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第八話 ナイフ
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「カティサークさん!」
私の呼び止める声を無視して男は前進する。
山賊と正面を切って対峙すると、よく通る低い声で叫ぶ。
「要求は!」
途轍もない威圧感のこもった、単純な一言だった。
私はたまらず顔を出して、周囲を見渡す。
馬車は無数の山賊に囲まれている。
その中にただ一人、カティサークが馬車を守るようにして立ちはだかっている。
山賊の群れの中から、リーダー格らしき男が一歩前進し、叫ぶ。
「お前の身柄だ、白蟻!」
「ほう、このような男の身に何の用があると? 男娼に向いた容貌ではないと自負しているが」
「おどけるな! 貴様が闇金の重役であることは知っている!」
「身代金でもせびるつもりかね」
「察しがいいじゃないか!」
「私の馬車を襲うとは大した調査能力じゃないか、山賊諸君。この求人旅行はお忍びのつもりだったのだが――どうだ、当行で働く気はないか?」
カティサークは山賊相手に一歩も引かない。
一触即発の状況だ。
「お前が貴族から貪った金は、我々が全て頂く! 元より不当な賤業で得た稼ぎなのだ、悪く思うな!」
「山賊に賤業呼ばわりされるとは、金貸しの地位も落ちたものだな」
「どうせ武器を隠し持っているのだろう。今すぐに武装を解除し降伏しろ!」
「金貸しが剣など扱えると思っているのかね」
「ふざけるな! さあ、その素晴らしい背広の前を開けてみろ!」
「なんだ、私の胸板に興味があるのか? そんなものいつでも見せてやるぞ、こんな手荒な真似をせんでも」
カティサークはどこまでもふざけている。
まるで駄々をこねる子供の相手をするかのように。
固唾を呑んで成り行きを見守っていると、不意に死角から声がした。
「お頭ァ! 車に女が一人! とびきりの上玉ですぜ!」
悪臭を放つ山賊が、私の乗る馬車を覗き込んでいた。
「ひっ……!」
恐怖で声が漏れる。
「へへっ、いい女だなあお前。売り飛ばされる前に、ちょっと遊んでくれやあ!」
山賊が手を伸ばす。
伸び切った爪に垢がたっぷりと詰まっている。
気持ちが悪い。怖い。
「高く売れるのは金髪の小娘だけどよお、俺はお前みたいな赤毛の美人が大好きなんだよ……!」
助けて、という一言が出ない。
迫ってくる手を見ていられず、目を閉じる。
暗闇の中、いつまでたっても手は私に触れない。
おかしい、と思って目を開ける。
「……え?」
そこには、首筋にナイフを突き立てた男がいた。
目は虚ろで、出血は少ない。
山賊は信じられないほど静かに死んでいた。
「車が汚れたな。カトレア、掃除は得意か?」
遠く離れたカティサークがこちらを見て笑い、山賊の頭は激高する。
「仲間が殺られた! 生死は問わん、山賊の報復を与えろ!!」
一ダースを優に超える山賊の群れが、カティサークに躍りかかる。
それぞれの手には大ぶりな曲剣が握られている。
カティサークは悪態を突くと、懐から小ぶりなナイフを二本取り出し、両手に携えた。
「やれやれ、とんだ求人活動もあったものだな」
白蟻が握るナイフは、私の隣席で絶命する男の首のものと、全くの同型だった。
私の呼び止める声を無視して男は前進する。
山賊と正面を切って対峙すると、よく通る低い声で叫ぶ。
「要求は!」
途轍もない威圧感のこもった、単純な一言だった。
私はたまらず顔を出して、周囲を見渡す。
馬車は無数の山賊に囲まれている。
その中にただ一人、カティサークが馬車を守るようにして立ちはだかっている。
山賊の群れの中から、リーダー格らしき男が一歩前進し、叫ぶ。
「お前の身柄だ、白蟻!」
「ほう、このような男の身に何の用があると? 男娼に向いた容貌ではないと自負しているが」
「おどけるな! 貴様が闇金の重役であることは知っている!」
「身代金でもせびるつもりかね」
「察しがいいじゃないか!」
「私の馬車を襲うとは大した調査能力じゃないか、山賊諸君。この求人旅行はお忍びのつもりだったのだが――どうだ、当行で働く気はないか?」
カティサークは山賊相手に一歩も引かない。
一触即発の状況だ。
「お前が貴族から貪った金は、我々が全て頂く! 元より不当な賤業で得た稼ぎなのだ、悪く思うな!」
「山賊に賤業呼ばわりされるとは、金貸しの地位も落ちたものだな」
「どうせ武器を隠し持っているのだろう。今すぐに武装を解除し降伏しろ!」
「金貸しが剣など扱えると思っているのかね」
「ふざけるな! さあ、その素晴らしい背広の前を開けてみろ!」
「なんだ、私の胸板に興味があるのか? そんなものいつでも見せてやるぞ、こんな手荒な真似をせんでも」
カティサークはどこまでもふざけている。
まるで駄々をこねる子供の相手をするかのように。
固唾を呑んで成り行きを見守っていると、不意に死角から声がした。
「お頭ァ! 車に女が一人! とびきりの上玉ですぜ!」
悪臭を放つ山賊が、私の乗る馬車を覗き込んでいた。
「ひっ……!」
恐怖で声が漏れる。
「へへっ、いい女だなあお前。売り飛ばされる前に、ちょっと遊んでくれやあ!」
山賊が手を伸ばす。
伸び切った爪に垢がたっぷりと詰まっている。
気持ちが悪い。怖い。
「高く売れるのは金髪の小娘だけどよお、俺はお前みたいな赤毛の美人が大好きなんだよ……!」
助けて、という一言が出ない。
迫ってくる手を見ていられず、目を閉じる。
暗闇の中、いつまでたっても手は私に触れない。
おかしい、と思って目を開ける。
「……え?」
そこには、首筋にナイフを突き立てた男がいた。
目は虚ろで、出血は少ない。
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遠く離れたカティサークがこちらを見て笑い、山賊の頭は激高する。
「仲間が殺られた! 生死は問わん、山賊の報復を与えろ!!」
一ダースを優に超える山賊の群れが、カティサークに躍りかかる。
それぞれの手には大ぶりな曲剣が握られている。
カティサークは悪態を突くと、懐から小ぶりなナイフを二本取り出し、両手に携えた。
「やれやれ、とんだ求人活動もあったものだな」
白蟻が握るナイフは、私の隣席で絶命する男の首のものと、全くの同型だった。
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