リリアーヌと復讐の王国

Blauregen

文字の大きさ
上 下
4 / 38
第1章

1-4

しおりを挟む
 しばらく早歩きをして再び寮内に戻った。パトリシアが見えなくなりアナの手を離すと、彼女はなぜか声を上げて笑い始めた。

「あなたって最高ね。パトリシアのあんな顔初めて見たわ」

「あのままというのは我慢ならなかったの。言いたいことは言う性分でね」

「あなたといると退屈しなさそう。……ちゃんとした挨拶はまだだったわね? あの時は喧嘩別れになってしまったから。改めてよろしく、リリア」

 そう言って再びアナが手を差し出す。私はその手をしっかり握った。

「よろしく、アナ」

 こうして私の王立魔道学校での生活は幕を開けた。

 その後、滞りなく入学式が行われ、授業が始まった。授業は魔法の一般教養から応用まで色々あるが、正直なところ私にはどれも退屈だった。
 お父様とお母様から行くように言われたから入学したが、私自身は魔法に興味がないのだからこうなるのは予想していたけれど、思った以上に面倒だった。
 でも、そんな私でも一つだけ好きな授業がある。それは魔法薬学の授業だ。人の心身の病気や怪我などを治せる薬を作る授業。私は単純な怪我を治す治癒魔法しか知らないため、そういった薬を作るのはとても興味があった。

「リリアでも魔法薬を作るのは苦労するのね」

「初めから出来るわけないわ」

 私とアナは同じクラスだった。クラスは1年ごとに変わるが、クラス分けの基準は当然魔法で、私たちが同じクラスになるのは半ば決まっていた。
 そのため、もちろん嫌いな人とも一緒になることは分かっていた。

「あら、2人仲良く失敗? さすがは田舎者ね。こんなの、出来て当然よ」

 パトリシアは私たちに一々突っかかってくるようになった。それも私が寮の歓迎会の日に彼女に喧嘩を売ったためである。彼女は入学後、すぐにクラスの権力者になり、クラスメイトたちを次々と取り巻きにした。
 私たちは当然そこから外れるわけだが、他の生徒たちに話しかけても、よそよそしく反応される。皆パトリシアを恐れているのだ。
 このクラスは魔法の有力者しかいない。ほとんどが貴族の人たちで、パトリシアに同調する人も多かった。
 そう考えているうちに、授業終了のチャイムが鳴る。お昼休憩の時間だ。私は席を立つと、自分の器材を片付ける。そして教室を出ようとした時、パトリシアに声をかけられた。

「リリアーヌさん、私たちは今からみんなで昼食を取るの。よろしければ全員分の器材を片付けて頂ける?」

「そんなのご自分でどうぞ。私はやらない」

「ふふ、それならアナに頼むわ。あの子はきっと断れないでしょうね」

 そう言ってパトリシアはアナを指差す。確かにアナは断らないかもしれない。私はこの場は大人しく引き受けることにした。

「……分かったわ」

「じゃあ、よろしくね」

 パトリシアとその取り巻きたちは笑いながら薬学室を出て行った。面倒だが、任されたにはやるしかない。私は器材の片付けを始めた。
 私の状況を察してアナも手伝いをしてくれた。

「本当面倒ね、あの人たち。何を考えているのかしら」

「パトリシアはいつも見栄を張っているからね。パーティや交流会でもいつもああなの」

 アナは手を動かしながらそう言う。そういえば、アナは以前からパトリシアを知っている。せっかくの機会なので、パトリシアがどんな人物なのか聞いてみることにした。

「パトリシアって、普段どんな生活をしているの? 王都に集まる貴族たちって皆ああいった態度なの?」

「パトリシアは、ちょっと特殊ね。……ウィトレー家は王家に一番近い身分だから、一族の教え自体が歪んでいるのかも」

「そうなのね」

 だとしたら、パトリシアも歪んだ教えの被害者なのかもしれない。それでも、面倒な性格をしていることに変わりはないが。

「とりあえず、私はこの器材を倉庫まで運ぶわ。アナは先にご飯食べてて」

「分かった。いつものところにいるわね」

 私はアナにそう言って薬学室を出ると、ここから遠い場所にある倉庫の方へと向かった。
 倉庫は学校敷地内の端にある。お昼休みでも誰も来ない場所だ。私も今回初めて訪れたが、木々が生い茂っていてとても心地の良い場所だった。
 倉庫に入り、器材を置く。それからまた来た道を引き返そうと倉庫の正面を見た時だった。倉庫の正面に、微かに続く道があるのが見えた。私は興味本位でその道を辿っていく。辺りは木々が生い茂っていて、誰もいない。しばらくして行き止まりに辿り着いた。
 そこは、辺り一面緑しかなく、非常に美しい場所だった。ここならば、誰も来ないし、ゆっくり出来るかもしれない。私はそう思い至り、その場に座り込む。しばらくして先ほど言えなかった不満をつい口に吐き出した。

「……器材くらい自分で片付ければいいのよ」

 サワサワと木々が揺れる音がする。誰も聞いていないのだから、今度から不満を言いたい時はここに来ようかと考え始める。

「大体、魔法や身分なんか何にもならないわ。そんなもので人の価値は変わらないというのに」

 不満が次々と口から出てくる。次第に声が大きくなっていった。再びゆっくりと立ち上がる。

「あんな人たち大っ嫌い! もう絶対に頼まれてやらないんだから」

「うるさい。静かにしろ」

 突然、1人だったはずの空間に知らない人の声が響き渡る。しかし、辺りを見回しても誰もいない。私は咄嗟に上を見上げる。すると、そこには木の上に座り込む1人の美しい顔をした黒髪の少年がいた。
 少年は明らかに不機嫌そうな顔をして、手にしていた読みかけの本を閉じる。こんなところに人がいるなんて誰も思わない。先程の独り言を聞かれていた事実に恥ずかしくなった。

「どうしてそんなところに? 木の上に人がいるなんて誰も思わないわ」

「どこにいようと俺の勝手だろ。分かったら早くあっちに行ってくれ。ここには二度と入ってくるな」

 その言い方に苛立ちを覚える。私はすぐに言い返した。

「初対面なのに失礼ね。私だってどこにいようと私の勝手でしょう? この場所は気に入ったから、あなたの許可がなくともまた来るわ」

 そう言って踵を返そうとすると、後ろから声がかかった。

「待て。お前名前は?」

「リリアーヌ・アーノルドよ。あなたは?」

 私がそう言うと彼は一瞬目を見開いたように見えたが、少しの沈黙の後彼は表情を変えずに言った。

「……さあな。ただ、3学年だからお前の先輩になるな」

「あらそう、名も名乗らないほど無礼な人が先輩だったとは思わなかったわ」

 そう言って再び倉庫の方へ向かって歩き出す。そういえば、彼は私が名前を言ってもヤーフィス家のことを言及してこなかった。ということは彼は貴族ではないのだろうか。けれども、彼は私が1学年であると知っているようだった。
 しかし、今の私には関係ない。私は歩きながらそれらの雑念を薙ぎ払った。アナをしばらく待たせてしまっている。私はアナが待つところへ急いだ。

「なるほど、面白いことになりそうだな」

 彼がそう呟いたことは私の耳には入らなかった。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

恋人に夢中な婚約者に一泡吹かせてやりたかっただけ

恋愛
伯爵令嬢ラフレーズ=ベリーシュは、王国の王太子ヒンメルの婚約者。 王家の忠臣と名高い父を持ち、更に隣国の姫を母に持つが故に結ばれた完全なる政略結婚。 長年の片思い相手であり、婚約者であるヒンメルの隣には常に恋人の公爵令嬢がいる。 婚約者には愛を示さず、恋人に夢中な彼にいつか捨てられるくらいなら、こちらも恋人を作って一泡吹かせてやろうと友達の羊の精霊メリー君の妙案を受けて実行することに。 ラフレーズが恋人役を頼んだのは、人外の魔術師・魔王公爵と名高い王国最強の男――クイーン=ホーエンハイム。 濡れた色香を放つクイーンからの、本気か嘘かも分からない行動に涙目になっていると恋人に夢中だった王太子が……。 ※小説家になろう・カクヨム様にも公開しています

断罪後の気楽な隠居生活をぶち壊したのは誰です!〜ここが乙女ゲームの世界だったなんて聞いていない〜

白雲八鈴
恋愛
全ては勘違いから始まった。  私はこの国の王子の一人であるラートウィンクルム殿下の婚約者だった。だけどこれは政略的な婚約。私を大人たちが良いように使おうとして『白銀の聖女』なんて通り名まで与えられた。  けれど、所詮偽物。本物が現れた時に私は気付かされた。あれ?もしかしてこの世界は乙女ゲームの世界なのでは?  関わり合う事を避け、婚約者の王子様から「貴様との婚約は破棄だ!」というお言葉をいただきました。  竜の谷に追放された私が血だらけの鎧を拾い。未だに乙女ゲームの世界から抜け出せていないのではと内心モヤモヤと思いながら過ごして行くことから始まる物語。 『私の居場所を奪った聖女様、貴女は何がしたいの?国を滅ぼしたい?』 ❋王都スタンピード編完結。次回投稿までかなりの時間が開くため、一旦閉じます。完結表記ですが、王都編が完結したと捉えてもらえればありがたいです。 *乙女ゲーム要素は少ないです。どちらかと言うとファンタジー要素の方が強いです。 *表現が不適切なところがあるかもしれませんが、その事に対して推奨しているわけではありません。物語としての表現です。不快であればそのまま閉じてください。 *いつもどおり程々に誤字脱字はあると思います。確認はしておりますが、どうしても漏れてしまっています。 *他のサイトでは別のタイトル名で投稿しております。小説家になろう様では異世界恋愛部門で日間8位となる評価をいただきました。

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

【完結】傷物令嬢は近衛騎士団長に同情されて……溺愛されすぎです。

早稲 アカ
恋愛
王太子殿下との婚約から洩れてしまった伯爵令嬢のセーリーヌ。 宮廷の大広間で突然現れた賊に襲われた彼女は、殿下をかばって大けがを負ってしまう。 彼女に同情した近衛騎士団長のアドニス侯爵は熱心にお見舞いをしてくれるのだが、その熱意がセーリーヌの折れそうな心まで癒していく。 加えて、セーリーヌを振ったはずの王太子殿下が、親密な二人に絡んできて、ややこしい展開になり……。 果たして、セーリーヌとアドニス侯爵の関係はどうなるのでしょう?

【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?

冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。 オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・ 「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」 「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」

【完結】アラサー喪女が転生したら悪役令嬢だった件。断罪からはじまる悪役令嬢は、回避不能なヤンデレ様に溺愛を確約されても困ります!

美杉。節約令嬢、書籍化進行中
恋愛
『ルド様……あなたが愛した人は私ですか? それともこの体のアーシエなのですか?』  そんな風に簡単に聞くことが出来たら、どれだけ良かっただろう。  目が覚めた瞬間、私は今置かれた現状に絶望した。  なにせ牢屋に繋がれた金髪縦ロールの令嬢になっていたのだから。  元々は社畜で喪女。挙句にオタクで、恋をすることもないままの死亡エンドだったようで、この世界に転生をしてきてしあったらしい。  ただまったく転生前のこの令嬢の記憶がなく、ただ状況から断罪シーンと私は推測した。  いきなり生き返って死亡エンドはないでしょう。さすがにこれは神様恨みますとばかりに、私はその場で断罪を行おうとする王太子ルドと対峙する。  なんとしても回避したい。そう思い行動をした私は、なぜか回避するどころか王太子であるルドとのヤンデレルートに突入してしまう。  このままヤンデレルートでの死亡エンドなんて絶対に嫌だ。なんとしても、ヤンデレルートを溺愛ルートへ移行させようと模索する。  悪役令嬢は誰なのか。私は誰なのか。  ルドの溺愛が加速するごとに、彼の愛する人が本当は誰なのかと、だんだん苦しくなっていく――

挙式後すぐに離婚届を手渡された私は、この結婚は予め捨てられることが確定していた事実を知らされました

結城芙由奈 
恋愛
【結婚した日に、「君にこれを預けておく」と離婚届を手渡されました】 今日、私は子供の頃からずっと大好きだった人と結婚した。しかし、式の後に絶望的な事を彼に言われた。 「ごめん、本当は君とは結婚したくなかったんだ。これを預けておくから、その気になったら提出してくれ」 そう言って手渡されたのは何と離婚届けだった。 そしてどこまでも冷たい態度の夫の行動に傷つけられていく私。 けれどその裏には私の知らない、ある深い事情が隠されていた。 その真意を知った時、私は―。 ※暫く鬱展開が続きます ※他サイトでも投稿中

不憫な侯爵令嬢は、王子様に溺愛される。

猫宮乾
恋愛
 再婚した父の元、継母に幽閉じみた生活を強いられていたマリーローズ(私)は、父が没した事を契機に、結婚して出ていくように迫られる。皆よりも遅く夜会デビューし、結婚相手を探していると、第一王子のフェンネル殿下が政略結婚の話を持ちかけてくる。他に行く場所もない上、自分の未来を切り開くべく、同意したマリーローズは、その後後宮入りし、正妃になるまでは婚約者として過ごす事に。その内に、フェンネルの優しさに触れ、溺愛され、幸せを見つけていく。※pixivにも掲載しております(あちらで完結済み)。

処理中です...