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第1章
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「それじゃあ、邪魔者は退散するわ」
そう言って黒髪の少年、シーグルドは私たちの前からいなくなろうとする。去り際、彼はエルに何か言い残して会場の方へ消えていった。
「あの人、今何て言っていったの?」
「……他愛もないことだよ」
私は首を傾げるが、エルが何でもないというのならばそうなのだろう。私は大人しく彼の言うことを受け入れると彼とベンチに座って再び会話を始めた。
「彼は一体何者? あんなに無礼な人とは初めて会ったわ」
「あまりあいつの話をしたくはないけど、簡単に言うと危険人物だ。関わるのはお勧めしない」
「危険人物……」
確かにシーグルドは初対面の時木になんて登っていたし、失礼なことを平気で言ってくる人だ。でも、危険な人には感じなかった。誰にでも優しいエルがそこまで警戒するのは何か理由があるのだろう。しかし、この場で聞く勇気はなかった。
「話を変えよう。……そういえば、シャルロットは元気? 彼女もこの学校に来るの?」
「元気よ。妹は魔法よりも楽器が得意だから、音楽の技術をもっと勉強したいみたい」
「そうか、彼女は音楽の天才だからね。いつか夢を叶えてほしい」
エルが優しく微笑んでそう言う。私はそんな彼の姿を見て、本当は言うつもりのなかった相談を彼にすることにした。
「……私ね、この学校に来てからよく言われるようになったの。ヤーフィス家を継ぐんでしょう、って。現実にその選択肢しかないのなら覚悟は出来てる。でも、本当は私も妹のように好きな事がしたいと時々思うの」
私がその話を切り出すと、彼は少し目を見開く。エルは私が母方の実家、ヤーフィス家を嫌っていることを知っている。しかし、こんな話をするのは初めてかもしれない。
しばらく経ってから、エルがゆっくり口を開いた。
「……僕も同じだよ。本音を言えば、今すぐこの重圧から逃げ出したい。でも、逃げたらきっと後悔すると思うんだ。だから一度やってみてから、と今は自分に言い聞かせてる」
そう言って彼は綺麗な顔を苦悩に歪ませる。私は知らなかった。彼も私と同じように怖いのだ。悩んでいるのは自分だけだと勘違いしていたが、彼も私と同じ人間だ。私は自分の無知が恥ずかしくなった。
「そうよね……ごめんなさい。勝手に私だけこうなのだと思い込んでいたわ」
「いや、いいんだ。もし今みたいに悩んだら、いつでも僕に相談してくれ。きっと力になるから」
「ありがとう! エルも相談してね」
そう言って私たちは微笑み合う。彼とまたしばらく談笑した後、私は早めに寮の部屋へ戻った。
寮の部屋に着くとドレスを着替える。ドレスは窮屈であまり好きではないが、エルに褒めてもらったことを思い出して嬉しくなった。
しばらくして、部屋がノックされる。入ってきたのはアナだった。
「リリア、お疲れ様。楽しんだ?」
「お疲れ様。楽しかったわ! アナも楽しかった?」
「ええ、兄弟と久しぶりに話が出来たわ」
私たちはお互いに今日のパーティーでの出来事について話し合った。アナはお兄さんとお姉さんに会えてかなり嬉しかったみたいだ。私はエルとの出来事を話した。私がシーグルドという少年の乱入について話し始めると、アナは私の言葉を突然遮る。
「ちょっと待って。その人本当にそう名乗ったの?」
「? ちゃんと言ってたわ。間違ってないはずよ」
「そういうこともあるのかしら……」
急にアナが悶々と考え始める。私は意味が分からなくてアナに理由を尋ねた。アナはしばらく考えた後に言った。
「とにかく、その人にはもう近づかない方がいいわ。私の勘違いだったらいいのだけれど」
さっきからアナの言っていることがいまいちよく分からなかった。私まで何だかもやもやしてくる。そんな私の様子を見兼ねてアナが言った。
「第一王子の名前と同じなのよ」
「シーグルドが?」
言われてみれば第一王子の名前も確かそのような名前だった気がする。でも、彼は第一王子のイメージとは似ても似つかない。
「それは思い違いよ。だって彼は見るからに貴族じゃないわ。それにあんなに無礼だし」
「それならいいのだけれど、王族の方々には無闇に近づかない方がいいわ」
「どうして?」
アナが意味深にそのようなことを告げる。私は気になって彼女の言葉の続きを待った。
「権力を持ち過ぎているからよ。もし失態でもしたら、何をされるか分からないもの」
王族とはそんなに恐ろしい存在なのだろうか。私には知らないことだらけだ。アナだって身分は低くない。それなのに、こんなにも恐れている。一体この王国はどうなっているのだろう。
「分かった、気をつけるわ。でも彼はそういったものとは無縁だから大丈夫」
「気をつけてね」
その後、アナは私の部屋を出ていった。彼女の話が本当ならば、私は用心しなければならない。私が大人になってヤーフィス家を継いだ時、王族の方々とも関わらなければいけないからだ。
この学校がそういった面倒なしがらみの世界の入り口だと思い知らされてため息が出る。学校にいる第一王子とはなるべく遭遇しないように生活しようと心に決めた。
それから数ヶ月の時が滞りなく流れた。相変わらずパトリシアは邪魔をしてきたが、特に目立ったことはしてこなかった。気分を休めたいと思った時は何度かあの倉庫の正面先の森に行った。そこには必ずと言っていいほどシーグルドがいて、いつも木の上で本を読んでいた。口は悪いが、彼はなかなか面白い性格をしていることは分かってきた。エルからは危険人物だと言われていたが、やはりそんな感じは全くしなかった。
授業とテストを無事終え、明日からは夏の長期休暇でアーノルド家に戻れる。久しぶりに家族に会えることに胸が弾んでいた。
「それじゃあまた秋に会いましょうね」
「ええ、アナ。気をつけて」
そう言ってアナと寮館先で別れる。学校の敷地を出ると、アーノルド家の馬車が一台路肩に止まっていた。
「お嬢様、おかえりなさい!」
「ただいま!」
入学の時に着いてきてくれた侍女が迎えに来てくれていた。私たちは早速馬車に乗り込むと、馬車は遠いアーノルド家への道をゆっくりと進んで行った。
そう言って黒髪の少年、シーグルドは私たちの前からいなくなろうとする。去り際、彼はエルに何か言い残して会場の方へ消えていった。
「あの人、今何て言っていったの?」
「……他愛もないことだよ」
私は首を傾げるが、エルが何でもないというのならばそうなのだろう。私は大人しく彼の言うことを受け入れると彼とベンチに座って再び会話を始めた。
「彼は一体何者? あんなに無礼な人とは初めて会ったわ」
「あまりあいつの話をしたくはないけど、簡単に言うと危険人物だ。関わるのはお勧めしない」
「危険人物……」
確かにシーグルドは初対面の時木になんて登っていたし、失礼なことを平気で言ってくる人だ。でも、危険な人には感じなかった。誰にでも優しいエルがそこまで警戒するのは何か理由があるのだろう。しかし、この場で聞く勇気はなかった。
「話を変えよう。……そういえば、シャルロットは元気? 彼女もこの学校に来るの?」
「元気よ。妹は魔法よりも楽器が得意だから、音楽の技術をもっと勉強したいみたい」
「そうか、彼女は音楽の天才だからね。いつか夢を叶えてほしい」
エルが優しく微笑んでそう言う。私はそんな彼の姿を見て、本当は言うつもりのなかった相談を彼にすることにした。
「……私ね、この学校に来てからよく言われるようになったの。ヤーフィス家を継ぐんでしょう、って。現実にその選択肢しかないのなら覚悟は出来てる。でも、本当は私も妹のように好きな事がしたいと時々思うの」
私がその話を切り出すと、彼は少し目を見開く。エルは私が母方の実家、ヤーフィス家を嫌っていることを知っている。しかし、こんな話をするのは初めてかもしれない。
しばらく経ってから、エルがゆっくり口を開いた。
「……僕も同じだよ。本音を言えば、今すぐこの重圧から逃げ出したい。でも、逃げたらきっと後悔すると思うんだ。だから一度やってみてから、と今は自分に言い聞かせてる」
そう言って彼は綺麗な顔を苦悩に歪ませる。私は知らなかった。彼も私と同じように怖いのだ。悩んでいるのは自分だけだと勘違いしていたが、彼も私と同じ人間だ。私は自分の無知が恥ずかしくなった。
「そうよね……ごめんなさい。勝手に私だけこうなのだと思い込んでいたわ」
「いや、いいんだ。もし今みたいに悩んだら、いつでも僕に相談してくれ。きっと力になるから」
「ありがとう! エルも相談してね」
そう言って私たちは微笑み合う。彼とまたしばらく談笑した後、私は早めに寮の部屋へ戻った。
寮の部屋に着くとドレスを着替える。ドレスは窮屈であまり好きではないが、エルに褒めてもらったことを思い出して嬉しくなった。
しばらくして、部屋がノックされる。入ってきたのはアナだった。
「リリア、お疲れ様。楽しんだ?」
「お疲れ様。楽しかったわ! アナも楽しかった?」
「ええ、兄弟と久しぶりに話が出来たわ」
私たちはお互いに今日のパーティーでの出来事について話し合った。アナはお兄さんとお姉さんに会えてかなり嬉しかったみたいだ。私はエルとの出来事を話した。私がシーグルドという少年の乱入について話し始めると、アナは私の言葉を突然遮る。
「ちょっと待って。その人本当にそう名乗ったの?」
「? ちゃんと言ってたわ。間違ってないはずよ」
「そういうこともあるのかしら……」
急にアナが悶々と考え始める。私は意味が分からなくてアナに理由を尋ねた。アナはしばらく考えた後に言った。
「とにかく、その人にはもう近づかない方がいいわ。私の勘違いだったらいいのだけれど」
さっきからアナの言っていることがいまいちよく分からなかった。私まで何だかもやもやしてくる。そんな私の様子を見兼ねてアナが言った。
「第一王子の名前と同じなのよ」
「シーグルドが?」
言われてみれば第一王子の名前も確かそのような名前だった気がする。でも、彼は第一王子のイメージとは似ても似つかない。
「それは思い違いよ。だって彼は見るからに貴族じゃないわ。それにあんなに無礼だし」
「それならいいのだけれど、王族の方々には無闇に近づかない方がいいわ」
「どうして?」
アナが意味深にそのようなことを告げる。私は気になって彼女の言葉の続きを待った。
「権力を持ち過ぎているからよ。もし失態でもしたら、何をされるか分からないもの」
王族とはそんなに恐ろしい存在なのだろうか。私には知らないことだらけだ。アナだって身分は低くない。それなのに、こんなにも恐れている。一体この王国はどうなっているのだろう。
「分かった、気をつけるわ。でも彼はそういったものとは無縁だから大丈夫」
「気をつけてね」
その後、アナは私の部屋を出ていった。彼女の話が本当ならば、私は用心しなければならない。私が大人になってヤーフィス家を継いだ時、王族の方々とも関わらなければいけないからだ。
この学校がそういった面倒なしがらみの世界の入り口だと思い知らされてため息が出る。学校にいる第一王子とはなるべく遭遇しないように生活しようと心に決めた。
それから数ヶ月の時が滞りなく流れた。相変わらずパトリシアは邪魔をしてきたが、特に目立ったことはしてこなかった。気分を休めたいと思った時は何度かあの倉庫の正面先の森に行った。そこには必ずと言っていいほどシーグルドがいて、いつも木の上で本を読んでいた。口は悪いが、彼はなかなか面白い性格をしていることは分かってきた。エルからは危険人物だと言われていたが、やはりそんな感じは全くしなかった。
授業とテストを無事終え、明日からは夏の長期休暇でアーノルド家に戻れる。久しぶりに家族に会えることに胸が弾んでいた。
「それじゃあまた秋に会いましょうね」
「ええ、アナ。気をつけて」
そう言ってアナと寮館先で別れる。学校の敷地を出ると、アーノルド家の馬車が一台路肩に止まっていた。
「お嬢様、おかえりなさい!」
「ただいま!」
入学の時に着いてきてくれた侍女が迎えに来てくれていた。私たちは早速馬車に乗り込むと、馬車は遠いアーノルド家への道をゆっくりと進んで行った。
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