上 下
9 / 38
第1章

1-9

しおりを挟む
 3学年になってからは、以前よりも多くの授業を受けることが出来た。私や私の周囲の人には3年目も相変わらず変化はなかった。
 私は先生から頼まれ、学校の敷地内にある倉庫に向かっていた。倉庫に着くと、ふと正面先が目に入る。最近は倉庫付近に行くことがないため、ここにも立ち入ることがなかった。
 不思議なことだが、シーグルドとはまだここ以外では一度も会ったことはない。彼は今、5学年で来年は卒業する。とすると、彼に会えるのは後1年半。そう考えると少し寂しい感じがした。
 私は先生から頼まれた器材を倉庫にしまうと、正面先の木々の生い茂る場所へ入っていった。しばらくして奥へ辿り着くと、反射的に木の上を見上げる。しかし、彼の姿はなかった。
 私は木を背にゆっくりその場に座る。上を向いて、ゆらゆらと揺れる木々の葉を見つめた。すると突然、その視界が遮られる。1人の青年の顔が視界いっぱいに広がった。

「久しぶりだな、リリアーヌ殿」

 急に間近に顔が現れ、驚いて目を見開く。だがすぐにそれが誰だか分かった。

「その呼び方はやめて、シーグルド」

「相変わらずだな、リリア。背縮んだか?」

 そう言って彼は私の頭に手を置く。私はすぐにその手を払った。

「あなた程ではないけど伸びたわよ、失礼ね」

 シーグルドは初めて出会った時より身長がかなり伸びていた。対して私はそんなに変わっていない。そのことに少し劣等感を覚えながらも彼とは自分らしく接することが出来ていた。

「それで、王様になる手立ては見つかったか?」

「またその話? 言っておくけれど、以前のあれは例え話! 王様だったらというね」

 私がそう言うとシーグルドは分かりやすく不満そうな顔をする。何が気に入らないのか分からないが、まさか本当に王様を目指せと言うのだろうか。

「お前のあの話、俺は結構好きだけどな。誰もこの国では王様の立場なんて考えない」

「私も正確にはどうなのか分からない。国王とはお会いしたことはないし。ただ、権力者はその力を民のために使うべきだと思うだけ」

 私がそう言うと、シーグルドは優しく微笑んだように見えた。しかし、すぐにいつも通りの薄ら笑みに戻ると、別の話題を振ってきた。

「そういえば、エルには最近会ったか?」

「それが、最近は会っていないわ。長期休暇中に一度会ったくらいよ」

 エルは多忙を極めていた。アルセン家の用が忙しいというのは聞いているが、彼が具体的に何をしているのかは知らなかった。

「なら俺から教えよう。エルはな、この学校卒業と同時に、アルセン公爵の名を父親から受け継ぐんだ」

「……え?」

 若い内からの家督相続は別に珍しくない。ただ、それは継ぐ者が誰もいない時だけだ。エルのお父上は未だご健在なのに、なぜこんなにも急ぐ必要があるのだろうか。

「なぜそんなに早く?」

「さあな、俺は知らない。エルに直接聞いてみてくれ」

 彼がそう言うと、校舎の方から授業開始のチャイムが鳴る。すると、彼は「じゃあな」と手をひらひら振って倉庫の方へ続く道を歩いて行った。私も授業に遅れるわけにはいかず、校舎の方へ歩いた。
 授業が始まっても、考えるのはエルのことだった。なぜそんなに早く継ぐ必要があるのだろうか。彼はきっと重圧に苦しんでいるはず。私は授業が終わると、急いでエルの教室に行った。
 教室に着いたが、エルはすでにいなかった。私は諦めず、彼が行きそうな場所を探す。彼は寮には入っていないからすでに門の前に行っているかもしれない。そう思い至って出入り口の門へと急いだ。
 しばらくして門前に着くと、そこにエルの姿がある。私はすぐ彼に呼びかけた。

「エル、待って!」

 私の大きな声に彼は振り返る。私の姿を見ると彼は驚いて目を見開いた。

「リリア?」

 私は息を整えてエルの方へ向かう。彼も私の方へ来てくれた。

「どうしたの?」

「エル……卒業したらアルセン家を継ぐって本当?」

 私がそう言うと彼は驚いた表情をする。そしてすぐに険しい顔つきになった。

「それ、誰に聞いたの?」

「シーグルドよ。今までだって忙しかったのに、こんなに早く家督を継げと言われるなんて……エルが心配になって、私……」

 私が焦って言葉を羅列すると、エルは安心させるように微笑んで言った。

「僕なら大丈夫だよ、心配しないで。リリアは学業に専念してほしい。それよりも、もうあいつとは会わない方がいい。言っておくけど、あいつは……」

 エルはそう言いかけると、途中で言葉を止める。私が問うと、彼は「何でもない」とだけ返答した。

「とにかく、今からでも関わりを断つべきだ。あいつと関わって良いことなんてない」

 エルの眼差しは至って真剣だった。私はその眼差しに押されて了承した。

「分かったわ、もう関わらない。約束する」

 私がそう言うとエルはほっとしたような表情をした。彼と再会を誓ってそこで別れる。次はいつちゃんとお話し出来るか分からない。同じ学校に通っているはずなのに、なぜだか切なかった。
 それから、私はあの倉庫の先に行くことをやめた。彼とは他の場所で会うことがなかったから、あれ以来会わなかった。
 なぜエルがあれだけシーグルドを毛嫌いしているのかは知らない。ただ、私には踏み入れてはいけない領域なのだということは理解できた。
 そうして季節は流れ、3年目の冬の長期休暇が訪れた。私はいつも通り馬車に乗って家への道を帰った。この冬が、私の運命を大きく変えるとは知らずに……。
 この年の長期休暇もいつも通り家族と過ごしていた。馬たちの世話もして、お母様から魔法の使い方を教わる。いつもと変わらない日常。

 そんなある日、唐突にその日は訪れた。

 雪がちらつくその日、お父様とお母様は2人で街へ出かけた。私はなぜ2人が出かけたか知っている。私と妹のシャルロットの誕生日プレゼントを買うためだ。
 シャルロットと私はどちらも12月生まれで、日にちもそんなに離れていない。だから誕生日パーティーはいつも同じ日だったし、プレゼントも妹と一緒にもらった。
 2人の帰りを妹と待っている時だった。1人の使用人が真っ青な顔をして屋敷に入ってくるのが見えた。私は不思議に思って、すぐに玄関先へ向かう。
 玄関先へ駆けていくと、使用人たちが騒ついている。息を切らし、真っ青な顔をした使用人が口走った。

「旦那様と、奥様が……!」

 その言葉に目を見開く。言葉の意味は嫌でも理解出来た。お父様とお母様に何かあったということだ。私は急いで防寒服を着ると、馬小屋の方へ走った。

「お嬢様、いけません!」

 使用人たちが私を止めようとする。しかし、私は彼らの静止を振り切って走る。馬小屋に着くと一番足が速い馬に馬具を付けて背中に乗った。
 気が気ではなかった。今までで感じたことのないくらい大きく心臓が鳴っている。私は馬に乗って街の方へ続く道を走って行った。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

私がいなくなった部屋を見て、あなた様はその心に何を思われるのでしょうね…?

新野乃花(大舟)
恋愛
貴族であるファーラ伯爵との婚約を結んでいたセイラ。しかし伯爵はセイラの事をほったらかしにして、幼馴染であるレリアの方にばかり愛情をかけていた。それは溺愛と呼んでもいいほどのもので、そんな行動の果てにファーラ伯爵は婚約破棄まで持ち出してしまう。しかしそれと時を同じくして、セイラはその姿を伯爵の前からこつぜんと消してしまう。弱気なセイラが自分に逆らう事など絶対に無いと思い上がっていた伯爵は、誰もいなくなってしまったセイラの部屋を見て…。 ※カクヨム、小説家になろうにも投稿しています!

婚約者に消えろと言われたので湖に飛び込んだら、気づけば三年が経っていました。

束原ミヤコ
恋愛
公爵令嬢シャロンは、王太子オリバーの婚約者に選ばれてから、厳しい王妃教育に耐えていた。 だが、十六歳になり貴族学園に入学すると、オリバーはすでに子爵令嬢エミリアと浮気をしていた。 そしてある冬のこと。オリバーに「私の為に消えろ」というような意味のことを告げられる。 全てを諦めたシャロンは、精霊の湖と呼ばれている学園の裏庭にある湖に飛び込んだ。 気づくと、見知らぬ場所に寝かされていた。 そこにはかつて、病弱で体の小さかった辺境伯家の息子アダムがいた。 すっかり立派になったアダムは「あれから三年、君は目覚めなかった」と言った――。

今更気付いてももう遅い。

ユウキ
恋愛
ある晴れた日、卒業の季節に集まる面々は、一様に暗く。 今更真相に気付いても、後悔してももう遅い。何もかも、取り戻せないのです。

私は既にフラれましたので。

椎茸
恋愛
子爵令嬢ルフェルニア・シラーは、国一番の美貌を持つ幼馴染の公爵令息ユリウス・ミネルウァへの想いを断ち切るため、告白をする。ルフェルニアは、予想どおりフラれると、元来の深く悩まない性格ゆえか、気持ちを切り替えて、仕事と婚活に邁進しようとする。一方、仕事一筋で自身の感情にも恋愛事情にも疎かったユリウスは、ずっと一緒に居てくれたルフェルニアに距離を置かれたことで、感情の蓋が外れてルフェルニアの言動に一喜一憂するように…? ※小説家になろう様、カクヨム様にも掲載しております。

【完結】お世話になりました

こな
恋愛
わたしがいなくなっても、きっとあなたは気付きもしないでしょう。 ✴︎書き上げ済み。 お話が合わない場合は静かに閉じてください。

【本編完結】若き公爵の子を授かった夫人は、愛する夫のために逃げ出した。 一方公爵様は、妻死亡説が流れようとも諦めません!

はづも
恋愛
本編完結済み。番外編がたまに投稿されたりされなかったりします。 伯爵家に生まれたカレン・アーネストは、20歳のとき、幼馴染でもある若き公爵、ジョンズワート・デュライトの妻となった。 しかし、ジョンズワートはカレンを愛しているわけではない。 当時12歳だったカレンの額に傷を負わせた彼は、その責任を取るためにカレンと結婚したのである。 ……本当に好きな人を、諦めてまで。 幼い頃からずっと好きだった彼のために、早く身を引かなければ。 そう思っていたのに、初夜の一度でカレンは懐妊。 このままでは、ジョンズワートが一生自分に縛られてしまう。 夫を想うが故に、カレンは妊娠したことを隠して姿を消した。 愛する人を縛りたくないヒロインと、死亡説が流れても好きな人を諦めることができないヒーローの、両片想い・幼馴染・すれ違い・ハッピーエンドなお話です。

私の婚約者は6人目の攻略対象者でした

みかん桜(蜜柑桜)
恋愛
王立学園の入学式。主人公のクラウディアは婚約者と共に講堂に向かっていた。 すると「きゃあ!」と、私達の行く手を阻むように、髪色がピンクの女生徒が転けた。『バターン』って効果音が聞こえてきそうな見事な転け方で。 そういえば前世、異世界を舞台にした物語のヒロインはピンク色が定番だった。 確か…入学式の日に学園で迷って攻略対象者に助けられたり、攻略対象者とぶつかって転けてしまったところを手を貸してもらったり…っていうのが定番の出会いイベントよね。 って……えっ!? ここってもしかして乙女ゲームの世界なの!?  ヒロイン登場に驚きつつも、婚約者と共に無意識に攻略対象者のフラグを折っていたクラウディア。 そんなクラウディアが幸せになる話。 ※本編完結済※番外編更新中

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

処理中です...