2 / 13
1‐1:御浪荘
に
しおりを挟むどうにかこうにかファンデーションまでやり終え、きっちりと身支度を終えた羽奈は、トクトクと高鳴る鼓動をおさえ、部屋を出た。
これから始まる新しい生活、仕事、それから初めて自分でしたメイクに、本の少しの緊張感。
これまでの学校生活とは違った、仕事という未知の生活に、羽奈小さな不安を抱きながらも、確かにわくわくしていた。
リビングには、珍しく父親の姿があった。
「……あ、お父さん。おはようございます」
「あぁ、おはよう」
目を丸くして慌てて挨拶をする羽奈を、父親はチラリと見やり、すぐに新聞に視線を戻した。
「……今日からか」
「、はい」
「そうか」
不意に話しかけられ、羽奈は一瞬詰まり、慌てて返事をした。
滅多に父親から話しかけられることがなかった為、先程までとは違った意味で胸がなる。
「もう荷物はすべて運んであるのか?」
「はい。必要なものはぜんぶ、一昨日送りました」
「そうか」
「はい」
父親の視線は相変わらず新聞の上で、羽奈を見ることはない。
自然と握りしめていた掌に、じんわりと汗が滲む。
「…………せっかく就職できたんだ。しっかり勤めなさい」
「っはい! 精一杯働きます。ここまで育ててくれて、ありがとうございました」
素っ気なく投げられた言葉。
しかし羽奈は、父親のくれたその言葉にほんのりと頬を上気させた。
あまり家族というものに関心を見せない父親。そんな父親がくれたその言葉は、羽奈にとって激励の言葉だった。
羽奈は今日から、会社の寮で生活する。その場所は家からかなり遠く、気軽に帰ることはできない。
そんな羽奈に、父親が言葉をくれた。
羽奈が家を出る日に、家にいてくれた。
その事が羽奈の胸を熱くし、頬を染めた。
もう父親の関心は、ひと欠片も羽奈に向いていないのだろう。新聞を読むその背中は、いつもの誰も寄せ付けないオーラを放っている。
しかしそれでも、羽奈は父親の背中に向かって頭を下げた。
今までの感謝を込めて。
その後、ひとり素早く簡単な朝食を済ませた羽奈は、最終確認を終えて家を出た。
もちろん父親は見送りに出てこなかった。
しかし羽奈はそれでも良かった。父親への挨拶は、先程しっかりできたから。
「今までありがとうございました」
閉まった玄関の戸の前で、ひとり呟く。「いってきます」ではなく、これまでの感謝を。
きっともう、ここに帰ってくることはないだろうから。
0
お気に入りに追加
4
あなたにおすすめの小説
【R18】もう一度セックスに溺れて
ちゅー
恋愛
--------------------------------------
「んっ…くっ…♡前よりずっと…ふか、い…」
過分な潤滑液にヌラヌラと光る間口に亀頭が抵抗なく吸い込まれていく。久しぶりに男を受け入れる肉道は最初こそ僅かな狭さを示したものの、愛液にコーティングされ膨張した陰茎を容易く受け入れ、すぐに柔らかな圧力で応えた。
--------------------------------------
結婚して五年目。互いにまだ若い夫婦は、愛情も、情熱も、熱欲も多分に持ち合わせているはずだった。仕事と家事に忙殺され、いつの間にかお互いが生活要員に成り果ててしまった二人の元へ”夫婦性活を豹変させる”と銘打たれた宝石が届く。
寝室から喘ぎ声が聞こえてきて震える私・・・ベッドの上で激しく絡む浮気女に復讐したい
白崎アイド
大衆娯楽
カチャッ。
私は静かに玄関のドアを開けて、足音を立てずに夫が寝ている寝室に向かって入っていく。
「あの人、私が
校長室のソファの染みを知っていますか?
フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。
しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。
座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る
抱きたい・・・急に意欲的になる旦那をベッドの上で指導していたのは親友だった!?裏切りには裏切りを
白崎アイド
大衆娯楽
旦那の抱き方がいまいち下手で困っていると、親友に打ち明けた。
「そのうちうまくなるよ」と、親友が親身に悩みを聞いてくれたことで、私の気持ちは軽くなった。
しかし、その後の裏切り行為に怒りがこみ上げてきた私は、裏切りで仕返しをすることに。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる