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第2章

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 夜も更け、パーティーが終わる。私たちヤーフィス家の面々も他の方々と同じように帰りの馬車に乗った。
 私はシャルロットに動く馬車の中で話しかける。

「パーティー、どうだった?」

「楽しかったわ。アナさん、とてもお優しい方ね、お姉様。早くまたお会いしたいわ」

「そう、楽しかったならよかったわ」

 そんな私たちの会話にヨセフは笑みを溢す。
 夜も遅く、ヤーフィス家まではまだ数時間はかかる。私はシャルロットに仮眠を取るように進めると、シャルロットは私の足を枕にして眠り始めた。
 しばらくヨセフと談笑する。彼からは、私が知らないシーグルドの話が聞ける。彼の口から語られる話は興味深い話ばかりだった。

「シーグルド、本当にそんな魔法が使えるの?」

「はい! シーグルド様は王族の中でも、一際高度な魔法が使えるんですよ。王族の中であのエハル神に最も近いとか、そんな話もされてます」

 エハル神、と聞いて一瞬反応する。エハルはイサーク王国の建国神で、現王族の祖先。狼神伝説の中軸となる人物だ。
 以前狼神伝説に関わる狼神の森についてシーグルドに聞いた時は、口をつぐまれてしまった。私は以前シーグルドに聞いた時のように、ヨセフにも聞いてみることにした。

「ヨセフは狼神伝説についてどれくらい知っているの?」

 私がそう切り出すと、彼は一瞬目を見開く。彼はしばらく黙り込んだ後、いつものように微笑んで言った。

「俺は全く。エハル神が選ばれた英雄に神聖魔法を授けたことくらいしか知りません。そういえばヤーフィス家も選ばれし英雄の一族でしたね」

 これは直感だが、何となく彼は何かを隠している。ふと、そんな気がした。
 私はそれに気づかないふりをして彼の言葉に返答する。

「ええ。ヤーフィス家はご先祖のバルバラ様という方が、神聖魔法をエハル神から頂いたと伝えられているわ」

 ヤーフィス公爵家のご先祖様はバルバラという名前の女性だったそうだ。彼女は若くしてエハル神に選ばれ、あの神槍と神聖魔法を賜ったと伝えられている。
 そんな話をしている時だった。突然、馬車が大きな音とともに止まる。ヨセフが私に動かないようにと告げると、彼は静かに馬車から外を見た。彼は緊迫した様子で言った。

「……刺客だ、数人います。リリア様はシャルロット様とここにいてください」

「……分かったわ」

 彼は私の返答を聞いた瞬間、馬車を降りると凄まじい勢いで剣を振る。外にいた刺客たちは次々と倒れていった。
 彼らは恐らく、私の命を狙いにきている。目的も誰が狙ってきているかも分からない。もしかするとお父様とお母様の死に関係があるのかもしれない。
 私はシャルロットを起こさないように静かに馬車の外を覗き続ける。ヨセフはその並外れた剣さばきで刺客を倒していき、数人いた刺客は残り1人になっていた。ヨセフはその1人に剣を突き立てると言った。

「言え。何が目的だ」

 私は刺客の返答を待つ。刺客はゆっくり口を開いた。

「……旧王家などに、現王家を乗っ取らせはしない」

 刺客の男はそう言うと、自らの舌を噛み切って事切れた。
 私はその光景を見てすぐに馬車の中に目を移す。男は、旧王家について何か言っていた。ヤーフィス家は確かに、昔イサーク王国が出来る前までは、この地の王家だったという言い伝えがある。一体、私を襲う理由と何の関係があるのだろうか。
 ヨセフが馬車に戻ってくる。私は彼に言った。

「……あの男はヤーフィス家を旧王家と言った。彼らは一体何者なの?」

「きっと、狼神伝説の信奉者です。奴らは旧王家であるヤーフィス家のリリア様が公妾になったことを、良く思っていない。だから、シーグルド様は俺を護衛として送ったんです」

 ヨセフが深刻そうな顔でそう言う。
 しかしそれなら、私が公妾になったことが彼らの行動の引き金になっているということは、私が公妾になる前に亡くなったお父様とお母様の死因とは関係がないことになる。
 つまり、お父様とお母様を殺した犯人は、彼らではないということだ。
 ヨセフは剣に付着した血を布で拭うと剣を鞘に収める。そして俯く私に声をかけた。

「御者がやられました。俺は御者台に移りますね」

「ええ、お願い」

 私がそう返事をすると、彼は馬車の前方にある御者台へと移った。
 自分が命を狙われている事実に動揺こそしていたが、不思議と大きな恐怖はなかった。むしろ、お父様とお母様の死の原因がより不鮮明になったことの方が私の中で大きくなっていた。

 それから約1ヶ月後、私は5学年に進級した。エルは無事、アルセン家の当主になったと後から聞いた。
 この王立魔道学校に通い始めてからは、より魔法への理解が高まった気がする。入学したての頃よりも自由に魔法が使えるようになり、成績はクラス内でもトップの方に上り詰めた。座学では私より優秀だったパトリシアを、ついに抜いたのだった。
 しかし学校生活よりも、やはり私にとっては長期休暇中の旅の方が遥かに身になった。5学年の長期休暇には、隣国にも旅をした。
 隣国は、イサーク王国と明らかに違った。イサーク王国は突出して魔道大国だが、隣国の民は魔法なしでも楽しそうに暮らしていたのだ。私は旅の最中、至る所でそういった場面に直面し、その様子を目に焼きつけた。
 5学年の夏と冬を隣国で過ごし、気づいたことがある。それは、本来人々の幸せは魔法の有無では決まらないということだ。イサーク王国は、魔法に目を囚われ過ぎている。もっと多くのことに目を向ければ、きっとイサークの民も隣国の民のように魔法がなくとも幸せに生活出来るだろう。
 私は冬の終わり、再び寒さの厳しいイサーク王国へと戻った。5学年の授業も締めくくりを迎え、やがてまた春が訪れる。次はついに、最終学年の6学年。気づけば私も16歳だ。お父様とお母様を亡くしてからまだ2年と少ししか経っていないというのに、もう遠い昔のことのように感じる。
 私は久しぶりにヤーフィス家の自室でくつろぐ。窓を開けると春の心地良い風が柔らかく吹いてきた。
 6学年、最後の学生生活の年。私はこの時、まだ知らない。運命が大きく回り始めたことを。私の見る景色が、再び大きく変わることを。
 運命は私に語りかける。もうすぐその時が来る、と。
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