上 下
33 / 38
第4章

4-2

しおりを挟む
 隠し部屋に入ると、仕掛けを使って地下室に入る。光の魔法を灯して暗い地下室に入ると、以前と変わらず机の上にはヤーフィスの書が一冊置いてあった。
 私はさっそく1ページ目を開いて、指先を傷つけ血を滴らす。すると、以前と同じように血は吸い込まれるように本の中に消えると、本は勝手にパラパラとページをめくり、次々と文字を印字していった。
 文字が全て印字し終わったのを確認すると、私は2ページ目から読み始める。驚くことに、その内容は以前とは違っていた。
 私は必死に読み進める。そこに書いてあったのは驚愕の事実だった。

「嘘……」

 そこに記述してあることを信じたくはない。この本には意思があるのだろう。でなければこんなことまでは分からない。私は本を読み終えると、ゆっくりページを閉じる。そして、地下室を出た。
 ヤーフィスの書には、ある一つの真実が書かれていた。それは私の娘、次女オリヴィアについての記述だ。
 ヤーフィスの書は、こう記していた。私の娘、オリヴィアは白き狼神から生まれた半神半人、バルバラの生まれ変わりである、と。
 こんなこと、すぐには信じられない。しかし、ヤーフィスの書は恐らく的確に言い当てている。もし本当にそうならば、エハルが蘇ろうとしている今、オリヴィアの存在は非常に危ない。仮にエハルがそれに気づいたら、きっとオリヴィアは殺されてしまうだろう。
 私はすぐに宮殿へ戻ると、シーグルドにこの事実を伝えに言った。
 シーグルドを私の部屋まで呼び出す。今はエハルはまだ完全には目覚めていないはず。私はシーグルドが部屋まで来ると、誰にも聞かれないように小声でこの話を彼に告げた。彼は私から話を聞くと、驚いた表情で大きく目を見開いた。

「まさか、そんなことが……?」

「ヤーフィスの書に書いてあったから、恐らく本当よ。ねえ、シーグルド。私はあの子を守りたい。どうしたらいいかしら……」

 シーグルドは動揺する私の肩を静かに抱き寄せる。そして彼は少し考えてから言った。

「もし本当にオリヴィアがバルバラの生まれ変わりなら、エハル神はきっと気づくだろうな。……行動に移すなら今のうちだ」

「行動って?」

 私が彼にそう尋ねると、彼は口を開く。

「オリヴィアを、宮殿から遠ざける」

 彼の提案に息を呑む。私も脳裏に一度浮かんだ考えだ。やはり、それしか道はないのだろうか。考えても考えても、それしか答えは浮かばない。しかし、急に彼女を遠ざけたらエハルに怪しまれる危険性がある。私はそのことを彼に言った。

「でも、突然遠ざけたらエハル神に怪しまれるんじゃないかしら。何か良い手立てがあるといいんだけれど」

「……確か、オリヴィアは音楽が一番好きだろ。音楽を学ばせるって体でお前の妹、シャルロットの家に預けるってのはどうだ?」

 彼の提案は確かに名案だ。それならば必要以上に怪しまれることはないだろう。

「そうね。それなら、エハル神も気づかないかもしれないわ。シャルロットを巻き込んでしまうことになるけれど、お願いしてみる」

 こうして私は、早急にシャルロットにお願いした。事情を全て話すことは出来なかったが、彼女は了承してくれた。
 愛する娘を1人、こんなに早く手放さなければならなくなるなんて、思ってもいないことだった。永遠の別れというわけではないが、しばらくは一緒にいることが出来ない。
 オリヴィア自身も、なぜ突然自分が宮殿から離れなければならないのか理解出来ないだろう。その心境を考えると母親として心苦しかった。

「オリヴィア、身体を大事にね。お父様とお母様はいつでもあなたのことを思っているわ」

「うん、お母様……。行ってきます」

 オリヴィアがそう言うと、彼女を乗せた馬車が動き出す。妹シャルロットの嫁ぎ先は、ここより遥かに安全だ。今はこうするしか術がないが、彼女には申し訳ない気持ちでいっぱいだった。
 それから少しして、ついに最も恐れていた事態が訪れた。

「やあ、シーグルド。夢の中にいるのも悪くはないが、ようやく全て整ったのでね。君には協力してもらうよ、我が子孫」

「エハル、神……」

 エハルが、完全に目覚めたのだ。彼の身体は400年前のままらしい。綺麗な赤髪をなびかせる彼の見た目は、まるで12歳くらいの少年のようだった。

「とはいっても、別に君から王の座を奪ったりはしない。俺は死んだことになっているし、王の座にも興味はないからね。いないものとして、君を補佐するよ」

「……一体、何をするつもりですか」

 シーグルドはエハルに尋ねると、彼は美しい顔を歪ませて告げた。

「一掃さ。我が同胞を傷つけた者たちのね」

 それからエハルは、その通りにシーグルドを補佐し、他国に戦争を持ちかけようとした。彼は眠っていた400年で、彼らを殲滅する魔法を作り上げたらしい。私たち夫婦は彼に表面上は従うほかなかった。しかし、私はそんな中で、ヤーフィスの書の存在を思い出していた。
 "我が子孫よ。エハルはいずれ蘇る。その時に我が家の屈辱を晴らせ。"
 あの文で締め括られていたヤーフィスの書。普通に考えれば、当主である私が実行するべきだ。あの書に宿る、大地の呪いという呪術魔法を使えば、恐らくエハルを倒すことが出来る。しかし、代償として大地の呪いを受けた者は死ぬ。
 私にはまだ、覚悟が足りない。愛する者たちと会えなくなる覚悟が。しかし、それと引き換えに大勢の命を守ることは出来る。私は悩んでいた。このことは夫、シーグルドにも伝えていない。1人で抱え込むなといつも言われているのに、相談出来ずにいた。
 そんなジレンマの中、ついにその時は来た。

「リリアーヌ・ヤーフィス。さあ、時が来た。ヤーフィスの書を渡してもらおうか」

 私がちょうど護衛のヨセフと話をしていた時。エハルが私の部屋に来て、私にヤーフィスの書を渡すように言ってきたのだ。無論、大人しく渡せば私は今の生活を守れる。ただし、大勢の命を犠牲にする。
 対して、もし渡さなければその時はきっと、私は殺される。家族も無事では済まないかもしれない。
 私は、最後まで悩んでいた。どうすべきか悩んで、決めた。私がヤーフィス家当主として選ぶべきは……。

「ヤーフィスの書は、渡しません」

 私はエハルを目の前にそう言い切った。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

大きくなったら結婚しようと誓った幼馴染が幸せな家庭を築いていた

黒うさぎ
恋愛
「おおきくなったら、ぼくとけっこんしよう!」 幼い頃にした彼との約束。私は彼に相応しい強く、優しい女性になるために己を鍛え磨きぬいた。そして十六年たったある日。私は約束を果たそうと彼の家を訪れた。だが家の中から姿を現したのは、幼女とその母親らしき女性、そして優しく微笑む彼だった。 小説家になろう、カクヨム、ノベルアップ+にも投稿しています。

私がいなくなった部屋を見て、あなた様はその心に何を思われるのでしょうね…?

新野乃花(大舟)
恋愛
貴族であるファーラ伯爵との婚約を結んでいたセイラ。しかし伯爵はセイラの事をほったらかしにして、幼馴染であるレリアの方にばかり愛情をかけていた。それは溺愛と呼んでもいいほどのもので、そんな行動の果てにファーラ伯爵は婚約破棄まで持ち出してしまう。しかしそれと時を同じくして、セイラはその姿を伯爵の前からこつぜんと消してしまう。弱気なセイラが自分に逆らう事など絶対に無いと思い上がっていた伯爵は、誰もいなくなってしまったセイラの部屋を見て…。 ※カクヨム、小説家になろうにも投稿しています!

婚約者に消えろと言われたので湖に飛び込んだら、気づけば三年が経っていました。

束原ミヤコ
恋愛
公爵令嬢シャロンは、王太子オリバーの婚約者に選ばれてから、厳しい王妃教育に耐えていた。 だが、十六歳になり貴族学園に入学すると、オリバーはすでに子爵令嬢エミリアと浮気をしていた。 そしてある冬のこと。オリバーに「私の為に消えろ」というような意味のことを告げられる。 全てを諦めたシャロンは、精霊の湖と呼ばれている学園の裏庭にある湖に飛び込んだ。 気づくと、見知らぬ場所に寝かされていた。 そこにはかつて、病弱で体の小さかった辺境伯家の息子アダムがいた。 すっかり立派になったアダムは「あれから三年、君は目覚めなかった」と言った――。

今更気付いてももう遅い。

ユウキ
恋愛
ある晴れた日、卒業の季節に集まる面々は、一様に暗く。 今更真相に気付いても、後悔してももう遅い。何もかも、取り戻せないのです。

私は既にフラれましたので。

椎茸
恋愛
子爵令嬢ルフェルニア・シラーは、国一番の美貌を持つ幼馴染の公爵令息ユリウス・ミネルウァへの想いを断ち切るため、告白をする。ルフェルニアは、予想どおりフラれると、元来の深く悩まない性格ゆえか、気持ちを切り替えて、仕事と婚活に邁進しようとする。一方、仕事一筋で自身の感情にも恋愛事情にも疎かったユリウスは、ずっと一緒に居てくれたルフェルニアに距離を置かれたことで、感情の蓋が外れてルフェルニアの言動に一喜一憂するように…? ※小説家になろう様、カクヨム様にも掲載しております。

政略結婚の約束すら守ってもらえませんでした。

克全
恋愛
「カクヨム」と「小説家になろう」にも投稿しています。 「すまない、やっぱり君の事は抱けない」初夜のベットの中で、恋焦がれた初恋の人にそう言われてしまいました。私の心は砕け散ってしまいました。初恋の人が妹を愛していると知った時、妹が死んでしまって、政略結婚でいいから結婚して欲しいと言われた時、そして今。三度もの痛手に私の心は耐えられませんでした。

【本編完結】若き公爵の子を授かった夫人は、愛する夫のために逃げ出した。 一方公爵様は、妻死亡説が流れようとも諦めません!

はづも
恋愛
本編完結済み。番外編がたまに投稿されたりされなかったりします。 伯爵家に生まれたカレン・アーネストは、20歳のとき、幼馴染でもある若き公爵、ジョンズワート・デュライトの妻となった。 しかし、ジョンズワートはカレンを愛しているわけではない。 当時12歳だったカレンの額に傷を負わせた彼は、その責任を取るためにカレンと結婚したのである。 ……本当に好きな人を、諦めてまで。 幼い頃からずっと好きだった彼のために、早く身を引かなければ。 そう思っていたのに、初夜の一度でカレンは懐妊。 このままでは、ジョンズワートが一生自分に縛られてしまう。 夫を想うが故に、カレンは妊娠したことを隠して姿を消した。 愛する人を縛りたくないヒロインと、死亡説が流れても好きな人を諦めることができないヒーローの、両片想い・幼馴染・すれ違い・ハッピーエンドなお話です。

私の婚約者は6人目の攻略対象者でした

みかん桜(蜜柑桜)
恋愛
王立学園の入学式。主人公のクラウディアは婚約者と共に講堂に向かっていた。 すると「きゃあ!」と、私達の行く手を阻むように、髪色がピンクの女生徒が転けた。『バターン』って効果音が聞こえてきそうな見事な転け方で。 そういえば前世、異世界を舞台にした物語のヒロインはピンク色が定番だった。 確か…入学式の日に学園で迷って攻略対象者に助けられたり、攻略対象者とぶつかって転けてしまったところを手を貸してもらったり…っていうのが定番の出会いイベントよね。 って……えっ!? ここってもしかして乙女ゲームの世界なの!?  ヒロイン登場に驚きつつも、婚約者と共に無意識に攻略対象者のフラグを折っていたクラウディア。 そんなクラウディアが幸せになる話。 ※本編完結済※番外編更新中

処理中です...