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ちゃんと息ができてた

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「この汚れ具合ですもの、何から手をつければいいのかしら?」

 コレーが迷いながら手招きをしているので、2人は顔を見合わせて彼女の側に行く。

「上から埃と蜘蛛の巣落とします?」

 リーフフィアは右手の人差し指を上げて、クルクル回す。

 指の軌道に淡い光の筋が乗る。

 リーフフィアにとって天井の蜘蛛の巣も被っている埃も落とすことは簡単だった。

「お願いできる?」
「分かりました。ねこまも行く?」
「ん」

 リーフフィアはねこまと自分に魔法をかける。

「《飛翔》」

 光がリーフフィアとねこまの体を移動し、ふわりと浮かぶ。

 まだ床から足が数十センチしか離れていないが、浮かんでいる。

「空を蹴れば移動できるよ。慣れればこんなふうに、それっ!」

 リーフフィアは空を蹴って空中で1回転をした。

 スカートがふわりと優雅に揺れるが、捲れることはない。

「……」

 ねこまも負けじと上へと上がり、くるりと1回転をした。

「上手!」

 ぱちぱちと拍手する。

 本当にねこまは綺麗に回った。

 引っかかることも体制が変わることもなく、綺麗に回ったのだ。

「じゃあ、行こっか」
「りょ」

 2人は上に行く途中でコレーから道具をもらう。

 もらったのは叩きと雑巾。

「ねこま、蜘蛛大丈夫?」
「大丈夫」

 虫が苦手でないか聞いてみたが、大丈夫らしい。

 上に着いた2人はさっさと汚れを落としていく。

「ついでに照明も直しちゃおっか?」
「じゃあ、もらって、くる」

 ねこまが行こうとするが、きっと荷物が重いだろうと考え、リーフフィアが止める。

「あ、私が行くから「大丈夫」

 しかし、リーフフィアが行く前にねこまが動き始めてしまった。

「行っちゃった……」

 ねこまが大丈夫か心配になってしまう。

「でも、ちゃんと他の人も頼るように言われたしなぁ」

 少し前、イベントが終わって少し経った頃に、カイトに言われたのだ。

『僕らは守られるだけの仲間じゃない。守り守られる仲間だ。だから、皆を信用して任せてみて欲しい』

 その時のカイトは、静かに穏やかに笑っていた。

 威圧感も嫌悪感も抱かせない笑み。凪のように波紋ひとつない、でも安心できる空気を纏っていた。

「どうすればいいんだろう」

 他人に頼ることも甘えることも苦手だと、リーフフィアは自信を持って言える。

 今まで家族に甘えたことがないから、方法が分からないことも理解できる。

「皆に会いたいな」

 リーフフィアがちゃんと甘えられた実感があるのは、中学生の時の友人だけだった。

 いつも、もみじを暖かく見守っていてくれた。まるで姉のように世話を焼いて心配してくれたのだ。

 悩みを話せば助言をくれた。
 親身になって考えてくれた。
 捻くれて性格が悪いもみじのことをちゃんと理解してくれて適切な距離から助けてくれた。

 1年の後半で、いつも暗くなり闇に堕ちてしまうもみじと同じ場所まで潜って一緒にいてくれた。

 迷子を導くように、手を差し伸べて光あふれる場所まで連れて行ってくれた。

「ちゃんと息ができてた」

 彼女といると、呼吸が苦しくなることはなかった。
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