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第2章

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 シーグルドはもちろん分かるが、もう1人登場した少年はよく知らない。彼は誰だろうか。私はアナに聞いてみることにした。

「ねえ、あの方はどなた?」

「第二王子、シアン様よ。シーグルド様の実弟。今は私たちとは違う魔道学校に通っていらっしゃるわ」

「そうなのね」

 そういえば、エルの姿が見当たらない。パトリシアや学校の同級生たちは見かけたが、彼はどこにいるのだろう。
 私が彼を探していると、アナが私に声をかけた。

「もしかして、エルさんを探してる?」

「ええ、どこにもいないみたいだけれど……」

「エルさんはご欠席だそうよ。何でも急用が出来たとか言う話を、さっき他の方から聞いたわ」

 アナがそう言うなら本当なのだろう。エルはもう卒業したのだから、早々に公爵家を継ぐことになる。欠席する理由は理解出来た。
 主役の登場でパーティーは本格的に始まった。私は去年の冬で15歳になったため、この国の法律に則ってお酒を飲むことが出来る。私は果実の甘いお酒を少しだけ頂いた。
 シーグルドの方を見ると、すぐ近くでパトリシアが一緒にお酒を飲んでいた。

「シーグルド様。私、お酒は苦手でして……もしよろしければ今度飲み方を教えてくださらないかしら?」

 パトリシアがそう言ってシーグルドに近づく。その行動を見て、なぜか私の心はもやもやした。
 しかし、パトリシアはいつも威張った態度なのに、シーグルドの前ではあんなに女の子らしく振る舞っていることに、逆に感心が生まれる。

「ウィトレー殿、お酒が苦手なら飲まないに越したことはありませんよ」

「嫌ですわ殿下。私のことはパトリシアとお呼びくださいと、いつも言っておりますでしょう?」

 そう言ってパトリシアはさらに近づく。私は何となく見ていられなくなって、テーブルから離れた。
 ふと、バルコニーが目に入る。あそこなら静かにお酒が飲めそうだ。シャルロットはアナと一緒にいるし、私がいなくても大丈夫だろう。私は新しいグラスを受け取ると、夜の暗闇が広がるバルコニーに向かった。
 バルコニーに出ると、少しひんやりとした春の夜の空気が私を包み込む。宮殿の庭園は残念ながら暗くてよく見えないが、きっと美しいのだろう。会場内の雑音から離れたここは私にとって憩いの場となった。
 さっきは、なぜあんなにもやもやしたのだろうか。今までに体験したことのない感情だ。私はバルコニーの柵の上に左手を置き、右手でグラスを傾けてお酒を飲む。お酒は先程も飲んだ味と同様、甘い果実の味がした。
 ふと、誰かがバルコニーに足を踏み入れる音がする。その人物は私の横に来て、私と同じように手を柵の上に置いた。

「お一人ですか? お嬢さん」

 その人の顔を見上げると、その人物は紛れもなくシーグルドだった。彼はいつもみたいにからかうようにそんなことを聞いてくる。

「からかわないでちょうだい」

 もやもやした気持ちの原因とも言える人物の登場に、何となく気持ちが浮つく。

「いい夜だな」

「……そうね」

 少し冷たいが、風が心地良く吹いていて今夜は確かにいい夜だ。私は先程目の前で見せつけられた出来事が頭から離れず、つい口走る。

「それより、戻らなくていいの? 婚約者様のところに」

 私が澄ました顔でそう言うと、シーグルドは怪訝な顔をして答える。

「何で怒ってるんだ?」

「別に怒ってなんかいないわ。ただ、あなたといるとパトリシアに嫉妬されるから嫌なだけよ」

 私がそう言うとシーグルドは黙って、夜景を見ながら右手に持ったグラスのお酒を飲み始める。彼は夜景を見ながら言った。

「まあまあ、そんなの気にしない」

「気になるわ」

 そんな会話をしながら2人で夜景を見つめる。魔法の灯りがところどころで点灯していて幻想的な光景が広がっていた。
 シーグルドが私をちらりと見て言った。

「そういえば、変わりないか? ヨセフはどうしてる?」

「変わりないわ。ヨセフは妹のシャルロットとも仲が良いし、ちゃんと護衛をしてくれてる。今日もここに来ているわ」

「そうか」

 シーグルドが安心したように微笑む。その微笑みはとても優しく感じられて、アナやエルが言うシーグルドのイメージとはやはりかけ離れていた。
 私はずっと気になっていた、エルとシーグルドの関係について聞いてみることにした。

「ねえ、どうしてエルはあなたをあんなに嫌っているの?」

「……それ、本人に言うか? 普通」

 シーグルドは呆れたように言う。シーグルドは少しの沈黙の後、答えた。

「さあな。あいつが勝手に俺のことを嫌っていった。俺が何でも好きに出来るのが羨ましいのかもな」

 その言葉に違和感を覚える。私はその違和感をそのまま口にした。

「……そうかしら。むしろ私は、あなたが一番多くのものを背負っているように見える」

 私がそう切り出すと、シーグルドは驚いて私の方を見る。私は言葉を続けた。

「好き勝手しているように見えるのは、あなたが周囲に知られないように、あえてそう振る舞っているから。本当は、誰よりも裏で努力しているのに。なんてね……シーグルド?」

 彼は静止して目を見開き、ただただ私を見つめる。私も見つめ返すと、しばらくして彼は自分の頭を右手で抱えた。

「お前やっぱり、すごいわ」

「?」

 何を思ったのか、シーグルドがそう告げて笑みを溢す。私は彼が笑う意味が分からなくて首を傾げると、彼に疑問を投げかけた。

「私、そんなに変なこと言ったかしら?」

「別に。お前の洞察力に感服しただけだよ」

 私の推測を言ってみただけなのに、もしかして本当に図星だったのだろうか。私が彼に聞こうとすると、バルコニーの入り口からもう1人の靴音が聞こえた。
 私たちはバルコニーの入り口の方へ振り返る。そこには仁王立ちするパトリシアの姿があった。彼女は怒りを抑えたような声で微笑んで言った。

「こんなところで王子を誘惑とは、品性がないわねリリアーヌさん」

 彼女は微笑んでいるが、彼女の瞳は怒りを込めて私を睨みつけている。やはり面倒なことになってしまった。私は小さなため息をついて彼女に言う。

「私にそんなことをする理由がないわ。後はお2人でどうぞ」

 私はそう言うとバルコニーを出ようとする。パトリシアは私がシーグルドから離れるとすぐ彼の傍に行った。
 彼女が彼に話しかける声が後ろから聞こえる。

「ねえ、彼女とどんなお話をされていたの?」

「ありふれた話ですよ」

 シーグルドはそういつもの調子で笑って答えた。
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