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第2章

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 この森のことは知っている。小さい頃から両親に入ってはいけないと聞かされていた。私自身、魔法に自信はあるが、怖くないわけではない。それでも、私はここに入ってこの王国の真実に辿り着きたいと思った。
 この森は先程の男が言っていた通り、狼神の住処、そして神域といわれている。故にこの森の名前は狼神の森という。この森に入って無事に出てきたものはほとんどいない。だから、この森が本当はどのような森なのか、自分の目で確かめてみたいと思うのだ。
 もちろん、狼たちが多く生息しているのは知っているから、丸腰ではない。いつも着ているドレスやワンピースではなく、稽古で剣を振るう時の服装をして、護身用の短剣も持ってきている。
 私は森をしばらく進んで行く。狼神の森は、意外にも穏やかな雰囲気の場所で、木々からは木漏れ日が漂い、小鳥のさえずりが聞こえた。さらに奥へと進んで行く。道はだんだん狭くなっていった。
 木々をかき分け、歩みを進める。ところが、いつまで経っても周りの景色は変わらない。確かに進んでいるはずなのに、まるで同じ場所を行ったり来たりしているような感覚になった。
 ふと、背後を振り返る。そこにはあるべきはずのものがなかった。

「道が……ない?」

 たった今歩んで来たはずの道が消えていた。すると突然、前方で狼の遠吠えが聞こえる。私はすぐさま正面に向き直って短剣を構えた。
 あたりが突然、薄暗くなる。木漏れ日が届かなくなり、太陽が隠れたように空には灰色一色が広がる。もしかすると天気などは関係なく、ここはすでに狼神の神域なのかもしれない。
 木々の暗闇から、唸り声とともに狼が次々と現れる。ギラギラと輝く狼たちの目が至る所に見えた。
 いつ襲いかかってくるか分からない。私は短剣を構え続けていると、あたりを警戒する。私が一歩後退した瞬間、周りの狼たちが一斉に襲いかかってきた。
 私はすぐさま反応して魔法を使う。私に噛みつこうとする狼たちを次々と魔法で攻撃した。

(これじゃあ間に合わないわ……)

 しかし、魔法で弾いても、弾いても狼たちは襲ってくる。彼らは何度私の攻撃で傷を受けてもすぐに完治しているようだった。数も多く、私は間に合わず狼の牙を受ける。

「……っ!」

 噛まれた私の腕から血が流れる。やはり、ここはすでに狼神の神域なのだ。だから狼たちは傷を受けても死なない。私は狼たちを払いながら考える。
 私が神域から出る方法は二つ。一つは神域を創った者に出してもらうか、もう一つはその神域を創った者を殺すかだ。
 しかし、神域があるということは、本当に狼神は存在するということだろうか。とすれば、狼神伝説の信憑性も出てくる。
 そんなことを考えていると、私の攻撃を免れた狼が私の体を傷つけていく。ところどころから痛みが走った。
 これでは埒があかない。そう思い立った私はその場から走り出す。走って狼たちを撒こうと考えた。狼たちは私の後ろをぴったり追いかけてくる。私は魔法を使って高い木の上に登った。
 ひとまず安心する。しかし、自分の体を見ると、ところどころ狼によってつけられた傷でボロボロだった。
 神域からどう出るか考えていると、下からガリガリと音が聞こえてくる。彼らは木を倒そうとしていた。

(嘘、でしょう?)

 木は次第に傾いていく。私は木から飛び降りた。あの狼たちはただの狼ではない。きっと幻獣の類いだ。しかも、この森は私の行き先を邪魔するように木々が生い茂っている。
 私は意を決して振り返る。行き止まりに、たくさんの狼たちに追い込まれた。
 魔法で払うことは出来るが、これだけの数がいては時間稼ぎにしかならない。まさか、本当に私はここで死ぬのだろうか。
 そう考えているとその瞬間、一番前にいた狼が私に飛びかかってくる。私は思わず目を瞑った。
 暗くなった私の視界。しかし、いつまで経っても衝撃が来ることはなかった。私はゆっくり目を開ける。すると、そこには狼が血を流して横たわっているのが見えた。
 状況が分からず困惑していると、後ろの方から大きな遠吠えが聞こえる。その遠吠えが聞こえると、なぜかたくさんいた狼たちが皆目の前から去って行った。

「一体、何なの?」

 そう呟くが、もちろん誰からも返答は返って来ない。ところが、目の前から一匹の狼がゆっくりこちらに歩いてくる。その狼は非常に体が大きく、そして白く美しい毛並みをしていた。
 その大きさに私は目を見開いたまま動きを止める。しかし不思議と、怖さは感じなかった。
 その白く巨大な狼はただ私を見つめると、ゆっくり道を歩いていく。そしてこちらを振り返った。

(もしかして、ついて来いと言っているの?)

 私は何となくそんな気がしてその狼についていく。先程まで私の邪魔をしているように見えた木々はなぜか綺麗に道を作っていった。
 しばらく歩いていくと、突然白い狼がこちらを向く。そしてまた私を見つめるとゆっくり消えて行った。
 私はあたりを見渡す。するとそこは不思議なことに最初に来た森の入り口付近だった。木々から漂う木漏れ日も、鳥のさえずりも最初の時のように戻っている。空は明るかった。私は咄嗟に自分の体を見た。

「……治ってる」

 先程あれだけ狼に傷つけられたはずなのに、体には傷一つ見受けられなかった。
 私はゆっくり続く道を歩いて行く。そして、無事に森を出ることが出来た。
 あの白い狼は、本物の狼神だったのだろうか。だとしたら、この王国の建国神話、狼神伝説は作り話ではないのかもしれない。私はこの森で、この王国の秘密について一つ知ることが出来た。

 私はその後ヤーフィス家に戻った。秋からの学校に備えるためである。何時間もかかりようやくヤーフィス家に着くと、お屋敷にはピアノを演奏するシャルロットと彼女の演奏を聴くシーグルドから送られた私の護衛、ヨセフがいた。
 ヨセフは私が戻ったことが分かると、すぐに駆けつけて来た。シャルロットも演奏をやめて私の元へ来てくれた。

「おかえりなさい、お姉様」

「おかえりなさいリリア様! どちらに行かれてたんですか?」

「ただいま、2人とも。ちょっと東側の地方に行っていたわ」

 私がそういうと2人は興味津々で色々なことを聞いてきた。何だか可愛い妹に加え、可愛い弟が出来たようで嬉しかった。
 2人と話を終えると、私は自室に戻る。服を脱いで、再度体を確認してみたが、やはり傷は一つもなかった。
 狼神伝説。きっとこの国の建国神話は、実際にあった話なのだろう。私があの森で会った白い狼は、きっと本物の狼神だ。シーグルドなら王子だから、何か知っているかもしれない。私はそう考え、秋になったら彼に狼神伝説について聞いてみることにした。
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