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プロトタイプ版 悪役令嬢の楽しいギロチン開発
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「やめて! こんなのってないわ! 人間を何だと思っているの!」
「マリアンヌ! 落ち着きなさい!」
涙を碧い目に溜め、金髪を振り乱し少女が泣きわめく。
同じく金髪碧眼の少年が私の体を優しく抱き留める。
「大丈夫。大丈夫だよ、マリアンヌ! あれらは人間じゃないんだからね!」
「……酷いわ、エドガーお兄様」
頭がくらくらするのを抑えながら、私は渾身の演技を続ける。
そうこうしているうちに私達の目の前では、見るもおぞましいことが完遂されようとしていた。
血で汚れた床。冷徹な目の黒衣の男。
棒にくくりつけられる薄汚れた男。
黒衣の男が振り上げるのは、重たい木の棍棒。
多くの民衆が目を輝かせてそれを見ている。
ああ、なんてむごい光景だろう。
罪人の百叩き、なんて。
「……こんなの人間がやることじゃない……!」
私は手で顔を覆った。
隣でエドガーが心配と呆れの入り交じったため息を漏らす。
私の名前はマリアンヌ・ローズモンド・コデルリエ。
この世界の貴族令嬢。
そして今から8年後に、この処刑場で殺されることになる女だ。
私には物心ついたときから前世の記憶というものがあった。
前世で生きた時代は平成、場所は日本。
地方都市の一般家庭に生まれ、ごく普通に女子高生をしていた。
その命は交通事故で突如として絶たれた。
そして気付けば西洋風のお城でお父様、お母様そしてたくさんの使用人に囲まれて暮らしていた。
もう少し幼い頃は前世の記憶を口にして、お医者様にかかったこともあったけれど、10歳になった今では高校時代の18年間の常識をかき集め、前世の記憶については口をふさいで生きてきた。
この時代の文明レベルは私の生きていた2000年代より低い。
電気は通っていない。おそらく発明もされてない。
もちろんガスもない。料理の度に使用人たちは火をおこす。
ぎゅうぎゅうに締め付けるコルセットに、豪奢なカツラ、引きずるようなドレス。
一昔前の西洋の貴族みたいだとは思ったけれど、しかし国の名前は世界史の授業では聞いたことのないものだった。
そしてこの世界には魔法があった。
使えるのはランプに火を灯す程度の炎魔法とか、庭を掘り返す程度の土魔法。
言っちゃなんだがショボい魔法ばっかりだ。
しかし魔法の存在だけで私にはこの世界が私の前世とは違う世界だってことは分かった。
魔法の中には灯魔法というものもあり、廊下を夜に歩くときには自然と灯りが付く。
人感センサーでも搭載してるのかと思うような高機能さは、電気がないくせに私が前世で暮らしていた家より進んでる。
つまるところ時代を逆行して生まれ変わったわけではない。ここは異世界だったというわけだ。
困惑はした。
しかし生まれてしまったものをこれ以上どうすることもできない。
だから「まあいいか」と世界に順応した。
従兄弟でイケメンなエドガーお兄様にかわいがってもらいながら、私は安穏とこの世界で過ごしていた。
そして今日、マリアンヌ10歳の誕生日。
エドガーお兄様が「良い物を見せてやろう」と言いだした。
ふたりでのんきに馬車に揺られること数分。
私達はこの処刑場に到着し、そして私は思い出してしまった。
この処刑場のグラフィックに見覚えがあったのだ。
ここは前世で私の姉がプレイしていた乙女ゲーム『革命聖女は処刑場に愛を謳う』の世界だった。
前世の我が家にはゲームは居間でやるというルールがあり、姉は居間で臆面もなく乙女ゲーをしていた。
私は乙女ゲーには興味がなかったが、姉がやっているのを何度か目にしていた。
この処刑場のシーンを覚えていたのは、マリアンヌの演技が凄まじかったからだ。
私がいつものように読書をして、姉がゲームをしていたとき、マリアンヌ・ローズモンド・コデルリエの断末魔は居間に轟いた。
私は思わず本から目を上げた。
テレビの画面には薄汚れ年季の入った処刑場と、赤々と流れる血が映っていた。
「乙女ゲームって人とか死ぬの!?」
戸惑いとともに悲鳴に近い声を上げる私に、姉は苦笑いをした。
テレビの画面には未だに血が流れていた。
「人はわりと死ぬよ? 死別エンドとか」
「ヒロインも死ぬの!? あんな悲鳴上げて!?」
その時の私には乙女ゲーの女子と言えばヒロインという思い込みがあった。
「いや、今死んだのは悪役令嬢、マリアンヌ・ローズモンド・コデルリエ。ライバルライバル」
「ライバルなら死んでも良いの!?」
「まあ、この『革命聖女は処刑場に愛を謳う』は主に流血表現のせいでR15になったからねー」
「怖っ!? 乙女ゲームの世界、怖っ!?」
そしてそれをプレイしてるお姉ちゃんも怖かった。
死後こんなことになるなら、興味のない乙女ゲーの話でも姉からもっと聞いておけばよかった。
廊下を通ると自然に灯りが付く微妙な灯魔法の存在意義も理解できた。
あれはゲームシステムの世界観への反映だったわけだ。
この世界はいびつで、少し不思議で、魔法があって……そして、私は8年後に死ぬ。
姉の話によれば、マリアンヌ・ローズモンド・コデルリエは多くのルートで処刑されるのだという。
10歳の誕生日には娯楽として鑑賞しに来た処刑場で、18歳の時に革命聖女の革命によって断罪される。
それがゲームの悪役令嬢であるマリアンヌの運命だ。
それらを思い出して、自分の運命を悟って、私は泣き喚くことにした。
泣いて取り乱すフリをしながら、私は策を練る。
処刑されるなんて嫌だ。
それも前世と同じ18歳で。
私の魂は呪われてでもいるのか?
しかし残念ながら私は知らない。
『革命聖女は処刑場に愛を謳う』を私はプレイしていない。
姉がやっているのを横目に見ていただけだ。ほとんどのイベントについて無知だ。
だからマリアンヌ・ローズモンド・コデルリエがどういう経緯で処刑されるのか、ほとんど分かっていない。
そうでなくとも元々私はシミュレーションゲームというものが苦手なのだ。セーブデータを分けてフラグ管理とかコントローラーを投げ出したくなる。
プレイするのはパズルゲーム専門だ。落ちゲーなら任せろ。
そんな私が悪役令嬢として死ぬ未来を回避できるとは思えない。
だから、次善の策を練らねばならない。
どうせ処刑の未来が回避不可能なら、処刑されて死んでしまうのなら――苦しんで死ぬのはもう嫌だ。
私は思い出す。前世での死を思い出す。
痛かった。四肢が千切れるような衝撃があった。息が詰まった。
全身から力が抜けて、意識が遠のいて、気付けばこの世界にいた。
あんな痛みは二度とごめんだ。
この世界の倫理観は私の持つものとはかけ離れている。
処刑を娯楽にするなんて私の常識ではありえないことだ。
しかしこの世界ではそれが普通なのだ。
歴史上そういう時期があったことも、処刑のことも拷問のことも、私は学んでいる。
身の毛のよだつ業の数々を、人類がすでに行ったこととして知っている。
だから、それを変える。変えてしまえばいい。
死刑制度そのものの廃止はさすがに時間がかかるだろうけれど、穏当で人権的な処刑制度の確立くらいはしておきたい。
由緒あるコデルリエ家の子女が泣いて訴えれば少しは社会も動いてくれるんじゃないだろうか。
だから、この演技はそれへの布石だ。
せめて百叩きは回避したい。
電気椅子は電気が発明されていない以上、無理だ。
そもそもこの世界でフレミング左手の法則が通用するかも怪しい。
絞首刑……もしくはギロチンあたりでスパッと逝くのが理想的だ。
理想的で最低限の、人間として受け入れられるレベルの死。
くっ……殺すなら殺すでちゃんと殺せ! 優しく殺せ! せめて人道的に殺せ!
胸中でそう叫びながら、私は泣き叫び続けた。
気付けばその泣き方は演技ではなく本物に近づいていた。
前世の痛みを思い出しながら、私は本気で泣いていた。
「マリアンヌ! 落ち着きなさい!」
涙を碧い目に溜め、金髪を振り乱し少女が泣きわめく。
同じく金髪碧眼の少年が私の体を優しく抱き留める。
「大丈夫。大丈夫だよ、マリアンヌ! あれらは人間じゃないんだからね!」
「……酷いわ、エドガーお兄様」
頭がくらくらするのを抑えながら、私は渾身の演技を続ける。
そうこうしているうちに私達の目の前では、見るもおぞましいことが完遂されようとしていた。
血で汚れた床。冷徹な目の黒衣の男。
棒にくくりつけられる薄汚れた男。
黒衣の男が振り上げるのは、重たい木の棍棒。
多くの民衆が目を輝かせてそれを見ている。
ああ、なんてむごい光景だろう。
罪人の百叩き、なんて。
「……こんなの人間がやることじゃない……!」
私は手で顔を覆った。
隣でエドガーが心配と呆れの入り交じったため息を漏らす。
私の名前はマリアンヌ・ローズモンド・コデルリエ。
この世界の貴族令嬢。
そして今から8年後に、この処刑場で殺されることになる女だ。
私には物心ついたときから前世の記憶というものがあった。
前世で生きた時代は平成、場所は日本。
地方都市の一般家庭に生まれ、ごく普通に女子高生をしていた。
その命は交通事故で突如として絶たれた。
そして気付けば西洋風のお城でお父様、お母様そしてたくさんの使用人に囲まれて暮らしていた。
もう少し幼い頃は前世の記憶を口にして、お医者様にかかったこともあったけれど、10歳になった今では高校時代の18年間の常識をかき集め、前世の記憶については口をふさいで生きてきた。
この時代の文明レベルは私の生きていた2000年代より低い。
電気は通っていない。おそらく発明もされてない。
もちろんガスもない。料理の度に使用人たちは火をおこす。
ぎゅうぎゅうに締め付けるコルセットに、豪奢なカツラ、引きずるようなドレス。
一昔前の西洋の貴族みたいだとは思ったけれど、しかし国の名前は世界史の授業では聞いたことのないものだった。
そしてこの世界には魔法があった。
使えるのはランプに火を灯す程度の炎魔法とか、庭を掘り返す程度の土魔法。
言っちゃなんだがショボい魔法ばっかりだ。
しかし魔法の存在だけで私にはこの世界が私の前世とは違う世界だってことは分かった。
魔法の中には灯魔法というものもあり、廊下を夜に歩くときには自然と灯りが付く。
人感センサーでも搭載してるのかと思うような高機能さは、電気がないくせに私が前世で暮らしていた家より進んでる。
つまるところ時代を逆行して生まれ変わったわけではない。ここは異世界だったというわけだ。
困惑はした。
しかし生まれてしまったものをこれ以上どうすることもできない。
だから「まあいいか」と世界に順応した。
従兄弟でイケメンなエドガーお兄様にかわいがってもらいながら、私は安穏とこの世界で過ごしていた。
そして今日、マリアンヌ10歳の誕生日。
エドガーお兄様が「良い物を見せてやろう」と言いだした。
ふたりでのんきに馬車に揺られること数分。
私達はこの処刑場に到着し、そして私は思い出してしまった。
この処刑場のグラフィックに見覚えがあったのだ。
ここは前世で私の姉がプレイしていた乙女ゲーム『革命聖女は処刑場に愛を謳う』の世界だった。
前世の我が家にはゲームは居間でやるというルールがあり、姉は居間で臆面もなく乙女ゲーをしていた。
私は乙女ゲーには興味がなかったが、姉がやっているのを何度か目にしていた。
この処刑場のシーンを覚えていたのは、マリアンヌの演技が凄まじかったからだ。
私がいつものように読書をして、姉がゲームをしていたとき、マリアンヌ・ローズモンド・コデルリエの断末魔は居間に轟いた。
私は思わず本から目を上げた。
テレビの画面には薄汚れ年季の入った処刑場と、赤々と流れる血が映っていた。
「乙女ゲームって人とか死ぬの!?」
戸惑いとともに悲鳴に近い声を上げる私に、姉は苦笑いをした。
テレビの画面には未だに血が流れていた。
「人はわりと死ぬよ? 死別エンドとか」
「ヒロインも死ぬの!? あんな悲鳴上げて!?」
その時の私には乙女ゲーの女子と言えばヒロインという思い込みがあった。
「いや、今死んだのは悪役令嬢、マリアンヌ・ローズモンド・コデルリエ。ライバルライバル」
「ライバルなら死んでも良いの!?」
「まあ、この『革命聖女は処刑場に愛を謳う』は主に流血表現のせいでR15になったからねー」
「怖っ!? 乙女ゲームの世界、怖っ!?」
そしてそれをプレイしてるお姉ちゃんも怖かった。
死後こんなことになるなら、興味のない乙女ゲーの話でも姉からもっと聞いておけばよかった。
廊下を通ると自然に灯りが付く微妙な灯魔法の存在意義も理解できた。
あれはゲームシステムの世界観への反映だったわけだ。
この世界はいびつで、少し不思議で、魔法があって……そして、私は8年後に死ぬ。
姉の話によれば、マリアンヌ・ローズモンド・コデルリエは多くのルートで処刑されるのだという。
10歳の誕生日には娯楽として鑑賞しに来た処刑場で、18歳の時に革命聖女の革命によって断罪される。
それがゲームの悪役令嬢であるマリアンヌの運命だ。
それらを思い出して、自分の運命を悟って、私は泣き喚くことにした。
泣いて取り乱すフリをしながら、私は策を練る。
処刑されるなんて嫌だ。
それも前世と同じ18歳で。
私の魂は呪われてでもいるのか?
しかし残念ながら私は知らない。
『革命聖女は処刑場に愛を謳う』を私はプレイしていない。
姉がやっているのを横目に見ていただけだ。ほとんどのイベントについて無知だ。
だからマリアンヌ・ローズモンド・コデルリエがどういう経緯で処刑されるのか、ほとんど分かっていない。
そうでなくとも元々私はシミュレーションゲームというものが苦手なのだ。セーブデータを分けてフラグ管理とかコントローラーを投げ出したくなる。
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だから、次善の策を練らねばならない。
どうせ処刑の未来が回避不可能なら、処刑されて死んでしまうのなら――苦しんで死ぬのはもう嫌だ。
私は思い出す。前世での死を思い出す。
痛かった。四肢が千切れるような衝撃があった。息が詰まった。
全身から力が抜けて、意識が遠のいて、気付けばこの世界にいた。
あんな痛みは二度とごめんだ。
この世界の倫理観は私の持つものとはかけ離れている。
処刑を娯楽にするなんて私の常識ではありえないことだ。
しかしこの世界ではそれが普通なのだ。
歴史上そういう時期があったことも、処刑のことも拷問のことも、私は学んでいる。
身の毛のよだつ業の数々を、人類がすでに行ったこととして知っている。
だから、それを変える。変えてしまえばいい。
死刑制度そのものの廃止はさすがに時間がかかるだろうけれど、穏当で人権的な処刑制度の確立くらいはしておきたい。
由緒あるコデルリエ家の子女が泣いて訴えれば少しは社会も動いてくれるんじゃないだろうか。
だから、この演技はそれへの布石だ。
せめて百叩きは回避したい。
電気椅子は電気が発明されていない以上、無理だ。
そもそもこの世界でフレミング左手の法則が通用するかも怪しい。
絞首刑……もしくはギロチンあたりでスパッと逝くのが理想的だ。
理想的で最低限の、人間として受け入れられるレベルの死。
くっ……殺すなら殺すでちゃんと殺せ! 優しく殺せ! せめて人道的に殺せ!
胸中でそう叫びながら、私は泣き叫び続けた。
気付けばその泣き方は演技ではなく本物に近づいていた。
前世の痛みを思い出しながら、私は本気で泣いていた。
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