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第0章

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 鳥のさえずり。木々が風に揺られる音。その心地良い環境の中、俺は目が覚める。ここは始まりの地、狼神の森。俺がここにいる理由ははっきり覚えている。
 俺の名前はエハル。この地に伝わる大地の守り神、黒き狼神から生まれた半神半人だ。姿は12歳程の人間の少年のようだが、れっきとした神である。俺は数年後、ここにイサーク王国という国を建国すると、民からエハル神と呼ばれるようになるが、それは後の話である。
 俺がここにいる理由は一つ。俺を創り出した親のような存在である、黒き狼神の願いを叶えるためだ。
 古くから狼神の森と伝えられるこの場所に住む狼神は、この地域の人間たちの守り神。しかし近年、この地の人々は生活に苦しんでいた。問題は他国からの迫害にある。寒さの厳しいこの土地で、人々は生活するのがやっとなのに、周りの国々は手を差し伸べず、むしろ好都合だと言わんばかりにこの土地に攻め入った。
 だから俺は、黒き狼神に創られた。他国の彼らへの報復のために。俺にはこの土地を救うことが、生まれながらの義務だった。
 そのためにはまず、民の心を動かす必要があった。現在この土地では、ヤーフィスという少年が1人、小さな国を治めている。彼もまた守るべきこの土地の人間だが、俺には少々邪魔な存在だった。
 俺はまず、森を出ると人々に魔法を教えた。この地の人々はそうそう強力な魔法を使える人間はいない。だから最初に、人々に強力な魔法を教えていった。
 すると、人々はたちまち魔法を覚え出し、俺が教えた魔法は人に渡り、また次の人に渡り、どんどん広まっていった。ここまで来て、俺は民の心をだんだん掴んでいった。
 それが5年も続くようになると、俺はヤーフィスという少年に代わって、民の支持を集めた。やがて姿が小さいまま変わらず成長しない俺を、狼神が使わせた神の子だとする声が広がり、たちまち俺はこの地の救世主として奉られた。
 王国を創る直前のそんな時、俺は君に出会った。突然俺の前に現れた、同じく12歳程の少女の姿の君は、明らかに普通の人間ではなかった。半神半人。俺と同じだとすぐに分かった。
 俺は君を一目見た時、不思議な感情に苛まれた。君から一瞬も目が離せない。君の美しい魂が、俺の胸を刺激した。
 俺は聞いた。君は何者だ、と。君は俺にこう言った。

「私は、バルバラ。白き狼神が創り出した半神半人。私は、エハル……あなたを止めに来たの」

 君は自分が白き狼神の子で、俺を止めに来たのだと言った。俺が理由を尋ねると君はただ単調に答えた。

「私を創り出した白き狼神は、報復など望んではいない。だから、私があなたの行いを止める」

 君はそう言うと、俺に神聖魔法を使った。我ら半神半人にしか使えない、神聖魔法。俺はその魔法を受け止めると君に言った。

「俺は、この地の人間を救いたいだけだ。君も同じ気持ちなら、協力してくれないか?」

 これは単なる憶測だった。君が白き狼神から生まれたのならば、こう告げることで建国の協力をしてくれるのではないか、と。白き狼神は平和を望んでいる。ならば彼女も同じ気持ちのはずだ。

「私はこの地の平和を望む。けれど、他国への報復ならば協力はしない」

「俺も、報復など望んではいない。この地の平和を望んでいるだけだ」

 俺は見え透いた嘘をついた。俺と同じような半神半人に邪魔されては、黒き狼神の野望が叶わなくなってしまう。俺がそう考えていると、君は告げた。

「あなたは嘘つきなのね。私は人々の平和のため、あなたを殺す。それが私の使命」

 そう言うと君は、俺を殺そうとした。けれども、黒き狼神は白き狼神よりも格上の存在。俺の方が強くはあった。でも、俺は君を殺したくはなかった。なぜなら、君を一目見た時に、君の魂はあまりに美しかったから。
 だから、俺はある魔法を君に使った。君の額に指を添える。そしてその魔法を発動させた。

「……」

 君は目を閉じて何も言わなくなる。しばらくして目を開けると君は言った。

「私は、誰……?」

 俺は君に、記憶操作の魔法を使った。同じ半神半人にも使えるのかは分からなかったが、無事に成功したようだった。
 君は本来、俺を殺すためだけに生まれた存在。だから俺は、君に新しい生き方を与えることにした。俺は君に言った。

「君はバルバラ。俺の建国を支える者だ」

 記憶を失くした君は、こうして俺の配下の1人になった。
 それから俺は、民の心を扇動し、イサーク王国をこの地に建国した。軍を作り、選ばれし数人に神聖魔法を教える。バルバラにも教えたが、彼女は元から神聖魔法を使えたため無意味ではあった。
 俺はイサーク王国の建国神となった。人間の小王国を築いていたヤーフィスという少年を追い出して、俺は大量の兵士を抱えると、たちまちイサーク王国は魔道大国へと変貌した。
 その中にバルバラもいた。君は記憶を失って、人間のように生活をしていた。君も俺も半神半人だから体の成長はせず、幼い姿のままだったが、幸いにも君は気づくことはなかった。
 俺は人間でいう、いわゆる恋というものを君にしていたのかもしれない。自身が半神半人ということを忘れ人間として生活する君を、いつも気にかけていた。
 ところが、雲行きが怪しくなり始めたのはそのしばらく後のことである。君は俺から神槍を受け取り、いつしか軍を引くようになると、小王国の王の座を追放されたヤーフィスが、あろうことか君に恋をした。
 君たちは結婚して、子供を授かる。俺が恋をしていたはずの君を、事もあろうにたかが人間の少年に取られたのだ。
 しかし本来、俺は誰かを愛するために生まれたわけではない。俺は黒き狼神の復讐心から生まれた存在。だから、第一優先は王国の建国そして、他国への復讐だった。しかし、君のことを考えると、なぜか胸が潰れる思いだった。
 そんな中、俺は君の力を利用した。これは俺ではなく、人間の男を愛した君への報復だったのかもしれない。本来ならば平和を望んでいたはずの記憶を失った君に、多くの命を奪わせた。
 そして君はいつしか、ついに俺の記憶操作の魔法を解いた。しかし、君が気づいた頃、君は多くの命を殺めていた。君はきっと記憶を取り戻し、自分のした行いに嘆き悲しむだろう。
 俺の心はとうに歪んでいた。愛しているはずの君が、苦しむことを願っていたのだから。
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