保てなくなるほどの恐怖心も私に襲いかかってきた。
「はあっ! ……あぁぁ!! はぁあっ!! ……あぁ……」
鮮明に浮かび上がる、孤独の記憶。
己自身の肉体が牢獄となって、魂を永遠にとらえ続ける、あのどうしようもない閉塞感。
体中からぶわっと汗があふれ出した私は、体を流れる血液が氷点下を下回ったかのような寒気を前に、思わず両腕を組んで、ガタガタと体を震わせる。
二の腕に突き立てられた指は血を噴き上げながら肉へとめり込んでいき、歯はガチガチと小刻みに鳴り、目じりが裂けそうな程に目はまん丸に見開かれた。
「ひぃっ! ひぃい!」
恐怖。逃れようのない恐怖。
私の意識は、悪霊のように憑りついたこの感情から逃れること以外に考えられない。
両手が妙にさみしい。それは私の大剣が……等括地獄で常に私の傍らにあったあの肉断ち包丁が握られていないからだ。
私は矮小で虚弱な小鬼のように素早く周囲を見渡し、最愛の獲物がないかを必死になって探し続ける。
視界に私の大剣が映らないことは、これほどまでに寂しいものだったのか。
むき出しになった岩肌に立てかけられていた剣を見つけるや否や、猿のように飛び上がり、ひったくるようにして大剣の柄を握った私は、獣のような喘ぎ声をあげて刀身に頬ずりしながら、そのことを実感していた。
「……ん……? まてよ?」
自分が今置かれている状況と自分自身の行動に違和感を覚えたのは、漸くこの時になってからだった。
「ぷっ……。ちょっと、なに? 何やってるの?」
自分の目と鼻の先に、人がいることに気づいたのも、ようやくこの時になってからのことであった。
あらゆるものを腹の中に飲み込んだ炎は、より大きく、禍々しく燃え広がり、青白い炎で王城を包み込んでいく。王城から、悲鳴は最早聞こえてこない。殆ど皆、焼かれてしまったからだ。
不滅、不変と思われた王城の景色は、いざ蓋を開けてみると想像以上に脆いものだった。
炎に焼かれ、自重に耐えられなくなった構造物が耳を聾する音を立てて崩れ落ちる。
熱に浮かれ、荒れ狂う空気の乱流に、王城の壁を彩るステンドグラスは耐えられず、次々と割れていく。
深紅の生地に、金糸で彫られた王家の紋章は、炎に巻かれバタバタとはためき、灰へと変わり果てていった。
私は、そんな中で、一切の迷いなく足を進めていく。カツン、カツンと私の足が石床を叩き、右手に握られた身の丈を超す大剣は、その刀身で石畳をガリ、ガリと削っていく。刀身は幾百人の血肉で汚れ、刃先からは赤く濁った血が床へと滴り、一本の線を描いていた。
感情の高ぶりは感じられない。私の体は規則正しく、淡々と足を前へと運んでいる。
血の涙が頬を伝い、鉄を噛み切れるほどに歯を食いしばっているというのに、私の内心は不思議と穏やかだった。
己の間合いに、彼女を収めるまで、私の足が止まることはない。点々と続く血痕を頼りに、私は迷宮のように広い、燃え盛る王城の中を進んでいく。
「……」
私は、血の海に倒れる一人の女性を前にして、その足取りを止めた。私は、生糸で織られたドレスを纏い、右手でかろうじて上半身を支えている彼女の姿を、まじまじと見つめる。
自分自身の体から流れ出た血と、灰で汚れたドレスをくしゃくしゃに乱し、剣に貫かれた右肩を抑え、ぜぇぜぇと荒く息をする彼女の、苦痛に歪んだ眼を前にして、私は剣を両手で握り、振り上げる。
全身を覆う板金鎧が、「ガチャン」と鳴り響き、剣の切っ先がこれから描く円弧の内側に彼女の首がおさめられた。
「……」
私が振り上げた剣の切っ先を目で追っていた彼女は、数秒先の未来を悟ったようである。
ため息をつくかのように視線を下げた彼女は、目をつむり、唇をわなわなと震わせる。全身を小刻みに震わせ、顔を青ざめさせた彼女は、不意に頭を二度横に振った。
肩まで伸びる黒い髪が彼女の行動に合わせて揺れ動き、目じりから溢れる涙は、炭粉に汚れた彼女の頬に、一筋の跡を残していく。
やがて、彼女は恐怖を押し殺し、顔を強張らせ、バッと私へとその視線を向けた。両手を横一杯に広げ、キッと刺すような眼差しで私を睨みつける。
痛みと恐怖で大げさなほどに大きくなった呼吸は、彼女の胸を激しく上下させ、石畳に広がる血の海に、幾十もの波紋を生み出していた。
これは……記憶か?
彼女は……だれだ……?
「……」
目の前に鮮明に映し出されていた炎に巻かれる王城の景色が、嘘のようにかき消された。
私の目は今、ほんの僅かな輪郭すらも捉えられない、白の世界を映し出している。
目の前に広がる情景の、あまりにも大きな変化に私は最初、目をしばたたかせたが、その直後に全身を突き刺した、言葉に出来ない程に激しい痛みによって、私はようやく「自分が今地獄にいる」ことを思い出した。
そして、それと同時に、体面を保てなくなるほどの恐怖心も私に襲いかかってきた。
「はあっ! ……あぁぁ!! はぁあっ!! ……あぁ……」
鮮明に浮かび上がる、孤独の記憶。
己自身の肉体が牢獄となって、魂を永遠にとらえ続ける、あのどうしようもない閉塞感。
体中からぶわっと汗があふれ出した私は、体を流れる血液が氷点下を下回ったかのような寒気を前に、思わず両腕を組んで、ガタガタと体を震わせる。
二の腕に突き立てられた指は血を噴き上げながら肉へとめり込んでいき、歯はガチガチと小刻みに鳴り、目じりが裂けそうな程に目はまん丸に見開かれた。
「ひぃっ! ひぃい!」
恐怖。逃れようのない恐怖。
私の意識は、悪霊のように憑りついたこの感情から逃れること以外に考えられない。
両手が妙にさみしい。それは私の大剣が……等括地獄で常に私の傍らにあったあの肉断ち包丁が握られていないからだ。
私は矮小で虚弱な小鬼のように素早く周囲を見渡し、最愛の獲物がないかを必死になって探し続ける。
視界に私の大剣が映らないことは、これほどまでに寂しいものだったのか。
むき出しになった岩肌に立てかけられていた剣を見つけるや否や、猿のように飛び上がり、ひったくるようにして大剣の柄を握った私は、獣のような喘ぎ声をあげて刀身に頬ずりしながら、そのことを実感していた。
「……ん……? まてよ?」
自分が今置かれている状況と自分自身の行動に違和感を覚えたのは、漸くこの時になってからだった。
「ぷっ……。ちょっと、なに? 何やってるの?」
自分の目と鼻の先に、人がいることに気づいたのも、ようやくこの時になってからのことであった。
0
お気に入りに追加
4
あなたにおすすめの小説
特殊部隊の俺が転生すると、目の前で絶世の美人母娘が犯されそうで助けたら、とんでもないヤンデレ貴族だった
なるとし
ファンタジー
鷹取晴翔(たかとりはると)は陸上自衛隊のとある特殊部隊に所属している。だが、ある日、訓練の途中、不慮の事故に遭い、異世界に転生することとなる。
特殊部隊で使っていた武器や防具などを召喚できる特殊能力を謎の存在から授かり、目を開けたら、絶世の美女とも呼ばれる母娘が男たちによって犯されそうになっていた。
武装状態の鷹取晴翔は、持ち前の優秀な身体能力と武器を使い、その母娘と敷地にいる使用人たちを救う。
だけど、その母と娘二人は、
とおおおおんでもないヤンデレだった……
第3回次世代ファンタジーカップに出すために一部を修正して投稿したものです。
おっさんの神器はハズレではない
兎屋亀吉
ファンタジー
今日も元気に満員電車で通勤途中のおっさんは、突然異世界から召喚されてしまう。一緒に召喚された大勢の人々と共に、女神様から一人3つの神器をいただけることになったおっさん。はたしておっさんは何を選ぶのか。おっさんの選んだ神器の能力とは。
スライム10,000体討伐から始まるハーレム生活
昼寝部
ファンタジー
この世界は12歳になったら神からスキルを授かることができ、俺も12歳になった時にスキルを授かった。
しかし、俺のスキルは【@&¥#%】と正しく表記されず、役に立たないスキルということが判明した。
そんな中、両親を亡くした俺は妹に不自由のない生活を送ってもらうため、冒険者として活動を始める。
しかし、【@&¥#%】というスキルでは強いモンスターを討伐することができず、3年間冒険者をしてもスライムしか倒せなかった。
そんなある日、俺がスライムを10,000体討伐した瞬間、スキル【@&¥#%】がチートスキルへと変化して……。
これは、ある日突然、最強の冒険者となった主人公が、今まで『スライムしか倒せないゴミ』とバカにしてきた奴らに“ざまぁ”し、美少女たちと幸せな日々を過ごす物語。
小さなことから〜露出〜えみ〜
サイコロ
恋愛
私の露出…
毎日更新していこうと思います
よろしくおねがいします
感想等お待ちしております
取り入れて欲しい内容なども
書いてくださいね
よりみなさんにお近く
考えやすく
転生貴族のハーレムチート生活 【400万ポイント突破】
ゼクト
ファンタジー
ファンタジー大賞に応募中です。 ぜひ投票お願いします
ある日、神崎優斗は川でおぼれているおばあちゃんを助けようとして川の中にある岩にあたりおばあちゃんは助けられたが死んでしまったそれをたまたま地球を見ていた創造神が転生をさせてくれることになりいろいろな神の加護をもらい今貴族の子として転生するのであった
【不定期になると思います まだはじめたばかりなのでアドバイスなどどんどんコメントしてください。ノベルバ、小説家になろう、カクヨムにも同じ作品を投稿しているので、気が向いたら、そちらもお願いします。
累計400万ポイント突破しました。
応援ありがとうございます。】
ツイッター始めました→ゼクト @VEUu26CiB0OpjtL
[鑑定]スキルしかない俺を追放したのはいいが、貴様らにはもう関わるのはイヤだから、さがさないでくれ!
どら焼き
ファンタジー
ついに!第5章突入!
舐めた奴らに、真実が牙を剥く!
何も説明無く、いきなり異世界転移!らしいのだが、この王冠つけたオッサン何を言っているのだ?
しかも、ステータスが文字化けしていて、スキルも「鑑定??」だけって酷くない?
訳のわからない言葉?を発声している王女?と、勇者らしい同級生達がオレを城から捨てやがったので、
なんとか、苦労して宿代とパン代を稼ぐ主人公カザト!
そして…わかってくる、この異世界の異常性。
出会いを重ねて、なんとか元の世界に戻る方法を切り開いて行く物語。
主人公の直接復讐する要素は、あまりありません。
相手方の、あまりにも酷い自堕落さから出てくる、ざまぁ要素は、少しづつ出てくる予定です。
ハーレム要素は、不明とします。
復讐での強制ハーレム要素は、無しの予定です。
追記
2023/07/21 表紙絵を戦闘モードになったあるヤツの参考絵にしました。
8月近くでなにが、変形するのかわかる予定です。
2024/02/23
アルファポリスオンリーを解除しました。
【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。
三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎
長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!?
しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。
ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。
といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。
とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない!
フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!
神速の成長チート! ~無能だと追い出されましたが、逆転レベルアップで最強異世界ライフ始めました~
雪華慧太
ファンタジー
高校生の裕樹はある日、意地の悪いクラスメートたちと異世界に勇者として召喚された。勇者に相応しい力を与えられたクラスメートとは違い、裕樹が持っていたのは自分のレベルを一つ下げるという使えないにも程があるスキル。皆に嘲笑われ、さらには国王の命令で命を狙われる。絶体絶命の状況の中、唯一のスキルを使った裕樹はなんとレベル1からレベル0に。絶望する裕樹だったが、実はそれがあり得ない程の神速成長チートの始まりだった! その力を使って裕樹は様々な職業を極め、異世界最強に上り詰めると共に、極めた生産職で快適な異世界ライフを目指していく。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる